report1


記憶を失った斎を引き取ってくれたのは、斎の父親の知り合いだったというナナカマド博士だった。



旅はある日突然始まった。

そのきっかけはフタバタウンでできた友達であるジュンのとある一言から始まる。



『わかばのいぶきと なにかのはじまりを かんじさせる ちいさなまち』


フタバタウンは某タウンマップの記述に紛うことない田舎町。
特にこれといった見物もなく、ただ人が住むだけの家が不規則な距離をあけて建っているだけの町だ。
ポケモンセンターもない。

そんな田舎町の一角に斎の家はあった。
斎は隣町のマサゴタウンにある研究所で仕事の手伝いをする以外は借りているのこの家で過ごしていた。

今日も今日とて仕事の手伝いの一環である今月分の博士の研究のレポートをまとめるのに頭を悩ましていた。

が、突然の訪問者によってレポートに向かう集中力を削がれてしまう。


「俺はポケモンリーグのチャンピオンになる!」


そういきなり家に来たかと思えば突拍子のないことを言い出した幼馴染のジュン。
椅子に座ったまま斎は言葉を返した。


「なにそれ。ジュンの夢?」

「まさか。俺の夢は世界一のポケモントレーナーになることだ!夢は大きくないとな
   簡単に叶えられたらつまんないだろ。斎の夢は何だ?」

いきなり振られて斎は困った。
何気にチクリとくる話題だ。

「何だろう…?今まで考えたことなかったから。」


と言うよりは、考えたくないと言う方が正しい。
斎は言葉を濁しながら答える。
ここに来る以前の記憶もないのに、未来に目を向けるのは難しいきがした。


「じゃあ決まりだな。明日ナナカマド博士に会いに行くぞ。」

「明日マサゴ行く予定ないし面倒くさいから嫌。」

椅子ごとジュンの方に向くと斎はそう言い切った。
マサゴは地味に遠いし、何より今はレポートの方が大事。

ナナカマド博士は強面な人でポケモンの進化について研究している。


「どうせ暇だろ?」

「多忙だよ。」

「俺はポケモン持ってないんだよ。俺が死んでもいいってんなら来なくていいぜ。」

翌日ジュンがムックルに突っつかれまくって死んでいるのが見つかるのを想像すると、どう考えても断れ切れるものじゃない。

「あー、もう、わかった。」


結局は最後に折れるのはいつものことだ。


「じゃあまた明日な。むかえに行くから準備しとけよ。」


ジュンが帰った後 斎は机の上に詰まれてる紙束と一個のボールを見た。
どこで手に入れたのか覚えてない白のボディに赤いラインが入っているボール。
その中にいるポケモンもまた何処で出会ったのか…。
出会った時なんて斎も忘れてしまった。


「おまえだけに行かせるわけにもいかないよね…んー面倒くさい。」

そうボールに呟きかけると、またレポートに着手し始めるのだった。







マサゴタウンは海に隣接していて浜辺の砂が町中に溢れる砂の町。
フタバタウンとは違いポケモンセンターもあり、ナナカマド博士の研究所が町のシンボル的ポジションを担っている。

その研究所に博士に会うために斎とジュンはやってきた。


「博士ー! おーい!」


ナナカマド博士の研究所で大声を張り上げているジュン。
うるさいことこの上ないのだが、なにしろナナカマド博士の研究所は本やらレポートやらがそこかしこに積み上げられていて、人の姿が視認できないからしょうがない。
研究熱心なのはいいことだが、研究所内は汚いだけでなく本の山をどかしたりすると
その下から博士の助手やらなんやらまで発掘してしまうから堪ったものじゃない。



「博士なら暫く前にシンジ湖に行きましたよー。もうそろそろ帰ってくると思いますが。」


本の山の向こうから博士の助手の声が返ってきた。



「だってさ、斎。博士むかえに行くか?」

「そうだね。」


そう同意して研究所の外に出ると外はもう夕暮れ時になり始めていた。
家のあるフタバと研究所のあるマサゴは隣り合っていて比較的他の町より近くにある。
と言ってもその道途中は野生のポケモンも住処にしていたりで、どうしても時間をくってしまう。
もうそろそろ帰らないとフタバにつくころには真っ暗になってしまうだろう。

帰りが遅くなって暗い道を通るのが嫌なこともあって、斎の歩みは自然と早くなっていった。


「ジュン!斎!」


聞き覚えのある声が斎たちを呼んだ。


「博士、せっかく呼ばれたから来たのに!」


ナナカマド博士がこちらに歩いてくるのが見えて、ジュンは声を張り上げた。
ジュンはせっかちな気質だから焦れてしまったのだろう。


「すまんすまん。シンジ湖で考え事をしていたら時間があっという間に過ぎてしまってな。
   2人を呼んだのはちょっとした頼みごとがあるからだ。
      研究の手伝いでシンオウ中をめぐっていろんなポケモンと出会ってきてほしい。」

