獄門 夏の始め頃。 風もあまり吹かないような蒸し暑い日。 二人の青年が奥まった座敷に座っている。 「鴻(おおとり)様、緊張しておられるのですか?」 青色の束帯(陰陽師のような服)の青年、燕(つばめ)がその隣の(赤い束帯)青年、鴻(おおとり)に小さく話しかける。 「……しとらん」 鴻が先ほどから落ち着かない様子で扇子をいじくっている。 彼がそわそわしている原因はこれからこの豪華な大座敷に訪れる人物にある。 「怖い顔されていては姫に怖がられてしまいますよ。ほら、笑って下さい」 柔らかそうな雰囲気を醸し出している燕は色素の薄い髪を揺らしながら、表情をどうにか柔らかくさせようと鴻の頬を突っついている。 「やめろ」 「あ、また怖い顔。一度自分のお顔をご覧になってください」 「うるさい。少し口を閉じておけ」 鴻は呆れたように襖を見つめる。 「もうこのお見合いも何回目になるのでしょうか…。鴻は相も変わらず緊張されているご様子で」 こちらを睨んでくる鴻を燕はにこやかに見ている。 「金と地位目当ての女に誰が緊張するか。第一、協定を結んで領土を広げようって根端であろう。嫁にする女ぐらい自分で決めたいものだがな」 「いいお方が来られるかもしれないですよ? なにも決めつけなくても…」 「女は嫌いだ。女でなくても、裏があるやつは嫌いだ」 「それは私も同感です。官僚は何を考えているのか私にはまったく見当が付きません。…でもまぁ、連れてこられるお姫様、顔だけは大和撫子のようですがね」 「顔だけ。動作と話し方に虫唾が走る」 二人の前にこれから訪れる「姫」は、この二人の妻を選ぶための候補に名乗りをあげた「姫」。 このお見合いの機会は何度も彼らの意思とは関係なく行われてきたことであり、この時点で彼らは地位と名誉を維持するためのお飾りである。 いずれ、嫁が決まらず時が来れば勝手に「嫁」を決められるであろう。 「燕様、鴻様。姫がいらっしゃいました。よろしいですか?」 訪れたのは赤い束帯の綺麗な男。 赤い束帯であるから鴻の執事であろう。 「心のご用意は? 鴻」 「早く呼んで来い。公務もある、時間がない」 しびれを切らした鴻の機嫌が悪くなり始めた頃…。 「失礼いたします」 金糸の入った襖があけられると、そこには白一色の綺麗な着物を着た黒髪で華のある上品な美女が立っていた。 「央花から来ました、蝶の菜の葉と申します」 美しく儚げな菜の葉は二人の前に座り、微笑んだ。 しかしこの物語、この二人の青年たちがたった一人のその美しい蝶の菜の葉を愛してしまうがために悲しい物語になってしまう。 [演目] [しおりを挟む] |