the cake is a Lie | ナノ
5. 残香

竜崎とともに日本に無事到着し一息ついたのもつかの間。
クリスマスを終えてすぐに捜査本部に届いたのは、日本に潜入していたFBI捜査官が殺されたという非情なニュースだった。

キラに逆らうものは殺されかねないことを皆が察し、本部内の空気は一段と重くなっていく。
LがFBIに捜査本部の人間を調査させていたことも明るみになり、多くの人間がLに対する不信感を口にするようになってしまった。

竜崎はいずれ捜査本部の人間に顔を晒さなければならなくなる可能性を常に考えているようだった。
いつから考えていたかはしらないが、私を早々に捜査本部に潜入させたことを考えるとかなり早い段階でそうなってしまう可能性に気づいていたのかもしれない。
こうして私が日々捜査員たちの身辺調査をしていた甲斐があったと言えばそうだ。
しかし不安は一層募る。
警察の情報が漏れていることは明白のこの状況で、警察の人間に顔を晒してしまったら、そこからキラが竜崎の正体にたどり着いてしまうのではないか。
そうなったら竜崎の命なんて簡単に──。
私はいよいよ竜崎が皆に顔を晒す日が近いことを肌で感じてしまい、心穏やかではいられなかった。

そして大晦日。
相変わらず休みのない捜査本部だったが、今日は普段と様子が違った。
「キラに殺されるのが惜しいものは、遠慮せず捜査から外れてくれて構わない」と夜神局長が伝え会議へ行ってしまってから、ひとり、またひとりと捜査員が去っていく。
昨日まで共に正義を掲げて捜査していた仲間だが、皆それぞれ事情がある。
竜崎は命をかけると宣言していたし、私もLの忠実な部下として同様に命をかけるつもりでいるが、正直FBI捜査官皆殺しの知らせを聞いた時は恐怖で足が震えた。
家族など守るものがあれば尚更命は惜しいだろう。
私は去っていく者の苦渋に満ちた顔を眺めながら、ぽつんと遣る瀬無く席に座り続けた。

最終的に本部に残ったのは、私を除いてたったの五人だった。

「香澄さん」

声をかけられて顔を上げれば、そこにいたのは松田さんだった。
私の隣の席へと座った彼を横目に見ながら、ノートパソコンを閉じてそちらに体を向ける。

「香澄さんは、大丈夫なの…?」
「私は後悔のないようこの事件に最後まで臨むつもりです。松田さんこそ大丈夫なんですか」
「え、僕?僕もまあ、命が惜しくないわけじゃないけど、でも香澄さんと同じ。ここで引いたらこれから先ずっと後悔しそうだし、頑張るよ」

と語る彼はどこか間の抜けた笑顔でへらへらしている。

彼、松田桃太は私と同い年の捜査官である。
私がここ数週間で調べた限りの彼は、何とも楽観的且つ呆けた性格をしていて、捜査官として見れば優秀な人柄ではない。
しかし臆すること無く捜査会議で自分の意見を発言する事ができたり、周りの上司たちから可愛がられる人懐っこい一面もあるなど、長所も数え切れないほどある男性だ。
何より命の危険も顧みずこの場に残ってキラ事件を続けようとしているのだから、その正義感は人一倍強いのだろう。

私が大切な幼馴染の強引なスカウトに流されるままキラ事件の捜査しているのに反し、彼ははただ己の「信念」と「正義」のためだけに命をかける覚悟を持っていた。

「局長を除けば、俺と伊出が最年長か。残ったのは若いのばかりだな」
「若さと燃える闘志でフレッシュにがんばります!」
「いや松田…比較的若いってだけで、フレッシュって歳でもないだろ…」

