「マリー、こんなところ、来たことがないでしょ」
待合のロビーで、素子がはしゃぐ。
「そんなことはないわよ」
と言うが、図星だった。
顔が次第に強張る。もう酔いなどなくなっていた。
「いっぱいだってさ、どうする?」
軽いノリでヒロトと名乗る自称サファー男が、日に焼けた手を振りながら戻って来た。
週末だからなと、ひょろりと背の高いタケオが呟く。
仕方がないなーと、腕組みをした素子がにやりと笑い、海でも行きますかとはしゃいだ声で言う。
「いいね」
ヒロトもタケオも、それに乗っかった。
「私は……」
腕時計をちらりと見る。終電にはまだ間に合う。
「帰るの?」
コクンと頷く私を見て、タケオは分かったとあっさりと言うと、オレ、ちょっと改札まで送って来るから待っててと、二人に手を軽く上げる。
大して格好良い男でもないのに、う、まずい。酔いが回っている。足が上手く歩けていない。何の気なしにタケオの腕が腰に回され、私の胸が高鳴る。
「今度、ゆっくり会わない?」
優しく微笑む、タケオに負けてしまう。
携帯の番号を交換してしまった。
電車の中で後悔をし始める。
こんな簡単でいいのか? 心の中の自分が問いかける。
いいのいいの。こうでもしないと、一生出会いなんかないんだから。ガラスに映る自分が答える。
恋など、一度もしたことがない。
憧れを抱くが、そこまでだ。
流れる街に浮かぶ、自分の顔。
地味な顔立ちに、自然とため息が出る。
顔で恋するんじゃないでしょと、その類の話になるとよく言われる言葉。それでも、同じヘアースタイルにしてもメイクをしても、どこか浮いてしまう自分。
携帯のディスプレイの名をじっと見つめる。
こんなはじまり方でも良いんじゃない。
心の中の自分が囁く。[
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BKM]