the cake is a Lie | ナノ
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17. 物案じ

「おはようございます、弥海砂のマネージャの香澄です。よろしくお願い申し上げます」
「尾々井さん、紙村さん!お久しぶりでーす」
「お久しぶりです。…では、早速ですがミサさんは面接室の方へ。香澄さんは応接室のほうでお待ち下さい」

ついに迎えたヨツバ本社での面接の日。
準備を万全に整え、指定の時間よりも少し早めにヨツバのビルへと到着した私達を出迎えたのは尾々井と紙村だった。
緊張に鼓動を早くしながらも、二人と共に奥の面接室へと向かうミサの背中を眺める。
「がんばってねミサミサ!」と明るい声音を後ろ姿に投げかけてみれば、ミサは振り返って満面の笑みでピースサインをくれた。
私も面接室に同行できれば良かったのだが、ヨツバ側がこれからミサに聞き出そうとしていることを考えれば私が同席できないことも十分予想済みであった。
あとはミサの機転の良さを信じるしか無い。
私はひとり連れて行かれた応接室の中、出されたお茶すらも飲まずにそわそわと彼女の戻る時を待ち続けた。

時計の秒針の音がいやに耳に響いている。
ただのCM起用の面接ではありあえないような長時間の面接。
ミサは大丈夫だろうか、アイバーはうまく彼女のサポートをしてくれているだろうか、何か不測の事態でも起こってはいないだろうか。
ひたすらミサのことを考えて気をもみ続けていると────仰々しい音を立てて、唐突に応接室の扉が開いた。
誰かヨツバ社員だろうかとそちらへと顔を上げてみれば、ひょっこりとドアの隙間から顔を出しているミサ。
私は思わずその場で勢いよく立ち上がる。

「ミサちゃん…面接終わったの?」
「ううん、一旦トイレ休憩。化粧直したいから香澄ちゃんに預けてたメイク道具とりにきたんだけど…」
「ああ…それなら私も一緒にトイレにいくね」

色々聞きたいこともあるしと、ミサのメイク道具一式をもってトイレへと同行した。
とりあえず用を足し、その後パウダースペースにてお化粧直しの道具を準備する。
ハンカチで手を拭きながらこちらへやってきたミサは、げんなりと眉根を寄せて明らかに疲れている様子だ。

「大丈夫…?」
「大丈夫だけど、疲れちゃった。ホント神経つかう…。アイバーさんがうまく会話を誘導してくれるけど、ヨツバさんたちも結構色々食いついてくるから、上手く答えるの大変でさー…」
「七人全員で面接してるの?」
「ううん、尾々井さんと紙村さんと、あと三堂さんと火口さんの四人だけ」

渡したティッシュでぽんぽんと肌を整えているミサを見つめながら、四人の顔を思い浮かべる。
キラであれば何としてでもあの場に同席しミサの話を聞きたいはず。
この四人の中にキラがいる可能性は高い──そう考えてしまうのは、あまりに短絡的だろうか。
この場に来ることができなかった竜崎や月くんの代わりに何かしらキラに繋がりそうな情報を得られれば良いのだが、結局面接に同席できなかった私がそれらを掴むのは難しいようだ。
残念だが、やはりここはミサとアイバーの二人に全てを任せるしかなかい。
疲れた顔で化粧を直すミサを鏡越しに見つめながら、トイレの外に声が聞こえぬよう小さな声で彼女に語りかける。

「あとで帰りの車の中で、どんな話を聞かれたか改めて教えてね。面接の続き、大変だろうけど頑張って」
「任せて…!ライトのためにも香澄ちゃんのためにも、このまま頑張るよ…!」

私の態度に応えるように、ミサが小声ながらも明るい声音で返事をしてくれる。
私に余計な心配をかけさせないためだろう、パッと一瞬で表情を明るくして破顔する彼女のなんと健気なことか。
メイク道具をしまいこみながらその強く逞しい彼女の姿にほほえみ返し、私達はトイレを後にした。










その後、滞りなく面接の続きを終えたミサは尾々井と紙村と共に明るい笑顔を貼り付けて私の元へと帰ってきた。
紙村から「弥海砂の広告採用を決定しました」と早々と告げられ、ミサと共にやや大袈裟に喜びあった。
まあヨツバ重役たちの胸中を考えれば採用されることは予想できていたが、それはそれとしてミサがタレントとして大きな仕事をもぎ取ることができたというのは偽りなく嬉しい。
そんなやや浮かれた気持ちながらも、彼らから契約書など数多の書類を受け取りそれをざっと確認しつつ二人の表情をちらちらと確認する。
この二人も面接に参加したはずだが、その正体は果たして──。
色々な可能性を考えてしまうが、しかしいつまでも長い間不自然に彼らを観察し続けているわけにもいかない。
私はぺこぺこと過剰に頭を下げながら、ミサと共にヨツバ本社を去っていった。


