the cake is a Lie | ナノ
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16. 輝き

無事生還を果たした松田さんのおかげでヨツバ重役の八人のうちの誰かがキラ、あるいはキラと繋がりのある者だと判明した。
竜崎は逮捕に向けて確たる証拠を掴むためアイバーとウエディに指示を出し、あの八人をより深く調査することを決めた。
それから間もなく、アイバーが探偵エラルド・コイルとして樹多と接触し、ウエディはヨツバ本社のセキュリティを破ることに成功する。

そして十月十五日、ついに我々はヨツバの死の会議をカメラ越しに確認するに至った。

その日、映画撮影も休みで部屋でゆっくりしたいであろうミサのことを考え、私は捜査室とインカムを繋ぎ、ノートパソコンから盗撮映像を見ることとなった。
のんびりと雑誌を見ているミサと対称的な、画面に映し出される殺伐とした会議に顔を顰める。
誰をどのように殺すかが簡単に決まっていくその異様な会話の、何とおぞましいことか。
捜査室の皆もあまりに衝撃的な映像に動揺を隠せないようだ。

やがて、今は犠牲が出たとしても確実にキラを捕まえるために静観したい竜崎と、人命を救うため今すぐにでもヨツバを牽制すべきだという夜神親子で対立が始まってしまった。
二対一で丸め込まれそうになり、不機嫌な口ぶりになっていく竜崎。
命を尊重したい二人の気持ちも痛いほど分かるので難しいが、私の立場からはここで竜崎の擁護をさせていただきたい。
しかし、どう夜神親子を納得させようかと悩みつつマイクに向かって口を開きかけたその時──月くんがLの名を借りて会議中の重役たちに電話をかけたいと主張し始めた。

「今までの会話でキラではなさそうで、それなりの発言力を持っていそうなのは…」

そして奈南川の携帯へと電話をかけた月くん。
言葉巧みに彼を言いくるめ、死の会議による裁きを一ヶ月止めることに成功した。

まだ大学生になったばかりの若さだというのに、あまりにも突出したその賢さと才能に感心せざるを得ない。
竜崎も同様に月くんの機転を称賛し、「私が死んだらLを継いでくれますか」とまで言っている。
これほど有能だともはや嫉妬の気持ちすらわかない。
月くんにしても竜崎にしても、私のような凡人とは見える世界が違うのだろう。
まさに「天才」という言葉にふさわしい月くんと一緒にいる時の竜崎が、私といるよりも遥かに生き生きとする理由。
それを痛いほどに思い知ってしまって、もう何度目か分からない沈鬱な気分に苛まれていると。

「香澄さん、今からそちらに行きます。ミサさんに頼みたいことがあるので」
「え!?あ、…はい」

憂鬱に苛まれている最中突然名前を呼ばれたことに困惑しつつも何とか返事をして、それっきり聞こえなくなった竜崎の声に小首を傾げる。

「今から竜崎と月くんが来るって…」
「え!?今日デートOKの日だっけ!?」
「ううん、何か竜崎からミサちゃんに頼みがあるらしいんだけど…」
「…竜崎さんからの頼みぃ?」

あからさまにテンションが低くなったミサのわかりやすさに苦笑しているうちに、ジャラジャラと鎖を鳴らして竜崎たちがやってきた。
後ろにいる月くんが困惑しきった表情で竜崎を見つめていることから察するに、どうやら彼は手錠を外すわけにもいかず無理やり連れてこられたようである。
いまいち竜崎の意図がはっきりとしないが、とりあえずインカムを切ってイヤホンとノートパソコンをテーブルに置いていると、彼は足早に歩いた後遠慮もなくずいっとミサへ顔を近づけた。

「ミサさん、あなた月くんを愛していますか」

突拍子もないその問いに呆然としてる私達に構わず、キラと月くんどちらを取るか、彼の役に立ち協力したいかどうか、Lとは誰か、と竜崎はいくつも質問を続けた。
月くんにべったりと腕を絡ませたまま、事情が飲み込めないながらもそれに答える彼女の後ろで、竜崎がわざわざこちらへやってきた意図を理解する。
──ミサを再びヨツバ重役たちに接触させ、それを足がかりに深く捜査をするつもりだ。
竜崎が今からミサに頼もうとしてることの危険さに気づいてしまい、漠然とした不安が脳裏をよぎった。

