結局、素子の家に届けてくれる電車は行ってしまい、深夜、二人して私の家へ向かった。
そっと玄関を開けると、母親がすぐに顔を出し、何かを言いかけてやめてしまう。
「初めまして。すいません。終電がなくなってしまって、今夜お世話になります」
さらさらと言う素子に、まぁそうなの。どうぞゆっくりして行ってちょうだいと、よそ行きの声で言う母親に、フンと思いながら、私は階段を黙って昇り始める。
「布団、取りに来なさい」
そう声を掛けられ、ありがとうございますと素子が答える。
「もうちょっとお母さんに優しい態度を取った方が良いんじゃない?」
部屋に入るなり、素子に言われ、私は苦笑いを浮かべる。
明け方近くまで話し込んで、ようやく眠りに就こうとした時、机に置いておいた携帯がブルブルと震えはじめ、私は慌てて携帯を耳を押し当てる。
「ようやく繋がった」
電話の相手は、細渕だった。
そっと足元に寝ている素子を見てから、どうしたのと私は尋ねた。
「仕事で近くまで来たから」
嘘だ。こんな何にもない街に仕事で来るはずがない。
「そうなの」
「本当はもっとだいぶ前から着いていたんだけど、真理恵ちゃん、誰かと一緒だったみたいだから」
え?
「細渕さん、今どこにい居るんですか?」
「真理恵ちゃんに会いたい。今出て来れないかな? 近くのコンビで待っているから、1分でも1秒でいいから」
「何かあったんですか?」
焦って訊き返した私の質問に、細渕は一瞬、黙りこみ、会ってから話すと答えた。
心臓が高鳴っていた。
大急ぎで着替えを済まし、素子を起こさないように部屋を出ると、小さく玄関を開けて表に出て鍵を掛ける。
息を切らして着いた私を、細渕が愛しい目でじっと見つめる。
「何かあったんですか?」
ここは寒いから中に入らないかと車を指さす細淵の寂しそうな笑みに、私の心はグラグラと揺れ出すのが、痛いほど分かった。
私は、この人が好きだ。
「恵子が、流産したんだ」
唐突に告げられた言葉に、私の頭は混乱した。
「大事を取って、今、実家に送り届けて来たんだけど、これで3度目なんだ。もう子供は望めないかもしれない」
薄っすらと涙が浮かんでいる眼で見られた私は、どんな言葉を掛ければいいのか分からず、瞳だけがゆらゆらと揺れ、一人でいたくないんだ。一緒に居てくれと言われ、少し戸惑いながら、私はそれに応じた。
コンビニから帰った私は、何にもなかったように、朝食用のパンとコーヒー牛乳を素子の前に並べ、ごめんね。もっとゆっくり寝かせてげたかったんだけどと言葉を濁す。
「ううん。そうだよね。日曜だし、みんないるもんね。私も顔を合わすの嫌かも。全然気にしなくっていいよ」
そう言って素子は、私が用意した朝食に手を付けずに帰って行った。
大急ぎでシャワーを浴び、念入りに化粧をした顔が鏡の中で微笑む。着るものを散々迷ってから、駅に向かった。
いつも使っている反対口。
細渕の待つ車に滑り込むようになった私を、細渕が唇を重ねて来た。
「ずっとこうしたかったんだ。会ったその日から。真理恵の全部が欲しい」
唇を離した細淵に髪を撫でられ、私はコクンと頷く。
それが罠だとも知らずに……。
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