それから車の中で運転しながらミサの話を聞いてはみたが、面接時の四人の態度からキラの正体を絞れそうな情報を得られなかった。
四人全員がミサからLの情報を聞き出そうと色々質問をぶつけてきたようだが、ただ質問を繰り返すだけでそれ以上に不審な点はなかったらしい。

「あ、面接中は四人とも変なところはなかったけど、でも見て…早速鷹橋さんから食事のお誘いのメール来たの」

信号待ちの合間にミサの携帯を受け取り確認してみれば、それは何とも下心をにじませたプライベートなお誘いのメールである。
確か既婚者だったはずの鷹橋からの文面を見て思わず引いてしまうが、下心を滲ませているのは建前で、本当の狙いはキラとしてミサと接触を持ちたいという可能性もある。
ミサに携帯を返して運転を続けながら、鷹橋の素性についてさらに調査しなければと考えているうちにさらにミサの携帯が鳴り続け、二人で顔を見合わせる。
結局、拠点ビルに着くまでに火口と樹多からもお誘いのメールがミサのもとに届いたのだった。



無事帰還し捜査室で竜崎と合流後、メールについてを皆に報告するミサは携帯のディスプレイを見ながら眉根を寄せていた。

「うーん…この誘いに乗って探りを入れていけば良いのは分かってるんだけど…三人とも下心丸出し…」

横から文面を覗き見て、ミサの嫌悪感を理解してしまう。
自分より一回りも二回りも年上の異性からあからさまに下心をにじませた誘いに乗るというのは当然楽しくない。
ミサの魅力があってこそ成り立つ作戦ではあるが、いくら月くんの役に立ちたいがためとは言えやはり気が乗らないようだ。

「二人っきりで食事かあ…頑張らなくちゃ…。色仕掛けとかはちょっとさすがに無理だけど…」


そう苦笑いするミサの姿を見て──私は覚悟を今一度胸に強く抱いたのだ。









自室に戻り、二人で着替えや食事を済ませた後、私はアイバーの携帯へ電話をかけた。
彼もヨツバ本社から無事帰還したことを確認し、今からそちらの部屋に向かうと伝えた後、ミサを連れてアイバーの部屋を訪ねた。
こういう時、皆が同じビルを生活の拠点としているのは便利である──ぼんやりと竜崎への感謝を感じているうちに、厳重なロックの備え付けられたドアが開いた。

「こんな時間に美女二人が訪ねてきてくれるなんて今夜の僕は幸せものだな」

なんてアイバーらしい軽い言葉を適当にかわしながらリビングへと通される。
何か飲み物を準備しようかと気遣ってくれる彼に遠慮しながら、ミサと並んでソファに腰掛け、私は早まる気のまま食い気味に本題を切り出した。

「今日ヨツバの彼らと実際会ってみて、何か、不審な様子を感じる人とかはいなかった…?」

そう問うてみればアイバーは腕を組んだまま困ったように笑うが、私の意図をすぐさま把握したようで考え込むように目を伏せた。

天才詐欺師として人の心理に精通したアイバーが実際に彼らと接触してみて、どんな印象を抱いたのか。
怪しい人物だと感じる者はいたのか。

つまるところどんな小さな手がかりでも良い、私は早くキラの正体に近づきたい。
そんな焦りを隠すことなく身を乗り出せば、アイバーは眉尻を下げた笑顔のまま口を開く。

「あくまでも、推理なんて大層なものではなく僕の個人的な感想だということを理解してくれ。これから話すことはただの直感によるものだ。竜崎にまだ報告する段階にもない、曖昧な感想だからね。証拠はないし、責任は負えない」

これから話すことによる責任の追求は一切受け付けない、ということだが、それでも私に応えようとしてくれるその姿勢はとてもありがたい。
隣でミサが少し困惑気味に居心地悪そうに座っているのを横目に見つつ、私は「分かったわ」としっかり頷いた。

