現在ーー時刻は23:00。
間もなく日付けが変わり日曜日になろうとしているにも関わらず、ネオンの人工的な光に包まれたこの場所は眠ることを知らない。
杏寿郎は歩いていた。
彼女との約束の為に。

『え? 今すぐ、ですか?』

突然の連絡に驚きこそしたものの迷惑がるようなことはなく、杏寿郎からの無茶な要望に名前は五秒と経たぬうちに快く応える。
待ち合わせ場所に指定されたのは、都内繁華街のとある小洒落たカフェ。
中はこじんまりとしているが、薄暗い店内は落ち着いた雰囲気に包まれている。
後からひとり遅れて来ると伝えると、店員に案内されたのはゆったりしたソファ席だった。
その、特有の弾力性ある椅子に腰掛けながら珈琲を注文し、手持ち無沙汰になったところで試しに手元のメニュー表へと目を通す。
思いのほか豊富なメニューがあることを知りついつい誘惑されてしまうが、名前の分の飲み物を注文する際にさつまいものシフォンケーキを追加で頼もうと決めたところで、

「煉獄さん!」

聞き間違いようのない声に顔を上げる。
今まさに入店し、こちらへ軽く駆け寄って来るスーツ姿の名前が目に入った。
見た目が大人びている反面その反応がまるで飼い主を見つけた無邪気な小型犬のようで、杏寿郎は何だか可笑しくなって口元を弛ませた。

「こんばんは。遅くなってしまって申し訳ありません」
「俺のことは気にするな! それに、呼び出したのは俺の方だからな! 唐突な連絡に対応いただき感謝するッ!」

手渡されたメニュー表を受け取り、ほんの少し迷った後、名前は同じくコーヒーを注文。
加えて、杏寿郎はシフォンケーキを注文した。

「名前。君はどうする? 腹が減っているだろう。何か好きなものを頼みなさい。ささやかな俺からの詫びだ」
「詫びだなんて、そんな。私も煉獄さんにお会いしたかったので」

そんなふうに言われるとつい誤解してしまいそうになるのだが、名前の場合これはきっと社交辞令なのだと思うことにする。

「では、私も煉獄さんと同じものを。……好きなんです。さつまいも」
「了解した! 店員さん! 同じものを追加でひとつ頼む!!」
「疲れた時は甘いものに限ります。それにしても……意外。煉獄さん、甘い物がお好きなんですね。失礼かもしれませんが、そういうイメージではなかったので」
「そうか! 君が俺に対してどのような印象を抱いていたかは知らないが、甘い物は好きだぞ! 糖分は体の原動力になるだけではなく、脳内の神経物質に働き掛けることによって精神を安定させてくれるんだ!」

以上、甘い物が人体に及ぼすプラス効果のざっくりとした解説である。
聞かれてもいないことをつらつらと口にしてしまうのは、少なからず自分は緊張も動揺もしているということなのだろう。我が事ながら情けない話だ。

「印象ですか。うーん……新しいタイプ?」
「褒められているとも貶されているとも取れない! 反応に困るな!」
「なんというか掴みづらいと言いますか……行動が読みづらいと言いますか……」
「よもや後者だったか!」
「いっ、いいえ! これは貶しなどではございません! ただ、今の物言いでは褒めているとも違いますね。大変失礼致しました」
「謝る必要はない。俺は君の率直な意見を聞かせて欲しい」
「……」
「あぁ、すまない。俺はなにも君を問い詰めたい訳ではないんだ。 そんなことの為にわざわざ君の貴重な時間を割く訳にはいかない。ーー名前。君に伝えたいことがあるんだ。その為に呼んだ。とても大切なことなんだ」

そこまで話したところで、注文した二人分のコーヒーが席に到着する。
さっそくひと口啜ると、香ばしく爽やかな酸味のある研ぎ澄まされた味が口内に広がった。
杏寿郎は習慣的にコーヒーを口にするもののこだわりが強くも知識に精通してもいなかったので、素人丸出しの感想にはなってしまったが、次の瞬間自ずと「うまい!」と零れた。
その声が存外大きく店内に響き渡ってしまったので、名前は瞳を丸くさせて驚いた。

「それで、大切なこととは?」
「俺と付き合ってほしい」

加えてさらりと驚愕のひと言。
名前は丸い瞳を更に大きく見開き驚いたかのように見えたが、すぐに普段の調子に戻り、

「ーーどちらへ?」
「そのベタな返しはわざとなのか!?」
「え……えぇっ!? そんなっ、わ、私……! だって、それは……そういう意味で受け取ると……その、」
「そういう意味で受け取ってもらって構わないが」
「ちっ、ちょっと待ってください!!!」

杏寿郎に負けず劣らずの声を挙げると同時に、テーブルに両の手のひらを着き勢いよく立ち上がる名前。
その拍子にガタンと音を立てて椅子が倒れ、周囲の客の目線がこちらへと集中した。
普段の様子からは一変。
視線は泳ぎ、挙動不審。
頬が一気に蒸気し赤く染まっていた。
思いのほか初々しい反応だが、善し悪しの判断基準としてはやや弱い。
そこで、杏寿郎はもう少し掘り下げた質問を投げ掛けてみたのだが、

「よもや君にはすでに心に決めた相手が?」
「……」
「……うん?」
「いっ、いえいえいえ! そ、そういう意味ではないです! 本当に!!」
「わかった。わかったから君は少し落ち着きなさい。ーーいや、俺の質問が悪かったな。困らせてしまってすまない」
「違……っ! ……い、いえ……こちらこそ、お騒がせしてしまい申し訳ありません。私は誰ともお付き合いなどしておりません。そういう類いには、あまり……その、無頓着でして……きっ、興味が無いと言えば嘘になりますが……昨日の今日で、そんな……」
「そうか。それを聞いて安心した。ならば話を戻そうと思うんだがいいだろうか」
「ーー本気、ですか?」
「あぁ。俺は何時如何なる時も本気だ」

名前はひどく困惑していたが、決して嫌な感じではなかった。
とはいえ困惑の原因は明らかに自分の言動である以上、詳細説明の義務がある。

「名前」
「……はい」
「俺は多分、君が思っている以上に君のことが好きだ。出会ったばかりの男から言われても説得力の欠片も無いだろうが、信じて欲しい」
「し、しかし、私達……まずは友人として程よい距離感で接していきましょう、って、昨日話したばかりでは……」
「うむ。まぁ、そうなんだが」

杏寿郎は店内の壁に掛かったアンティークな時計に目をやりつつこの後の名前の予定を確認すると、話が少し長くなるんだが、そう前置きをし話を続けた。



58 / 表紙
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