3、名づけの親 猫が我が家に来てから数週間が過ぎ、家族は銘々が勝手な呼び名で呼んでいる。 母はねこさんで、兄貴はにゃんこ先生。弟はにゃーこで、祖母は爺さん。父に関しては酒以外には興味がないので、手で払いのけるかおいこらと言っている。 そして、再び叔母が我が家にやって来た。 休日でのんびりしているところに、見たくない顔が庭からひょっこり現れて、祖母がなんなのそんなところからと、縫物の手を止めて言う。 「猫は?」 私と母はテレビを見ていたが、顔を見合わせ、猫と聞き返す。 「あの猫の飼い主が分かったの。隣町に住んでいる人でね。名前はクリって言うらしいの」 「クリ?」 「由来はいろいろあるらしいんだけど、目がくりっとしているのと色が栗色だからって丸山さんは言っていたわ」 目をぱちくりさせている家族のもとに、噂を聞きつけたか否かはわからないが、猫がのんびりと歩いて来る。 「そいつ誰?」 え? 私の横を通り過ぎる際に猫がニャンと鳴き、その声が聞こえた。 この猫が来てから、こんなことはたびたび起こっていた。 私はこっそりと猫を抱き上げて、聞き返す。 「本当の話しなの?」 猫は一度、目を瞑って見せ、鼻を一度鳴らした。 「うんなわけないだろ。大体、それが俺って、どうして分かんだよ?」 言われてみればそうだ。口頭の説明だけで、そこまで断定してしまうのは怪しい。 「おばさん、その丸山さんが飼っていた猫って、どこで分かったの?」 「最近、トラ縞の猫がいなくなって、困っているって言ってたから、もしやって時期を聞いたらね、ここに猫が迷い込んで来たのと、時期が同じだったのよ」 「それで断定してしまうのは、ちょっと」 情が移ってしまっている母に言い返され、叔母は目くじらを立て始め出す。 「間違いがないんだって」 「じゃあばさんはどうしたいの?」 「飼い主に返すべきよね。明日、この猫を連れて行くから。良いわよね?」 私は、勝手にすればいいじゃんと言い放つ。 別に飼いたくて飼った猫じゃない。勝手に家に住みついただけだ。猫が一匹いなくなったくらいで、ガタガタ騒いでいる丸山って人、頭がおかしいんじゃない。 腹が立った私は、自分の部屋に戻り、イライラしながら大音響で音楽を掛ける。 ドアの隙間からすり抜けて来た猫が私の足元で、喉をゴロゴロと鳴らし、余計に腹が立ったて来た。たかが猫一匹の話である。それも欲しくて飼い出した猫じゃない。勝手に住みついてしまった、いわば迷惑そのものなのに、いざ連れて行かれるとなると聞かされ、心がざわめいてしまう理由が分からなかった。そう思うとだんだん腹が立って来ていた。あのおばだ。魂胆が見え見えだった。 「結局のところ、どうなの?」 猫をわしづかみにして揺さぶって訊く私を、たまたま遊びから帰って来た弟に見られてしまう。 「何してんの?」 「何でもない」 「まさか猫が話でもするって、思っていないよね」 弟に疑心の目を向けられ、私は顔を真っ赤にする。 「何で?」 「そんな気がしたから」 「んなわけがないでしょっ!」 キレ気味に言う私を余所に、弟が猫を抱き上げる。 「クリも迷惑だよな」 え? 「この猫、クリって言うんだってね」 嘘でしょ? その順応性は何なのよ? 悪びれる様子もなく、クリを連呼する弟を、私はうんざり顔で外に猫ともども追い出した。 おばの契約するための手段として使われた猫は、あっさり自分の足で戻って来ていた。 「丸山さんも、そちらで飼われた方がクリは幸せのようだからって、諦めてくれたわ」 翌日、契約を取り損ねた叔母が、負けよしみにも近い言葉をわざわざ伝えに来た。チラチラと私の顔を見ている。母はそれに気が付かないふりで朝食の支度をしていた。祖母は、呑気に、あんたも思わないか。この猫、爺さんの生まれ変わりだよ。と訳が分からない話を叔母にし続けている。 家族でもない、あの叔母が名付け親と言うのは、ちょっと納得がいかない。 「あんたはいいの?」 「別にいいんじゃない。こんなの分かればいいんだから」 大人たちの目を盗み、聞く私に猫は、大きなあくびと共に返した答えがこれだった。 本人が良いならいいやと、その日から猫はクリと呼ばれるようになった。 戻る ×
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