「結論から言えば、あの中で僕が一番怪しいと思えるのは火口だな。重役全員と顔合わせして軽くやり取りしてるときに感じたんだ、皆、僅かだか無意識のうちに火口に遠慮している。長年詐欺師をやってる勘で、皆の目つきや口ぶり、言葉選びを見ていれば何となく分かるんだよ。きっと皆、心のどこかで火口がキラじゃないかって気づいてる」

そう語るアイバーの口元は弧を描いたままだが、彫りの深い目元の奥に見える瞳は鋭く光っていた。
天才詐欺師としてのプライドが垣間見えるようなその視線。
彼にこうして意見を仰いだのは正解だったと確信し、私はそのままじっと耳を済ませ続けた。

「金に目ざとく浅はかな考えを持っているが、完全な馬鹿というほどでもなくずる賢く立ち回れる程度の地頭はある…火口はこのヨツバキラ像に一番近い存在だとも思う。他にも樹多や鷹橋の可能性も考えたが、キラ像から少し外れるんだ。火口なら経歴や最近降格したことを鑑みればキラ像に一番合致する」
「…火口…」
「…まあ、もう一度言うけど、あくまでも僕の勘だからね。こんな曖昧な意見、幻滅されたら困るから竜崎には秘密にしておいてくれよ」

そこまで話してくれたところで、彼は組んでいた腕をほどいてゆったりとソファに座り直し、前髪をかき上げながらふうとため息をついたのだった。

彼の勘を信じるならば──火口がキラの可能性が一番高いということになる。
もちろんアイバーの台詞だけで断定するわけにはいかない、彼も再三断っていたことだが、彼個人の勘に過ぎず証拠は一切ない。
しかし、人の心理や言動を観察することに非常に秀でた人間の勘でもある。
キラに関する手がかりが少ない現状において、竜崎も信頼するほどに優秀な彼の勘はとても貴重な情報である。

アイバーを推測を受け、火口の顔やデータを思い浮かべながら考えを巡らせる。
この情報を元に私はどう立ち回るべきだろうかと思案していると、隣でミサがジャラジャラと手錠を鳴らしてアイバーへと向かいあった。

「それなら、ミサはまず火口に狙いを絞って誘いに乗っていけばいいってことね!頑張らなくちゃ…!」
「でも君、男の誘いに乗っていくというのがどういうことなのか分かっているのかい?火口の口を割らせるためには二人っきりのシチュエーションを作らなければならない。ミサちゃんの演技力や雰囲気を作りあげる能力が高いのは分かっているが、下心を持った男とふたりっきりになるということはとても危険だ。君みたいな華奢な女の子じゃ、いざというときに勝ち目はない」
「…それは、わかってる…!ミサも色仕掛けなんてしたくないし、ライト以外の男とそういうことになるのなんんてぜっっったいに嫌だけど……、でも、ミサにしかできない任務だから…」

リスクを承知の上でそれでも愛しい人のために役目を果たそうとしているミサの姿を間近に見ていると、やはり無性に胸が締め付けられてしまう。
あんな下劣な男に蹂躙されるかもしれないリスクを、私はミサに負ってほしくなかった。
拳を握りしめながらも、自分の覚悟を表すように真っ直ぐな眼差しでアイバーと向かい合っているミサ。
そんな彼女の献身的で真剣な姿を目の当たりにして、私は意を決して口を開いた。

「私が、火口にハニートラップを仕掛ける。松田さんの件の時、火口は私相手でも満更でもない様子だったわ。うまく誘導すれば、私でも彼を落とせるかもしれない。だからアイバー、あなたの知恵を貸してほしいの」
















──翌日。
随分冷える秋空の下、今日も一日中行われている映画撮影を、私はそわそわ落ち着かない気分で眺め続けていた。

昨日の夜はあの後、アイバーとミサと三人でどう火口にアプローチすべきか詳細に計画を練り上げた。
私よりも遥かに人心掌握術に長け、男心を理解しているアイバーの助言をもらうことできたのはただひたすらにありがたい。
ミサは私が彼女の身代わりになると聞いて酷く動揺し申し訳無さそうにしていたが、なんとか説得し受け入れてくれた。
これでいい。監視中とはいえ今は一般人に過ぎない彼女よりも、キラ事件捜査員である私こそがリスクを追うべきなのだ。
とは言え、私自身は火口と連絡先の交換をしていないので、まずアクションを起こすところはミサに頼らざるを得ないし、夜に予定されているデートも彼女は同じホテル内の別室で待機し続けることになっている。
完全に彼女を火口から遠ざけることはできず、この作戦を知れば月くんは絶対にミサを心配して私達を止めるだろう。
だから私達はこの作戦を誰にも言わず、今この瞬間まで秘密にし続けていた。