私の予想通り、竜崎はミサの協力の得て行おうとしている自身の計画を語り始めた。
アイバーから「弥海砂は第二のキラ容疑でLに取り調べを受けた。Lのことを知っているかもしれない」と彼らに報告を入れる。
それに食いつきミサをCMに起用する体で色々と聞き出そうとするであろう彼らに「キラを崇拝してるから会いたい。キラのためならなんでもする」と心酔していることをほのめかす。
キラであれば絶対に彼女に対して何かしらのアクションを起こすはずなので、そこから探りをいれようという、ある種のハニートラップのようなものだ。

「えっと…ライトは本当にキラを捕まえたいのよね?」
「ああ…それはそうだが…確かに捕まえたいがこれは駄目だ」
「なんで?」
「ミサが危険な目に遭うからに決まってるだろう」
「私の身を案じてくれるの?やったー!」
「…」
「…でもミサ、ライトの為ならそれくらいなんでもないよ」

キラであろう人物と深く接触するということは、一歩間違えれば死が待ち受けている。
そんな当たり前のことはミサ自身も当然理解しているはずだが、それでも迷うことなく一瞬で覚悟を決めているその様。
彼女がこう返事をすることはわかっていたはずなのに、私は思わず眉尻を下げる。
かつて第二のキラであったことを除けば、今はただのタレントで捜査員でもなんでも無いないごく普通の女性。
そんな彼女が、愛しい恋人のためだけに命を掛けようとしている。
その盲目的な愛の危うさをこうも目の当たりにしてしまうと、私は心配で心配で仕方がなかった。

「ミサちゃん、本当に大丈夫…?私も全力でサポートはするけど、でも相手はどんな卑劣な手段を取るかわからない。私とミサちゃんの力だけじゃ抵抗しきれずにどこかに連れ込まれて拷問を受けたりとか、最悪その…殺されちゃうかもしれないのに」
「大丈夫!ミサどんな拷問されたって言わないもん」

彼女を監禁していた五十日間のことを思えば、彼女が肉体的にも精神的にも非常に強い子だということは理解している。
それでも私は彼女の身を案じるこの気持ちを拭いきることが出来なかった。
しかし。竜崎が計画を望み、そしてミサがそれに同意したとなれば、私がこれ以上何を言っても無駄なのだ。
私は早々に諦観の境地に至りそれっきり口をつぐんだのだが、一方で月くんは未だ納得がいかないようである。

「おい竜崎、無茶苦茶だ」
「時間がないんです。私、焦ってます。…それに弥海砂、この子の根性と月くんへの愛は世界一です」

相変わらず感情のこもってない平坦な竜崎の台詞を耳にした瞬間、ミサの目が輝く。
竜崎がその様子をまん丸の黒い瞳でちらりと確認し、そして台詞を続けた。

「ミサさんは月くんにふさわしい最高の女性です」

酷く棒読みな言葉だったというのに、ミサと言えばなんとも単純にその台詞を鵜呑みにし、嬉しさのあまりついにはしゃぎ始める。
少々呆れながらも月くんと共に二人を見つめ続けていれば、彼女はおもむろに竜崎へと近づき、そしてちゅっと可愛らしい音を立てて──なんと彼の頬に、キスをしたのだ。

(…あ…っ)

その光景を目の当たりにして色々な意味で度肝を抜かれる。
ばくばくと心臓が早鐘を打つ音をどこか遠くで聞きながらも、一瞬のうちに様々な思いが脳内に駆け巡る。

こういう可愛らしいことを躊躇なくできる人懐っこさが彼女の魅力なのだなとか。
あんなに可愛い芸能人の子にキスなんてされたらそりゃ竜崎だって嬉しいだろうなとか。
私だって一度も彼の頬に口づけなんてしたことないのにずるいなとか。
そういう積極性が無いのが私とミサちゃんの魅力の違いなんだなとか。

胸の内に溢れかえる感心や劣等感、それから僅かばかりの嫉妬に苛まれて身を固まらせていれば、

「好きになりますよ?」
「!!」

という予想だにしていなかった竜崎の台詞に、いよいよ私の心はトドメを刺されたのだった。



「あー!ごめん香澄ちゃん!!竜崎さん一応香澄ちゃんの彼氏なのに、ミサってばうっかりほっぺにチューしちゃった…」
「え!?あ!うん、いいのいいの!気にしないで…」

思わず頭を真っ白にして立ち尽くしていたところに突然話を振られて我に返った。
ミサに悪気があったわけではないことは重々承知しているので責める気なんてこれっぽっちもないが、何というか、結構、ショックだ。
必死に平常心を装って苦笑を保ちながらも、内心ずうんと落ち込んで悶々としているうちにミサに手を取られ、さらには竜崎と月くんまで巻き込んでわいわいとはしゃぐことに付き合わされる。

