赤いアンブレラ | ナノ
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しとしと。

非番だった私は、家の窓から外の様子をそっと窺い、ため息を大げさにひとつこぼす。

昨日夜遅くに長期任務から帰ってきたばかりのため、冷蔵庫の中はスッカラカンであり夕飯のためには買い物に行かなくてはならないが、こんな雨の中だとやはり気がひける。
かといって夕飯を抜くわけないもいかない。私はお財布をポケットに適当につっこみ、質素なサンダルを履いてから赤い傘を携え家から飛び出した。



今年もまた、木の葉の里に雨の季節がやってきたようだ。
大通りに溢れる色とりどりの傘は咲き乱れる花々ようだ、と赤い傘をさしている私はそんなことを頭の隅っこでぼんやり考えるが、ふと電柱に張り付けられたポスターに気がそらされた。
お尋ね者のポスターの写真に写る彼の顔は、私の記憶と全く違わない、8年前のあの顔。

アカデミーで初めて彼と言葉を交わした日。
任務の帰り道、夕日を浴びながら初めて手と手をつないだ日。
4回目のデートに夜の公園のすべり台の傍で初めての口づけを交わした日。

彼の写真を見た瞬間にあふれかえる思い出の数々に、実は今でも胸が苦しくなる。
任務のときは堂々としてとても頼りがいがあるのに、ふたりっきりになるとすぐに頬を紅に染めたりと案外うぶな彼が大好きだった。


あの団子屋さんは相変わらず繁盛していて、中を覗き込もうと店の前で足を止めれば、おいしそうに団子を頬張る男性が見えた。
わたしもここのお団子は何度か食べたが、本当においしいと思う。甘味処めぐりが大好きな彼にも一回は食べてもらいたいなと思った矢先、中の店員と目があった。中の店員さんはご丁寧に深々とお辞儀をしてくれるが、残念ながら今回は寄っていくつもりはない。お返しの軽い会釈もそこそこに、傘を握りなおして再び歩み始めた。


もちろんのことだけど、あの日のように電信柱のそばにイタチはいない。
もうあれから3年経って彼は二度と私の目の前に現れることはなかったが、やはりずいぶんと不名誉な噂はたびたび耳にして、その度に私はほっと肩を下す。
生きていてくれれば、それで良い。そんなふうに心底思うのだ。


今でも彼のことが好きかと問われれば、私は素直にうなずくしかないし、友達にはそのことでさんざん女々しいとお説教も食らった。女々しくて結構。一途と褒めたたえてもらいたいほどだ。

そりゃもちろんこの8年の間、彼への気持ちが全く変わらなかったわけじゃない。ひどく恨んで自暴自棄に忘れ去ろうと時もあるし、たまらなく恋しくなって枕を濡らしたこともある。

確かにいろいろな形に変わっていくけれど、好き、という愛しさの根本的な部分は変わってなくて、それが私の心の支えであり弱みだ。


たぶんもう2度とイタチと会うことはないだろうけど、もうそれでも構わない。
強がりと言われれば確かにそうかもしれないが、あの日傘を手渡したイタチの、笠から垣間見えた優しい笑顔で私はもう十分だよイタチ、ありがとう。





雨の日にはふとこうやってイタチのことを思い出す。あの日イタチが差し出した赤い傘を差しながら。



「イタチ、私ね、来月結婚するんだ」




誰に言うでもない、独り言のようなわたしの呟きは、雨の音にかき消された。









おわり





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KI☆LAさんの「赤いアンブレラ」をもとにしたお話でした。



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