(でも、竜崎には…)

携帯を開き、メール画面を立ち上げて電話帳から竜崎の名を選んだところで私の指は動きを止めた。
月くんには秘密だし、日本警察の皆にも月くんに情報が漏れてしまいそうだから教えることはできない。
しかし竜崎になら、メールを介してこっそり作戦を知らせることができる。
ハニートラップによってヨツバ重役に探りを入れるというのは竜崎の望んだことだ。
そこで実際に動くのがミサではなく私に変更になったというのは、上司である彼にしっかり報告すべきだろう。

だが──。

私が火口に色仕掛けを行うと知って、竜崎はどう反応してくれるのだろうか。
月くんのように「危険だから駄目だ」と反対してくれる?いや、ない。絶対にない。
ただただ淡々と、「わかりました」とシンプルに返信するだけだろう。

頭では彼がどう反応するか分かっているはずなのに、いざ実際に自分の目で彼の反応を見るのが無性に怖かった。
優しい彼氏がいるミサと無駄な初恋を続ける自分の違いを思い知らされるのがただただ怖かった。

報告のメールを打とうとする手は、無様にも全く動こうとしてくれない。
上司に連絡や報告を怠るなんていけないと分かっている。
分かってはいるのに────私は遣る瀬無く唇を噛んで、静かに携帯を閉じた。

「カーット!」
「本日の撮影は以上となります!お疲れさまでしたー!」

次の瞬間響き渡る撮影スタッフらの声に顔を上げる。
少し遅れて向こうの方から走ってやってきたミサの姿を見つけ、慌てて携帯をしまいこんだ後「お疲れ様」と声をかければ、彼女は少し緊張したような面持ちで微笑んだ。

その後支度を終えた私達は、日中のうちに火口とデートの約束を取り付けた都内の高級ホテルへと向かう。
冬に近づいてすっかり日が短くなってしまったので、辺りはもう暗かった。
タクシーの中から都内の美しい夜景をぼんやりと眺め、自分の鼓動の速さを静かに感じていると、唐突にミサの携帯が鳴った。
彼女のもとに届いた火口からの「もうすぐ着く」の文字。
それを目の当たりにしてかすかに指が震え始めたが、そんなことになど構ってなど居られない。

私は、うまく立ち回ることができるだろうか。やりとげることができるだろうか。
いや。まだ火口がキラだと決まったわけではない。
少しそそのかして様子をみて、それだけで終わる可能性もある。
しかし例え火口がキラでなくとも、他所の男と二人っきりの密室にこもらなければならないことはただただ恐ろしい。
無理やり組み敷かれでもしたら、女の私の力では敵わないだろう。
もしそうなってしまったときのことを考慮しアイバーに協力を求めることも一瞬考えたが、エラルド・コイルとして顔が知られている彼が私を助けに姿を表すなんてあまりにも不自然だ。
私は自分の力だけを頼りに、成し遂げなければ────。

酷い緊張に苛まれながらも私達はあっという間にホテルへと到着してしまう。
浮かない気分のまま眺めるロビーのきらめくシャンデリアは嫌に眩しい。
華やかな内装と対称的な暗い気分のままロビーを通り過ぎ、エレベーターに乗り込んだところでミサが心配げな表情で私を見つめた。

「香澄ちゃん、大丈夫?」

こちらを見上げる彼女の瞳はか細く揺れていた。
私はエレベーター特有の浮遊感に包まれたまま、ぎこちなく微笑む。

「…大丈夫。ミサちゃんだって面接頑張ったんだもの、私だって頑張らなくっちゃ」

ミサは私が酷く緊張していることに気づいてこうして心配してくれているのだろう。
ありがたいとは思うが、今の私には彼女の気遣いに応える余裕すらない。
私はあからさまに硬い笑顔のままドア上の階数のランプを眺め続けるしかなかったのだった。





その後、ミサも私も何も言わない沈黙のままエレベーターを降り、あらかじめ火口に指定されていたスイートルームの前へと無事到着することができた。
高級感漂う艷やかなドアを目の前に、酷い緊張で体中がしびれる心地がする。
ミサの携帯に届いたメールによれば、すでに火口は到着していて中で待っているはずだ。

「いい?」
「うん」

そんな簡潔なやり取りの果てに廊下でひとつ大きな深呼吸をした後────私は意を決して約束の部屋のチャイムを押した。