短編集 | ナノ
ハスの花

 ゆっくり旋回して行く飛行機を見上げながら、私は隣に立っているヒッキ―を盗み見る。
 ヨッちゃんとの騒動の後、ヒッキ―が急に飛行機が見たいと言い出して現在に至るのだが、ずっと黙ったままこの状態を保っていた。
 「沖縄、本気で行けないかも」
 ボソッと言うヒッキ―は、目を大きくしている私を見て、小さく微笑む。
 「あんまり、検査の結果が良くないみたいだわ」
 「嘘……」
 壊れそうな笑顔で見ているヒッキ―を、私は思わず抱きしめた。
 しばしの沈黙の後、ヒッキ―の携帯にメールが届く。
 「マッチからだ」
 そう呟くと、メールを読みだすヒッキ―の横顔を、私はぼんやり眺める。
 「何か、話したいことがあるから会えないかって」
 「今から?」
 時計はとっくに7時を回っていた。
 「駅前のマックに居るらしいよ。もうヨーデルも来ているってさ」
 「それじゃ行くしかないでしょ。だけど、ヒッキ―は帰った方が良いんじゃねぇ」
 「私なら大丈夫。少しでもみんなと一緒に居たいから」
 この野郎、泣きたくなるじゃないか。ぐっと込み上げて来るものを我慢していると、ヒッキ―がプッと吹き出した。
 「横綱、変な顔」
 「変な顔で悪かったわね」
 口を尖らせたところで、パシャリ。
 「ふぐに劣らないデブってところかな?」
 「デブって言うな」
 「デブはデブだよ」
 「グラマーっていうんだよ。海外ではモテモテなんだから」
 「じゃあ行けばいい。アメリカでもイギリスでも。幸いここは空港だし、最終に間に合うんじゃん」
 そんな減らず口を聞きながら、私たちはマッチが待つマックへと、急いだ。

 マックに9時を少し回ったところで着く。
 無言で座っている二人の前に、私はドカッと座る。
 ヒッキ―は暢気に、お腹が空いたと言ってしっかりバリューセットを購入している。私もと言いかけると、あなたはダイエットでしょと冷たく言い放たれてしまい、渋々と手ぶらで二人の前に座ったのだが、食べ残してあるポテトを見て、思わず生唾を飲みこむ。

 「緊急の用って何?」
 ヒッキ―が席に着いた所で、私が質問した。
 「やだーこれ美味しい」
 ヒッキ―の無神経な言葉を無視して、マッチが口を開くのを待つ。
 「言っちゃいなよ。この二人なら大丈夫だって。許してくれるよ。て言うか、仲直りしようと思っていたし、ね、だから」
 ヨーデルが困ったような顔をして、マッチに囁く。
 もぞもぞと躰を動かし、マッチが言いにくそうにチラチラと私たちを見ては、目を伏せる。

 「ええー」
 数秒後、ヒッキ―は食べていたハンバーガーを手から落としそうになり、私は私で鼻の穴を大きく膨らまし、身体をのけぞらしていた。
 「こ、子供が出来た?」
 「横綱、声が大きい」
 ヨーデルに指を立てられ、宥められた私は、身を乗り出し、マジと聞き直す。
 「たぶん」
 「たぶんって?」
 ヒッキ―も珍しく声のトーンが一オクターブ上がっている。
 「だって来ないんだもん」
 「遅れているだけじゃないの?」
 「私も言ったんだけどね」
 私の言葉に、ヨーデルが言い繋ぎ、それを半泣きでマッチが否定する。
 「そんなことないもん。毎月、きちんと決まった周期で来ているから、間違いない。私……、どうしよう」
 テーブルにうつ伏し泣き始めたマッチの背中を、ヨーデルが撫で、どうすると私はヒッキ―に目で話しかける。
 「姉貴を呼ぼう。あの人なら何とか出来ると思う」
 冷静沈着なヒッキ―の言葉に、最初は嫌がっていたマッチも、うちらガキにはどうにもできないでしょ。姉貴なら大丈夫。そこら辺の大人と違うからと、力説され、それは私も補償すると、私の後ろ盾に押され、10歳離れた秋穂が、呼ばれることになった。


 ハスの花の花言葉・・・清らかな心。離れ行く愛。雄弁。

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