向こうに座ったまま体をこちらに向けて松田さんと談笑する相澤さん。
松田さんや相澤さんだけではなくここに残る皆が、警察官として眩い覚悟を携えているのだ。

ただただ尊敬に値する。
恥ずかしながら私にはそんな芯の強い正義感はない。
Lに命令されるがままキラ事件に挑むことになっただけだし、そもそもICPOの職員になったのだって恋い慕う幼馴染に再会したいがためだった。
ここにいる皆が当たり前のように抱いている信念と比べれば、私の動機は比べるのも申し訳なくなるほどあまりにも薄っぺらい。

私のような邪な感情に流されるばかりの人間が、これから先皆や竜崎と肩を並べて事件に挑むことができるのだろうか。
もしも自分の命が危険に晒された時、みじめにも逃げ出したりせず、正義を貫けるのだろうか。

松田さん達と適当に会話しながらも、内心で劣等感に苛まれていく。
こうして皆の信念を目の当たりにして突然襲いかかる己のちっぽけさに背中を丸めていると、ワタリが部屋に戻ってきた。
松田さんがいそいそと自分の席へと戻っていったので私は今のうちにと再びノートパソコンを開き、残った五人の情報を竜崎へと送った。
彼からの返事はすぐに来たが、やはりいつもどおりの「了解。ありがとうございます」の機械的な短い文面だけだった。

クリスマスの日に空港で別れてから竜崎とは会っていない。
竜崎も私とは別のホテルをとってそこに滞在しているようだが、訳もなく接触することは憚られてそれっきりだった。
今日これから残った捜査員たちの前に顔を晒すのだろうか。
そうなると捜査員の身辺調査を命じられていた私の仕事はもう終わりだ。
わざわざ強引に日本へ派遣しておいて、これでお役御免だから帰れとはならないだろうが、私は一体どうなるのだろう…。




そんな私の予想通り、Lはその日のうちに帝東ホテルにて捜査員たちに顔を晒し、そして、

「それと香澄さん、わざわざ皆さんの真似をしなくても、もう結構です」
「え、」
「香澄さんは私の命令で動いていた部下です。捜査本部の皆さんの身辺調査をさせていました」

あっさり私を本部に潜入させていた自分の部下だと認めてしまった。
皆と同様にLの素顔に困惑してみたり、皆に習って警察手帳を出して自己紹介してみたりと迫真の演技をしていたつもりが、あっさり正体をバラされて拍子抜けする。
夜神局長たちは酷く困惑していた。
ただでさえ衝撃的な出来事が続く中で、このタイミングで身内にスパイ紛いの者が居たとわかれば当然だ。
いずれ白状しなければならないにしても今このタイミングで突然バラしてしまうのは何故、と頭の中で考えを巡らせていると、竜崎は言った。

「香澄さん、私に新しいコーヒーを淹れてくれませんか。それと各FBI捜査官が調査していた人物をまとめた資料が、向こうのナイトテーブルの上にあるので取ってきてください」

何食わぬ顔で私にそう言いつけた後、竜崎は局長たちと共に奥の部屋へと行ってしまった。

(…ワタリもまだいないし私に雑用を任せたかったから早々に正体をばらした…とか?)

まさかはるばる日本まで連れてきてお茶汲みの仕事だけやらせるわけではあるまいな、と竜崎に呆れながら、私は大人しくコーヒーサーバーへと向かった。






そのからは慌ただしい日々が続いた。
亡くなってしまったFBI捜査官の12月27日の行動を分かる範囲で全てリストアップし、彼らが訪れていた施設に問い合わせ監視カメラの映像を提供してもらい、その中から該当の者が映っている映像を見つけまとめていく。
都内の多数の施設を訪れビデオを回収するまではまだ良かったが、膨大な監視カメラの映像の中からFBI捜査官を見つける作業は中々手間だった。
キラ捜査本部の人間は竜崎やワタリ、私を入れてもたったの八人。
しかも一人は警察庁内の捜査本部で留守番をしなくてはならない。

ビデオテープを入れて、見て、また新たなビデオテープに入れ替える。
休む間もなくひたすらに淡々と同じ作業をこなしていった。
全身、特に目に疲労は溜まっていくがしっかり睡眠を取る時間もなく、一区切りついた拍子にソファでウトウトしてしまう時もあった。


