ジグソーパズル | ナノ
(1ピース目)


 真っ黒い波を、私は何時間も眺めていた。

 ――真冬の海。

 国道を走る車もなく、何度も繰り返される波の音に交じって、ザーザーという何かが転がる音に私は振り返る。

 ……スケーボー? 

 さっきまで人影などなかったはずなのに。

 「チッ」
 小さく舌打ちをして、私は波打ち際を歩きだす。踵から少し水が入って気持ちが悪い。
 このまま、真っ直ぐあの波に向かって歩けば、私はきっと楽になれる。そう思った瞬間、音が鳴りやむ。
 チラッと後ろを振り返ると、さっきまでのシルエットは、ガードレールから身を乗り出すように、こちらを見ているのが分かった。
 やはり、白いコートにするんじゃなかった。
 最近の私は、ずっとこの後悔に苛まれている。
 あの時、ああすればこうすればと、消し去れぬ過ちが、ずんと重くのしかかってくる。
 渡辺真理恵。これが私の名前。
 平凡すぎるくらい、何もない毎日を過ごしていた。20歳の誕生日、少しだけお酒を飲んだ。煙草も堂々と吸って、くらくらしたところで、私は初めての男、彼に出会った。
 きっと運命なんだ。とはしゃいだのも束の間、私は思いがけない崖っぷちを歩く羽目になるのも、この時はまだ知らなかった。
 そう、あの時あんな誘いを聞かなければ良かったんだ。

 誕生日を祝ってあげると言い出したのは、素子だった。会社に入社して出来た友人で、瞳が大きく、かわいらしい声の持ち主。一緒に歩いていると、男性が決まって、何人か声を掛けて来る。それを払いのけるのが地味な顔立ちの私の役割。その日も居酒屋で、隣りに居合わせた男性グループが、すぐに声を掛けて来た。

 八重田素子の悪い癖は、誰にでも愛想が良い。
 「うっそー」

 ほらはじまったと、その奇声を聞きながら、私はマイルドセブンをバッグから取り出す。

 「すっごい。私もブギボーやるんです」
 「じゃあ、今度一緒にやろうよ」

 はいはい。これで商談成立です。

 素子のもう一つの悪い癖。男にだらしない。
 いつの間にかべったりとくっつきあって、話が盛り上がり、私の窘めなど聞く耳を持たない。
 何度も目の当たりにした光景。
 決して、私には入り込めない。とその時まで思っていた。
 
 
[*prev] [next#]
[BKM]
×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -