短編集 | ナノ
16、タイムリミット

 誰が命に限りがあると決めたんだ?
 
 猫が入院をしてから5日が経っていた。
 細くなってしまった体。ご自慢の栗色の毛は艶があせ、管が何本もつながれた細い手。
 見るのが辛く、私は部屋の中に入ることが出来ずにいた。
 見かねた獣医が、私の背中を押す。
 「君とクリちゃんはまるで恋人同士のようだね。こんな嬉しそうな目をして」
 ぐったりと横たわった体を起こそうと、顔を持ち上げ、ミャンとひと鳴きしてはその場に崩れる。 
 よっ。て言っているのは、私には分かった。
 「不思議だね。こんな力はもうどこにも残っていないはずなのに」
 え?
 「このまま点滴をしていても、時間の問題になって来ているほど衰弱が進んでいます。どうされますか?」
 私は、猫と獣医を交互に見る。
 「帰ろうぜ」
 猫が、よろよろと立ち上がってみせた。
 
 私は獣医に深々と頭を下げる。
 支払いは必ず明日しにくると言い残し、二人で暗い夜道を帰った。

涙が止まらずにいる私に、猫は嬉しそうに喉を鳴らす。
 「なっ、少し寄り道して行こうぜ」
 「何を言っているの?」
 「いいから。駅、行こう」
 「何でよ」
 猫は小さく微笑んでから、ミャンと小さく鳴いて見せる。
 言いたいことは何となく分かった。
 初めて私たちが出会った場所。いつも私を待っていたい酒屋の自動販売機。駅から自宅までの道が、二人のデートコースだった。人目を気にせずに話した空地。本気で猫相手にケンカして、本気で恋をしていた。もし猫が私の元へやって来なかったら、今頃どうなっていたのか分からない。
 いろんな場面が浮かんでは消え、また蘇ってくる。
 猫と歩いているというよりも、クリとは違う感覚があった。そこには確かに一人の男性として、私を支えていてくれていた。
 「月、綺麗だな」
 「もう喋んな」
 泣き声で言う私の手を、猫は一舐めすると、眼を瞑ってしまう。
 一目散で私は走り出す。
 こんなの嘘だーと叫びながら。

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