「香澄、君は女性だからあまりこの場で寝ないほうが良い」
「…あ、すみません。気がついたら寝てたみたいで」
「そうだ。こんな多忙な状況で無意味なトラブルは避けたい。寝るんならちゃんと自室へ帰ってからにしてくれ」

夜神局長と相澤さんに声をかけられて重い瞼を持ち上げる。
二人共はっきりと何が問題かは言わないが、男所帯の中で女性が不用心にしている場合のトラブルを想定して私を心配してくれている。
これからこの少人数で信頼関係を大切に捜査していかなければならないのだ。
皆が正義溢れる警察官だとしても、トラブルに繋がりかねない行動は慎むべきだったと私は深く反省した。

今までは竜崎のホテルとは違うホテルに私は寝泊まりしていたが、この頃からさすがに体がもたなくなってしまった。
竜崎とワタリに掛け合い、以後竜崎と同じホテルの別階の部屋を手配してもらえるようになった。








局長たちと同じく睡眠不足でうつらうつらと仕事し続ける私とは対照的に、竜崎とワタリは全く顔色を変えずに黙々と捜査を続けていた。
甘味をつまみながら監視カメラの映像を複数個同時に観察する竜崎と、阿吽の呼吸でその補佐をしていくワタリ。
竜崎が孤児院を出て十年以上、こうして二人で数々の大事件を解決してきたのだろう。
そこで確実に培われてきた二人の絆が嫌でもわかってしまう。
そこに私が入り込む隙間なんて当然無く、改めて彼ら二人の偉大さを身を持って知ってしまえば、取り残されてしまったかのような一抹の寂しさを感じた。

(いや、十年前に実際に取り残されたわけだけども…)

なんて下らないことを考えながら、新しく入れた自分用のコーヒーを片手にモニターの前へ戻っていく。
空は白け始め、夜の終わりを感じさせる光がホテルの窓から差し込む明け方のこと。
ワタリは仮眠をとっているため居らず、松田さんたちも大いびきをかきながらそこらで適当に睡眠を取っている中、私は奥の部屋で映像を確認中であろう竜崎をなんとなく覗いてみた。
ソファ越しに見えるのはいつもどおりの丸まった白い背中。
しかし頭がカクッっと垂れては戻るといった動きを何度か繰り返しているのを見て、私はもしやと息を飲んだ。

適当なところにコーヒーを置き、そうっと気配を消して彼へと近づいていく。
そして息を殺しながらゆっくりその顔を覗き込んでみれば、やはり、竜崎の瞼は閉じられていた。

今や完全に頭は膝にもたれていて、すうすう穏やかな寝息を放っている。
あの印象的な黒いまん丸の瞳は今は隠されており、整った鼻筋が際立って見えた。
精悍な顔立ちではあるが、眠っているためかどこか幼い雰囲気の漂う竜崎の寝顔は、私の胸にもの懐かしさを溢れさせた。

懐かしいな。こうして寝ている彼の姿を見たことは何度もある。
ベッドにいかずにいつもコンピューターの前で体を丸めたままゴロンと寝ていた幼い頃。
セックスの真似事の終わりに、気だるさにのまれてウトウトしていた思春期の頃。
そして前代未聞の大事件立ち向かう最中、睡魔に勝てず意識を手放してしまっただろう今。
どれも同じ穏やかな寝顔をしていて、目の前の偉大な探偵が、かつていつも一緒だった幼馴染と同じ人であることを思い出させてくれる。
どこか可愛いとすら感じてしまう寝顔だ。

私はしばらく彼の寝姿に見とれてしまった後、胸を高鳴らせている自分に気づいて慌てて頭を振った。
何をドキドキしているんだ。
もう私は恋心とは決別したんだ。
危うく恋慕の気持ちをぶり返しそうになる自分に呆れながらも、私は再生中のままだったビデオを止めた。


