プロローグ  鬼の面 | ナノ







遠き

菜の葉と鴻と燕が出会った日から三月経ったある日。
お見合いした姫のほとんどに嫌悪感を現していた鴻と燕が菜の葉に嫌な顔をしなかったということで、仲を深めさせようとたくらんだ官僚により二人だけの時間が設けられた。
今回は鴻と菜の葉の二人が座敷に向かい合って座っている。
しかし鴻は、目の前にいるかわいらしい黒髪の姫が目の前に座っているのにもかかわらず、一言も言葉を発しない。
鴻の刺すような瞳を不思議そうに菜の葉は見つめ返すしかなかった。

「城下」

鴻はいきなり言葉を発した。

「?」
「城下へ行く」
「本当でございますか!」
「子供か。さっさとついてこい」

呆れた顔の鴻をよそに、菜の葉は袖を振り窓へ駆け寄る。

「…」

なぜか少し寂しそうな顔をした菜の葉の髪が風にそよぐ。
それから少し経過し、城から出た瞬間、菜の葉は目を輝かせ嬉しそうにあたりを見渡している。

「早く行くぞ」

立ち止まっている菜の葉を鴻は振り返る。

「はい」

菜の葉は慌てて鴻の元に駆け寄った。

「城下は初めてか?」
「はい……危険なところだと言われ城から出たことはありません。出かけるにも駕籠を使っていました」
「随分用心しておられたのだな」
「私の藩では戦が続いていて治安が良くありませんでしたから」

菜の葉は楽しそうな反面、鴻の陰に隠れるようにして歩いている。

「城から出たのが不安か」
「……」

菜の葉は黙って鴻を見上げる。
図星。

「この辺は物騒な奴はおらん」
「本当でございますか……?」
「あぁ。でも離れるな。万が一のことがあるからな」

鴻は菜の葉を見ずにほんの少し声を和らげ、歩き出す。



「……ありがとうございます」



菜の葉は鴻のそばへ寄り添った。
それから鴻は城下の店を回り菜の葉に紹介をして回った。
そしてたまたまなのか計画していたのかは鴻にしかわからないが、ある祭りへ二人は来ていた。

「とても一日で回りきれませんね」
「あぁ」

祭りの提灯に火が灯され始めたころ、飴の沢山入った巾着を抱え菜の葉は満面の笑みを浮かべている。
二人はかなりの人ごみにもまれて窮屈そう。


「しかしお前、子供のようだな」


鴻がつぶやいたとき一瞬何かが着物の裾をつかんだ
が……。

「本当に姫なのか? 信じられないな」

菜の葉はそばにいると思っていた鴻は引き続き悪態をついた。
しかし、菜の葉の返事がない。

「おい、聞いておるのか……」

鴻が振り返るとそこに菜の葉の姿はない。

「ん!?」

慌てて周りを見渡すも菜の葉の姿はなく…。

「お、おい!!」

鴻は血相を変えて元来た道を駆け出した。
見渡す限り人……いや、妖怪。
そして鴻がいよいよ焦りだしたとき。

「お前!!」
「鴻様!」

人ごみをよけた道の隅にいた菜の葉は鴻の前に駆け寄る。

「ごめんなさい……。ついていこうとしたのですが人が多くて流されてしまって。本当に申し訳ございません」

瞳を潤ませて必死に頭を下げ続ける菜の葉。

「いや、俺が悪かった。怪我は」
「はい、何ともありません。大丈夫です」

意外にも優しく菜の葉を心配する鴻に菜の葉はキョトンとする。
本当はもっと叱られると思っていた。


「軽々しく姫を祭りに連れ出したのが間違いだったか」


鴻のその一言に菜の葉は一瞬表情を凍らせる。

「どうした」
「……いえ。ごめんなさい」

眉を困らせながら必死に鴻を見上げている。
そんな菜の葉を見ていた鴻は不意に彼女の頭を撫ぜてしまった。
菜の葉は頭を撫ぜられ唖然とするが、意外にも穏やかな顔をしている鴻を見てまつ毛を揺らす。


「ふふ…」


菜の葉はやっと明るい表情を見せる。

「お前、小さいから前にいろ」

そういうと鴻は菜の葉の肩をつかみ、自分の前に立たせ歩き始めた。
二人の前には大勢の人々が行きかっている。

「へっ!?」
「飴、落とすなよ。持っててやろうか」
「い、いえ、結構でございます」
「そうか? 甘いものは好きか」
「はい、めったには食べられませんがこうして甘いものが手に入るととても嬉しいです」



そう答えた菜の葉に鴻はほんのりとほほ笑むと耳元に口を寄せる。


「そうか」


菜の葉は後ろから聞こえた鴻のくすぐったくなるような低音の声に、パッと顔を上げ鴻の目を見つめる。

そして頬を染めた。

「?」

菜の葉が頬を染めた理由がわからない鴻はキョトンとしている。
内心、コロコロと表情を変える菜の葉が可愛らしくてたまらない。



「鴻様も、甘いものはお好きですか?」
「あ?……好きだ」



鴻は何気なく返事をするが、少し考えてから恥ずかしくなって菜の葉を見る。
「好きだ」という言葉。
ここだけ切り取ると告白しているようで……。
菜の葉もそれを感じて頬を染める。
二人しておどおどしているが、菜の葉は少し楽しそう

「ほっぺ真っ赤です。鴻様」
「お前もだろうが」
「えぇっ!? そんな!」

菜の葉は前に向き直り顔を隠す。






「菜の葉」






急に名前で呼ばれた菜の葉は鼓動を早め、顔を隠す手をのける。
すると自分の頬に柔らかい黒髪が触れる。



「……菜の葉」



二回目、名前を呼ばれたとき菜の葉は自分の顔のすぐ横に鴻の顔があることに気付いた。
肌のキメから眉毛から何からが鮮明に見え、なぜか少しだけ距離が縮まったように感じた。

「は、はいっ」
「あれ」

鴻が指さす先に、大きな花火が上がる。

「あれは……」

一瞬にして目を輝かせ花火の方向にある桟橋に向かって走り出した菜の葉。

「ちょっ…おいっ!!」

慌てて追いかける鴻はやっと立ち止まった菜の葉の横に立つ。
打ちあがる花火に見とれている菜の葉は桟橋の手すりに体をあずけ身を乗り出す。
その様子はまるで、かぐや姫が月に焦がれているようで……。
そんな菜の葉の様子に鴻は目を奪われる。
そこで思わず出た言葉。


「…綺麗だな」


しかし帰ってきたのは無邪気な答え。

「はいっ。城で見るより大きいですし、何といっても皆さんがいるから雰囲気も楽しいです」

そう答える菜の葉に少し呆れを見せながらも楽しそうにしている鴻。

「………あぁ」

彼は何かをあきらめたかのように手すりに肘をつき、ほんの少し口角を上げる。
その鴻の様子に菜の葉は魅入る。


そして思わず出た言葉





「…本当に素敵です」

しかし帰ってきたのは満足そうな答え。

「そんなに花火気に入ったのか?」

鴻の少し意地悪そうな表情に菜の葉は魅入る

「はい」
「やはり、連れてきてよかったかもしれないな」



ぶつぶつと独り言をいう鴻に少し困ったように菜の葉は笑い、花火を見上げた


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