ハイビスカス 私の連絡を受け、迎えに来た秋穂さん同伴の旅行になり、始終機嫌が悪いヒッキ―と対照的に、ヨーデルはテンションを上げていた。 どうやらヨーデルにとって、秋穂の存在は女神に見えるようだ。 可愛そうなのがヨッちゃん。部屋を追い出され、別のホテルに泊まる羽目になってしまっていた。 それでも旅行続行ができ、その上思いがけないスポンサーが付いた私たちは、少し贅沢な遊びをさせてもらえ、ヒッキ―には悪いが、秋穂の登場は大歓迎だった。 旅行最終日、ヨッちゃんとヒッキ―は浜辺へと二人で出かけて行った。 私たちも何となく、名残惜しく花火を買って浜辺に行くと、オカリナの音が聞こえ立ち止る。 「あれ」 マッチが指差す方向を見て、私とヨーデルは肩を竦め踵を返す。 ヨッちゃんが、ヒッキ―のために奏でる音色だった。 「なんかいいね」 マッチが羨ましそうに言うと、ヨーデルがカバンからスマフォを出して二人を写す。 「ブログに書いちゃおうかな」 「ダメだろう」 私の突込みで、スマフォを仕舞ったヨーデルが、聞きにくそうに私を見る。 「ねぇヒッキ―って、どこが悪いの?」 「性格」 「そうじゃなくって」 マッチも物言いたげに私を見ていた。 「良くは知らないんだ。ただなんか調子が良くないってことぐらいでさ。そういうの知っちゃうと、嘘くさい友情になるから嫌なんだってさ」 「どういう意味?」 「可哀相な子だから友達になってあげようとかさ。同情されながら、一緒に遊んでもらうの嫌なんだって。ちょっと躰が弱いどうしようもない友っていう位置づけが、良いらしい」 「でも、それもなんだか寂しいね」 「そうだね。でも知ったところで、私たちガキが、何が出来るって訊かれたら、何もないからね」 「そうだけどさ」 用意してきたロウソクに、マッチが火を灯し、私はそれに花火の先を押し当てた。 青白い炎が威勢よく飛び出し、続いてヨーデルの花火がパチパチと幾筋もの枝を伸ばす。マッチのは、威勢よくオレンジ色の炎が噴き出している。 ヨーデルがねずみ花火に火を点けて投げ、パンと弾けた。私が砂で埋めた仕掛け花火に、マッチの花火で点火。赤や青の火の玉を上げ、自ずと上がった歓声に気が付いた二人も交じり、にわかに花火大会がはじまった。 「最後の締めはこれだね」 みんなの手に線香花火が渡され、一斉に花を咲かせ始める。 次々に火の玉が落ち、一瞬にして静けさを取り戻した夜の海を、私たちは無言で眺める。 「終わっちゃったね」 ヨーデルの言葉に、皆で頷く。 「楽しかった」 マッチが涙目で言うと、私もこんな楽しかったの初めてと、ヒッキ―も涙ぐむ。 「もう皆どうしちゃったの?」 「よく分かんないけど、横綱がいてくれたから楽しめた気がする」 ヨッちゃんのセリフに、ぐっと来た私に止めを刺したのは、マッチだった。 「いろいろあったけど、横綱の七転八倒のダイエット、結構癒されたよね」 「やっている本人は大真面目ですから」 「ブログ、作るの面白かったな」 「俺も、皆に頼んでロッキーのテーマ録音した時、初めて吹部最高って思った」 「いやいや、頼んでいませんから」 「私も、あんなに朝早くから自転車漕いで、気持ち良かった。後は、横綱の恋が実るのだけが唯一の楽しみだわ」 「あんた、人生最後みたいなセリフ、言っているんじゃないわよ」 「俺決めた」 「何を」 「俺、医者になる。医者になって、一生、ヒッキ―の躰の面倒を見てやる」 「ねぇそれって、もしかしてプロポーズ?」 マッチが豆鉄砲でも食らったような顔で言うと、ヨッちゃんは素直に認めた。 「ええ〜凄い。何か私たちドラマしてない?」 「まだまだ先のことだよ」 「よし私も決めた」 「横綱まで何?」 「私はヒッキ―がいつ倒れても大丈夫のように、看護師になってやるわ」 「もう。私は大丈夫だって」 「あぁはいはい」 ヨーデルがピョンピョン跳ねながら、手を上げる。 「はい、見澤芽衣子さん発言をどうぞ」 ヒッキ―の合いの手に、ヨーデルは透き通った声で、私は、保育士になる。明日を担う子供たちが真っ直ぐ育つように、笑顔をたくさんプレゼンするんだ。 意外な発言に、皆で口笛を吹き称える。 「私は、まだ決められない。けど、絶対素敵な恋をしてやろうと思う」 「良いねそれ」 私も賛同すると、ヒッキーが抜かりなくツッコミを入れる。 「よし決まり。帰ったら横綱の告白タイム作るよ」 「良かった。ここの所ブログがマンネリ化してて困っていたんだよね」 「だから」 「今のきみなら大丈夫。人並みになったじゃありませんか」 「マッチまで」 「あっ俺、景気づけに何か吹きます」 ヨッちゃんが奏でる少年時代は甘くて切なくて、少し泣けた。 ハイビスカスの花言葉・・・勇敢。勇ましさ。新しい恋。 戻る ×
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