忍び足のままブランケットを取りに行き、彼の小さく丸まる背中にフワッとかけたその時──竜崎はスイッチの入ったおもちゃのように唐突に勢いよく顔をあげた。

「わ、……起こしちゃった…?」
「いえ、寝るつもりではなかったので起こしてくれて助かりました」

ひらりとブランケットがソファの後ろに落ちた。
竜崎はだるそうに目頭を押さえながらも、もう片方の手でリモコンの再生ボタンを押していた。
睡眠をとるつもりはさらさらないようだ。

彼は起こしてもらって良かったと言ったが、それでも心地よさそうに寝ていた人間を起こしてしまったというのはどうにもいたたまれない。
ましてや竜崎は夜神局長たちと合流してから数日まともに寝ていないはずだから、その貴重な睡眠時間を邪魔をしてしまったということになる。

何事もなかったかのように確認作業を再開した竜崎の背中をしばらく見つめた後、私はふとあることに気づいて一旦その場から去り、数分後戻った。


「濃いめのコーヒーと、それと補充済みのシュガーポットです」

モニターへの視線を遮らないように、トレイからカップとシュガーポットを下ろしていく。
竜崎は一瞬だけそれらを見た後、すぐにモニターへ視線を戻し「ありがとうございます」といつも通り無愛想に言った。

「竜崎はもうずっと徹夜なのに…お疲れさまです」
「香澄さんもお疲れさまです…ひどい顔ですね」

コンシーラーで隠しているつもりだったがやはり隠しきれなかった隈を指摘されてしまい、苦笑しながら肩を竦める。
恥ずかしいと言えば恥ずかしいしどうにかしたいが、睡眠時間をまともに取れない以上改善のしようもない。

「私も竜崎みたいに、連続で徹夜しても頑張れる体だったら良かったんですけどね」

向こうの部屋で寝ている皆を起こさないように小声で話す。

竜崎と捜査本部の皆が合流してから、私は彼と敬語で話すように努めていた。
竜崎と私が親密に話していたら皆は私達の関係を不審に思うだろうし、そこから二人の過去を勘ぐられでもしたら困ってしまう。
私のことはともかく、竜崎が孤児院にいた過去は彼の正体を隠すためにも絶対に知られてはならない。
皆の前ではただの部下として淡々と振る舞うのが一番安全なのだ。

そしてもう一つの理由。
私の中で竜崎を恋い慕う感情を断ち切るため。
だらだらと親しげにしていたらいつまでも恋心を捨てずにいてしまいそうで怖かった。
こうして言動だけでもはっきりと上司と部下として振る舞えば、きっといつか未だ残る恋慕も消えてなくなるだろう。
そう思ってのことだった。


小さい頃から親しげな口調でずっと話していたので、こうして敬語を使って話すことは未だ慣れない。
私が突然敬語で話しかけるようになったことに竜崎も始めのうちは少し驚いていたようだったが、特別何も言わなかった。
竜崎としては別に私がどう振る舞おうと知ったことではないのだろう。
当然だ、彼は今命をかけてキラ事件の捜査に挑んでいるのだ。
部下の身の振り方なんて気にしている場合ではない。

竜崎は私の言葉に何も返事をすることもなく、無言のままシュガーポットに手を突っ込んだ。
いくつか無造作に角砂糖を掴んでは、ぽとんと適当にコーヒーの中に落としていく。

私は眠くて回らない頭のまましばらくその手つきのしなやかさを眺めいたが、いつまでもこんなことをしている場合ではないことにつと気づく。
私も早く映像確認を再開しよう。
持ち場に戻る前に、先程竜崎の背から落ちたブランケットを回収しようと、彼の背後へと近づいた。

──すると突然、がばっと。
竜崎が勢いよくこちらへ振り向いた。

隈に縁取られた大きなギョロッとした瞳がいきなり向けられ、私は驚きに「ひっ」と引きつった声を漏らした。

「…な、どうかしましたか…」

動揺しつつも振り向いた理由を尋ねてみたが、竜崎は私をじいっと見つめたまま何も言わない。
まだ薄暗い部屋で見開かれるその瞳の不気味さにたじろぎながらも私は腕を伸ばして何とかブランケットを掴み、気まずさに彼から一歩離れた。

