アイ子は別れる気などまったくなかった。
私の話を聞いて、それを利用しただけのこと。
一応、母なんだろう。娘の顔見たさに私にタクシー代を出させて会いに来ただけだった。
昼間、父親の目を盗み、彼へのラブコールをする。
愛しているかどうかの確認だ。
私にもしろと言うが、諦めにも近い笑みで、連絡、取れないと思うと呟く。
そうなんだ。私からの電話は一度も細渕は取ったことがない。
決まって公衆電話から折り返しかかって来る。
念のためとアイ子に勧められ、ダイヤルを回す。
しばらく虚しい音が続き、私は受話器を置いた。
分かりきったことだが、虚しさに駆られ、私は一人外に出る。
何もない田舎町だった。
住宅が続き、舗装されていない道が続く。
曇った空を見上げ、込み上げて来るものを必死で堪える。
「いけないんだいけないんだ」
家の中から、アイ子の娘の声が漏れ聞こえて来る。
相変わらず、母の傍を離れたがらない娘は学校を休んでいる。
「うるさいっ」
アイ子のどなる声に、反論するように娘の甲高い声が響く。
「爺ちゃんに言いつけてやる。また、ママは私を捨てるんだ」
「捨ててなんかいないでしょ」
「家にいないんだもん。捨てているのと同じだ」
娘の必死の抵抗に、アイ子も負けじと言い返す。
「ママはママの前に一人の女なの。好きな人を作って何が悪い」
「ママはママだ。私のママだ。ママにそばにいて欲しいって思って何が悪い」
泣き叫ぶ声に、私は身動きできずにじっと耳だけを傾けていた。
それから数日後、私はアイ子に戻ることを告げた。
ここは私の居る場所ではない。
アイ子の母親が経営するスナックで働かせてもらっていたが、もう限界だった。
連絡が付かない細渕。
すべてのものに逃げているわけにはいかない。そう思っての決断だったが、帰りの電車の中、目の前で私の奢られて弁当を美味しそうに平らげて行くアイ子の顔をじっと見る。
「良かったの?」
「何が?」
「一緒に居て欲しがっていたじゃない」
「うん。まぁ一緒に居たいのはやまやまだけど、あの子じゃ私を満たせないもん」
どうやら躰が疼くようだった。
「うちら、セックス中毒だよね」
二カッと笑ったアイ子が、最後の一口を運ぶ。
車窓の景色を眺め、妙に私も納得してしまった。
アイ子の言うとおりだった。
今すぐ細渕に会って、ぼろぼろになるまで愛されたい。
理性と欲望が入り乱れ、再び舞い戻った私に、細渕から電話が入る。
「会いたい。今すぐ会いたい」
私は迸る感情を抑えきれずにそう叫んでいた。
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