間[カン]
そもそも。そもそもの話、私はどうして彼を選んだのだろう。
砂塵を孕んだ風をまともに受けながら、私はボンヤリとしていた。
選んだっていうのも変な感じがするが、別に、独りが嫌なら彼じゃなくてもよかった。今だからこそそう思う。
この世界にはこの世界の為に戦う善人が沢山いて、そちらに付くほうが賢い。
けれど終局に近づきつつある今でもこうして殺風景な場所で彼の帰りを犬でもないのに従順に待っている。おかしな話だ。
剥き出しの岩肌ばかりの小山。その向こう側から小さい粒が飛んでくるのが見えて私は目を凝らした。
十中八九、彼なのだけど。
彼はまっすぐ飛んでくると私の目の前で着地した。
この世界に来て何もかもが夢のようで。私は今でも虚構で嘘っぱちで幻想のように思っている。
こうやって目の前に彼が立っていても、それが真実だって確信が無い。
けれど、そんな中でも揺らぎなく確かなこともあるだろう。例えば、彼は死ぬ。そして私はまた独りだ。
「待ちくたびれた、といった様子だな。」
「だって本当に待ちくたびれてる。」
こんな所に置き去りにして、と私は付け加えた。
「それはすまなかったな。」
1ミリも心にも思っていないだろうに。無駄に整った顔面にニヒルな笑みを浮かべている。
ほど近くの空中で滞空しながら、彼はまた岩山を切り抜きだした。
「わたしが何をしに行っていたか気になるか?」
「うん。」
岩を細かく削っていくが、今度はタイルを作っているわけではないようだ。
「テレビ局へ行ってセルゲームの開催を大々的にアピールしてきた。9日後に開催する。」
「9日後……。」
9日後。彼は死ぬ。これは揺るぎないことだ。避けることも逃げることもできない。
4つのオブジェがリングの4隅に置かれた。
「楽しみか?」
「いや、まさか。」
自分の命日になるだろうなんて、露ほどにも思ってないのだろう。
私も9日後に目の前で鼻を長くして調子に乗っている彼が死ぬなんて想像し難い。
9日後また私は独りになってしまうのか。
「顔色が悪い。」
そう言って彼は私の顔に触れた。顎に指をかけて、右へ左へと私の顔の向きを変える。
「そういえば朝から動き詰めだったな。空腹だろう?近くに街がある。もう人はいないが……おまえが休む場所と食べ物は
あるぞ」
私はゆっくり頷いた。またあの抱っこか、と思う気持ちもあるけど、お腹が空いているのは確かだしお風呂も入りたいし、
着替えたいし、それに疲れている。
*
街の中央に偉そうに建っているビルにお邪魔することにした。
どうせゴーストタウン。誰にも咎められることはない。
風呂上りに濡れた髪の毛もそのままにソファに飛び込む。
無心で何の気もなしにテレビをつけると丁度ニュースをやっていた。
タオルで髪の毛を拭きながら、ぼうっとニュースを眺める。
『こちらがその時に実際に流れた映像です』
どこかで見た緑色の人物が画面に現れた。テレビ局でセルゲームの開催を告知した時のものだろう。
今や世界はセルの話題でもちきりのようだ。
「よく映ってると思わないか?」
後ろに立っていた彼の言葉に私はすぐに返事ができなかった。映りとか気にする顔色か?
「……そうだね。」
『世界じゅうのすべての人間を殺すことにした。』
画面の中の彼が言う。私は黙って見つめていた。
『恐怖にひきつった顔をながめながら、最後のひとりたりとも逃さず徹底的に……な。』
『なんて恐ろしい事でしょう。現在各国では多くの人が人の少ない村や辺境に避難を初めているようです。』
「まだ私を殺す気あるの?」
「言っただろう。おまえはデザートだと。」
そこは歪みないのには驚いた。
別に「ここまで一緒にいたんだから見逃してくれたって」とは思ってない。
ただ、普通に会話ができて意思疎通ができるのに、心の在り方が自分と違うことに驚いた。
正常な人間ならきっと、一緒に過ごしていくうちに情がわいてしまう。
そういう心の動きが無いというのはとっても非人間的に思えた。
けれど、彼の歪みが無いところに逆に私はほっとした。
「それにしても、逃げ場など無いのにまったく無駄な足掻きをするものだな。」
人が外に溢れかえり街から出る道路が車で覆い尽くされている映像を見て、彼は呆れたように言った。
「うん、ほんと。」
私も同意する。
逃げる必要なんて無いのに、と。