ジグソーパズル | ナノ
(33ピース目)


 細渕は笑ってしまうほど早く私の元へとやって来た。

 「急に連絡取れなくなってしまったから、心配したんだぞ」
 「……ごめん」
 ムッとした表情とは裏腹で、口調はやんわりとしたもので、ひょうしぬけしてしまうものだった。
 「何もなかったから良かったけど、他に男でも出来たと思っちゃったよ」
 半笑いで細渕は部屋の奥へと私の肩を抱いて連れて行くと、軽い口づけの後、深いため息を吐く。
 この流れは分かる。
 黙ったままテーブルを挟み座った私の体から、するすると力が抜けて行き、細渕が銜える煙草に火を点けてやると、予想通りの言葉が返ってくる。
 「本当に、どこへ行ってたんだよ? 心配で仕事も手が付かないで探していたんだぞ」
 目を細め煙を吐きだし、細渕は口元を少しだけ緩め言う。
 「お店の子の実家へ招待されていたの。気分転換に丁度いいかなって」
 「連絡なしにか」
 「連絡、こっちからしたって付かないじゃない」
 皮肉めいた私の言葉に、細渕の表情が少し変わる。重たい何かが二人の間に流れ、私も煙草を取りだし、天井に向かって煙を吐き出した。
 「吸うようになったんだ」
 「前から吸っていたよ。ただあなたの前ではしなかっただけ」
 これは私の精一杯の宣戦布告だった。
 フーン。頷きながら、細渕は何かを探るように私を見る。
 どうせ金の無心するタイミングを計っているんだろう。そんなことを思いつつ、私は二本目の煙草へと手を伸ばし、その手を細淵が握る。
 「もう、こんな生活は止めよう。俺、真理恵と一緒に暮らしたい」
 その言葉を信じられるほど私はもう純粋じゃない。
 煙草を一吹かしして、冷蔵庫へビールを取りに立つ。
 「頼む、良い物件が見つかりそうなんだ。頭金、100万でいいから都合してくれないか」
 後ろから抱きしめられた私が、黙っていると、細渕の手が私に棟を弄り、唇を強引に押し当てて来た。
 「なぁ俺の気持ち、分ってくれよ」
 有無なしに細渕の指が、唇が私の上を這って行く。自然と漏れる吐息が日中の私の部屋を埋め尽す。
 私は細渕のものを口に加えさせられ、髪をかき乱される。
 「俺の味、真理恵だって忘れられないだろ? もっと舌を使えよ。ほら美味いだろ?」
 細渕は次第に興奮した声で、私の頭を押さえつけ口の中でピストン運動を始める。
 逃げれない私の口の中で、どろんとしたものが広がる
 「飲めよ。真理恵の好物だろ?」
 
 必死でもがき、細渕から逃れた私は流しで慌てて口の中をゆすぐ。
 「何だよその態度」
 ゴホゴホと噎せながら、私はそんな細淵を睨んだ。
 「言いたいことがあるなら、はっきり言えよ」
 「……私は、あなたにとって何? 金づる?」
 「何言ってるんだよ。俺の気持ちは真理恵がよく知っているだろ? 愛してる。今日だってほら」
 無造作に置かれた細淵のカバンから、一本のテープを出す。
 「何?」
 訝る私に、細渕は口元を緩めて見せる。
 「真理恵の詞に曲を付けたんだ」
 目を見張る私に、細渕はなおも続ける。
 「どうせなら生歌、聞かせてやるよ」
 そう言うと細淵は、さっさとテープを自分のカバンへと仕舞い込むと、以前、冗談で借金の肩代わりにと置いて行ったギターを持ち出し、歌い始めるが、私は眉間に皺を寄せてしまう。
 どこかで聞いたような曲調、それに、素人の私にも分かるような微妙な音程のずれ。
 途中で歌うのを辞めた細渕は、喉を指でつまんで、首を傾げる仕草を頻りに繰り返しだす。
 「のどの調子が最近悪いんだ。ポリープの手術、受けたばかりのせいかな?」
 これが細淵の手口。こんなのに乗ってはいけない。そう思いつつ、そうなの? いつしたの? と聞いてしまってから、後悔の念が頭を占める。
 「真理恵には心配かけたくなかったから言わなかったけど、連絡が付かない時が合っただろ、あん時、実は入院していて」
 ごそごそとカバンの中から紙切れを出し、テーブルにそれを並べた細渕が、この世の終わりかと思うような、深い深いため息を吐いてみせる。
 下着も点けずにシャツを羽織った私は、それを見下ろすように眺める。
 「違約金だってさ」
 「違約金?」
 「ライブ、キャンセルしちゃったからそれの代償金を払えって」
 「そういうのって、事務所が何とかするんじゃないの?」
 「俺、事務所、辞めたんだ。恵子、社長の娘だから居づらくなっちゃって……」
 無言のまま見つめ返す私を見て、細渕が小さく笑う。
 「別れたんだ。正直に真理恵と一緒に生きて行きたいって話もした」
 「…嘘」
 「嘘じゃない。ま、信じてもらえないだろうけどね。散々裏切るような真似してきたのは自分でも分かっているし、俺、帰るわ」
 それは衝動的な行動だった。
 着替えを始めた細渕に抱き付き、唇を重ね舌をねじ込む。
 どうしてもこの男から逃れられない。
 
 持ち金全部を渡された細淵が、別れ間際に抱きしめ、唇を重ねる。

 無残にしまったドアの向こう、私に知らないもう一つの細渕の顔がある。

 
 ……私は、指をくわえて待つだけの子供とは違う。

 細渕が満たしてはくれにないものを、私は無我夢中で客へ求め、また陽が差し込まないステンドグラスを見上げている。












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