「え?私はジュンの付き添いで来ただけなんですけど。」


いきなり話が意外な方へ進んで行くのに斎は驚いた。
何故に自分までカウントされているのか…不服を訴えるように斎の眉根は自然と下がっていた。


「斎もいつまでもフタバタウンにいるわけにはいかないだろう…。
   これをきっかけに記憶が戻るかもしれないぞ?」


ナナカマド博士はそう言う。
反論するにも私のことを思ってのことだろうと思うと、斎は何も言い返せなくて黙ってしまった。
斎は今までと同じようにナナカマド博士の研究所で研究の手伝いをして暮らしたいと思っていた。

忘れてしまった記憶も思い出す必要性が特に思いつかないので、忘れたままでいいとさえ思っている。
そして必然的に旅に出る必要性も感じなかった。
その根底には『面倒臭い』というナマケロのような怠惰な感情。

博士は鞄を開けてその中から何かの機械を取り出して斎の手に握らせた。
ジュンの手にも同じものを握らせる。
研究所で博士がいじっているのを見たことがある。


「それはポケモン図鑑。旅の中で出会ったポケモンが自動的に記録されるハイテクな図鑑だ。
   それを持ってシンオウ中を旅してくれ。」

「……はい。」


カミナは腹を括った。


「旅に出る前にジュンはお母さんに知らせ…。」



ナナカマド博士が言い終わらない内に、何者かがその手から鞄を奪っていった。

斎はその犯人に突き飛ばされて思わずしりもちをつく。

「いたっ。」

「おっ…おい。何だよあいつ!大丈夫か斎。」


ジュンに手を貸してもらって斎は立ち上がった。
鞄を盗んだ相手を見ようと咄嗟に顔を上げたが遅くて、相手の後ろ姿しか見えない。


「あの中にはジュンに渡すつもりだったポケモンが。」

流石大人と言うべきか、落ち着いた口調で博士は言った。


「博士は研究所に戻って警察に通報してください。」

斎はモンスターボールの開閉スイッチを押した。
少しだけ目に眩しい光が射し、その光が消えるとそこには斎のパートナーであるアブソルが姿を現していた。
斎はアブソルの背にまたがる。

「あいつは私が追いかけますから。」


斎がそう言うと、アブソルは刻々と遠ざかっていく盗人めがけて走り出した。


「斎だけにいいカッコさせないからな!博士、俺も行ってくる。」


ジュンがそう言うと博士は頷いた。


「気をつけるんだぞ。おまえは斎と違ってパートナーのポケモンを持っていないのだからな。」

「分かってるって。」


博士から忠告を受けたジュンは自慢の脚力で走りだした。






一方、盗人を追う斎は順調に追跡していた。

それにしても、遠目からだが斎は自分が追っている人は何とも奇妙な見た目をしているなと思った。
カツラなのか髪は青色をしたボブ…いやおかっぱか。
その上服装まで変。

本当の姿を見られたくないから変装をしているとも考えられるけれども。
もしかしたら元々そういう趣味をしている人なのか…?

どこかで見た気もするけど、前に見ていたら忘れないだろう。
それほどインパクトが強い見た目をしている。


その変な格好の盗人は止めてあったトラックの荷台に鞄を投げ込むと助手席に飛び込むように乗り込んだ。
盗人は2人組みだったらしく、トラックはすぐに走り出す。


アブソルが荷台に飛び乗ると斎はすぐさま盗まれた博士の鞄を掴んでそこから脱出を試みた。
が、思いがけないことが起こってしまった。
トラックの荷台の扉が閉まりかけている。
自動で閉まるだなんて、田舎暮らしの斎には予想だにしない事だ。

自分たちが出るには扉は閉まりすぎてる。
そう判断して斎は鞄をトラックの外へ投げ飛ばした。
投擲のコントロールには自信が無かったけど、鞄が扉の端にぶつかりながらもトラックの走る勢いに流されて外に吸い込まれていった。


鞄を外へ投げた後、すぐにトラックの扉は硬く閉ざされてしまった。
光源が無くなってあたりは暗闇に包まれる。
目が暗闇に慣れるまで少し時間がかかるだろう。


なんでまたこんな面倒な事に。

そう考えてその場に座るとアブソルが斎の背中を頭で押した感触がした。
元気づけてくれているらしい。


少なくともポケモンは助けられたし、危機的状況でもそんなに悲観的になる必要もなかった。

「何処に向かってんだろうね、このトラック。」
ぼんやりと呟いた言葉は暗闇に吸い込まれていった。





後書き

面倒臭がりの主人公を動かすのがとても難し



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