赤いアンブレラ | ナノ
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しとしと。



今年もまた、木の葉の里に雨の季節がやってきたようだ。
大通りに溢れる色とりどりの傘は咲き乱れる花々のようだ、と赤い傘をさしている私はそんなことを頭の隅っこでぼんやり考えながら、ふと立ち止まって電信柱に張り付けられたポスターを見ていた。

お尋ね者のポスターの写真に写る彼の顔は、私の記憶と全く違わない、5年前のあの顔。こうして眺めると相変わらず長い睫毛だ。
その目元にふと、キスをする度にその長い睫毛がわたしの顔をくすぐっていたのを思い出す。キスの最中にクスクスと笑い出す私を不思議そうな顔で見つめて、俺のキスは変だったか?と不安げに聞いてくるイタチが大好きで大好きでしょうがなかった。


ポスターにそっと近づき雨に濡れた彼の顔を指でなぞってみると、涙を拭ってあげてるみたいだ、なんてとんでもなく馬鹿げたことを考えてしまった。

赤い傘を持ち直して濡れた手のひらを自分の顔に向けぼぅとしていれば、思い出されるのは彼と過ごした日々。

イタチが私の部屋に初めて来た日、そういえばこんな雨が降っていたね。イタチはこの赤い傘を差してわたしの家に遊びに来たんだっけ。


あの日、イタチが帰るころにはすっかり上がった雨。しっかり者のあなたが柄にもなく忘れていった赤い傘は、結局今の今まで私の家に置いてあった。
いつも使ってるお気に入りの傘をこの前壊してしまったばかりで、代わりの傘を探していたら偶然見つけた赤い傘。
昔付き合ってた人の傘を差して出かけるなんでストーカーのやることみたいだとためらいはしたが、結局その傘を差してきてしまったのは、少しでも彼と私を繋ぎとめたいと思ったからかもしれない。


そんな赤い傘からぽたぽたと垂れる雫に誘われるように、目頭が熱くなる。
玄関の戸をあけた先にこの傘をさして立っていたイタチの姿はもうぼんやりとしか思い出せないのに、5年経っても彼の思い出を一つ思い出すだけでこんなに心をかき乱されるなんて。


イタチの噂は今でもたまに耳にすることがある。もちろん決していい噂なんかじゃなくて、砂隠れの暗部の小隊がイタチによって全滅させられただとか雲隠れのある大名をイタチが殺しただとか、暁の一員として犯罪を重ねるずいぶん不名誉な噂だけれど、それでも私は耳にするたび、心のどこかでほっとしていた。

ああ、彼はまだ生きてるんだ。それだけで救われている私はずいぶんと女々しい。


きっとこんなこと彼に知れたら、笑われちゃうんだろうな。
優しくて穏やかで頼りがいのある私の大好きなイタチはきっとただの幻、だって彼は犯罪者だから。彼が里を抜けた直後、周りの人によくそういわれてなぐさめられてきた。
わかってるわかってるよ、表面ではおとなしく聞き入れながらも心の中では必死に反論する私。

確かに私は不甲斐なくて彼のことを何もわかってあげられなかった彼女だったけれど、一番近くで彼のことをみてきた自信はある。

あんなに私を慈しみ愛おしんでくれたあの眼差しが、手が、笑顔が嘘だったなんて、今更受け入れられるわけないじゃない。結局今も私は、あのイタチは幻なんかじゃなかったと心の中で信じているのだ。
だから彼はきっと、今でもイタチのことが好きな私を知って「ありがとう」と微笑んでくれるんだ、そう儚げに私は信じ続ける。



ふと遠くに目を凝らすと、少し遠くに最近新しくできたお団子屋さんがみえた。
友達が、なかなか美味しいと言っていたのを思い出して、背中を丸めながらとぼとぼお団子屋さんへと向かう。
雨の中でもなかなかに活気づいているお店は、すっかり意気消沈した私とは対称的にまるでキラキラと輝いているような別世界だった。


「俺は、三色団子がいいな」


その声にぼんやりと宙に浮いていた意識がもどってくる。確かに私の鼓膜を震わせたあの声。私はあたりを見渡して、その声の主を探し求めた。いた。さっきまで私が黄昏れていた、あの電信柱のすぐそこに。
赤雲が描かれた黒地のコートに頭部をすっぽりと隠す竹の笠。ビンゴブックに載っていた、暁の衣装そのまんまである。笠で顔はまったく確認できないが、あの声に間違いなくイタチだと認識した私は、あまりの驚きと5年間積もりに積もったたくさんの想いからそれ以上動くことも出来ず、酸欠の金魚のように口をパクパクとさせることができなかった。






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