「…」
「…」
「…においが、したので」

ようやく口を開いてくれたかと思えば、どこか曖昧で脈絡もないことを言うので呆気にとられる。
におい?においって何のにおいのことだ?
と睡眠不足でうまく回らない頭を巡らせていると、突然はたと気づいていしまった。

「ご、ごめんなさい!昨日一日シャワー浴びれなかったから…臭い、ましたよね…」

かああと顔に熱が集まる。
私はあまりの恥ずかしさに顔を真赤にしながら大慌てで竜崎と距離を取った。
ここ数日、捜査本部の皆は忙しさのあまり睡眠時間どころか身を清めることすらもお座なりにしていた。
うっかり昨日一日作業に集中しすぎてシャワーも浴びれぬまま夜を明かしてしまったが、まさか臭ってしまうなんて…!

羞恥心に泣きそうになりながら早くこの場を去ろうと竜崎に背を向ける。
が、真っ赤な顔で慌てふためく私を竜崎は「香澄さん」とやや大きな声で呼び止めた。

未だ熱い顔のまま振り返ると、竜崎はビデオの一時停止ボタンをおして、私をじっと凝視している。

「不快な臭いというわけではないです。ただ、懐かしい香澄さんのにおいがしたので、思わず振り返ってしまっただけです」

それっきり二人の間に沈黙が流れた。
私は竜崎の視線から逃げるように目を伏せて、いたたまれなさにブランケットをぎゅうっと握りしめる。

不快な体臭ではなかったというのはひとまず安心だったが、私は竜崎の台詞になんと返事をしていいか分からなかった。
まさか竜崎が昔を懐かしむような真似をするなんて思わなかった。
竜崎は孤児院にいた時のことを言っているに違いない。
しかも体のにおいを思い出すというのはつまり、私達がただの清い友達ではなかったというか何というか、お互いの体のにおいまで知っているような深い仲だったことを竜崎は回顧しているのではないだろうか。

私は先刻とは違う意味で顔を赤らめ、どうしようもなくて彼から目をそらしたままその場に立ち尽くした。

「…からかってるんですか」
「そういうわけではありません。ただ懐かしかっただけです」

相変わらずの飄々とした物言いに、苛立ちと安堵を覚えながらも立ち竦んでいると、竜崎はそんな私に構わずに呑気に続けた。

「昔を思い出したら、香澄さんの手作りのお菓子が食べたくなりました」
「…本気で言ってます…?」
「本気です。久しぶりにあの砂糖たっぷりのお菓子を摂取してみたいんです」
「…まあそのうち、捜査が落ち着いたら考えておきます」
「よろしくおねがいします」

そうして再びビデオを再生し確認作業を再開した竜崎。
何食わぬ顔をしているだろうその姿を眺めながら、私は拍子抜けして小さくため息をついた。

セクシャルなことを意識しているのではないかなんて、きっと私の思い過ごしなのだ。
竜崎がいつだって突拍子なく、且つデリカシーもない人間だというのは嫌という程知っている。
ただ単純に私のにおいをきっかけに昔を思い出していただけなのだろう。

そう納得してしまえば安堵に体の力は抜けていく。
これでいい、私ばかりが意識してしまっているだけで、きっと杞憂だ。

青白いテレビ画面の光を浴びながら、何もなかったかのように作業を続ける竜崎の背中。
私も彼と同じように孤児院にいた頃の昔を思い返して、その細くも逞しい背中と、投資に打ち込んでいた小さい少年のころの背中を重ねた。

かつてその背中にしがみつき快楽を求めあったことは、今となっては忘れてしまいたい。忘れなくては───。





私は思い出したくない過去を振り払うかのように大きく深呼吸を一度して、作業に戻るか先にシャワーを浴びるか悩みながらその場を去った。