うち二人は未成年とは言え、とうに子供を卒業した人間四人が手を取り合って輪になり、ぐるぐると回る光景はおそらくかなり滑稽だ。
始めのうちは未だショックに落ち込んだままこっ恥ずかしさを感じていたのだが──。
妙に上機嫌に楽しそうにしているミサと、真顔ながらもしっかりそれに付き合い回り続けている竜崎、そして恥ずかしげに眉を潜めながら困惑している月くん。
この状況のあまりの珍妙さに思わず吹き出してしまえば、重い気分もすっかり鳴りを潜めてしまう。
結構落ち込んでいたはずだというのに、私も人のことを言えず中々単純なやつだ。

「ミサは友達を絶対に裏切りません。任せておいて!四人の力を合わせてキラ逮捕ー!」

はしゃぐのをやめたかと思えば、ポーズまでとって高々と声をあげるミサに、竜崎がわざとらしく困った顔で笑った。
「…夜神くんは私と違う捜査方法をお父さんたちと取るようで、私とミサさんと香澄さんの三人でということに…」なんてわざとらしく言う竜崎にミサは更に丸め込まれ、月くんを無理やりこちらに引き込もうとしている。
竜崎にうまく状況を操作されて強制的に三対一になってしまったことに、さすがの月くんも参っているようだ。
これでは月くんもこちら側に参加せざるを得ない。
うまくこの状況に持ち込んだものだと竜崎の狡猾さに感心してしまうが、月くんはそれでも彼女の身を必死に案じ続けていた。
そんな彼氏の優しい姿にミサは感謝の言葉を述べた後、手を組み合わせて幸せそうに柔らかく微笑む。

「ミサ、ライトの役に立ちたい。役に立ってライトにもっと愛されたい。それにミサは、」
「…」
「ライトのためになら喜んで死ねる」

役に立ちたい。愛されたい。
その言葉を鼓膜に受け止めた瞬間、心のつきものが落ちるような感覚に苛まれて──。
私は瞬きするも忘れて、息を呑んだ。

そうか──彼女も私と、全く一緒の気持ちなんだ。
私が竜崎に恋い焦がれ、彼の役に立ちたいと必死に捜査に協力しているのと同じように、彼女も捜査協力をすることで月くんに認めてもらい、愛を享受したいと願っている。
その一心だけで覚悟を決めたんだ。

彼女の姿を見ていて感じてしまう盲目的な愛の危うさ。
きっと傍から見ていたら、文句も言わず竜崎に尽くし続ける私の姿も危うく、そして痛々しく見えるに違いない。
彼女の姿を通して見える己の愚かさに今この瞬間ようやく気づいてしまい、思わず唇を噛みしめる。

私はミサと一緒なのだ。
彼女にあれこれ忠告できるような偉そうな立場ではないのだ。

あまりの動揺にもはや何も言えず、計画について話し合う彼らの姿を私は呆然としたまま眺めるしかできなかった。









後日、アイバーが竜崎の指示通りにヨツバへミサの情報を流し、数日後にはオーディションの知らせが事務所へと届いた。
計画通りにヨツバ重役がこの作戦に釣られてくれたことに安堵しつつ、ミサの仕事の合間を縫って綿密な打ち合わせと練習が行われる。
アイバーはうまく彼らの信頼を得ることに成功し、ヨツバ重役側としてミサのオーディションに参加するらしい。
あからじめアイバーがどんな質問をするのか、それにミサはどう答えるのかを定めておき、より効果的にミサの存在をアピールする、そのためのリハーサルだ。
少しおどけ気味のミサの練習態度が竜崎は気に食わないようだが、忙しい撮影の合間、疲れているだろうにこうやって意欲的に練習に参加してくれることを思えばどうも責める気にはなれない。
竜崎とミサの何とも言えない間の抜けたやり取りを、月くんと一緒に見守り続ける日が続いた。







そしていよいよオーディションを明日に控えた夜のこと──。

「緊張して眠れない!月に会いたい!」と就寝前にミサが騒ぎ始めたので、もう遅い時間だが仕方がなく月くんと竜崎の部屋を訪ねることになった。
予めミサから月くんの携帯に連絡を入れ、彼がまだ起きていることを確認した後、静かに部屋へと入ってみる。
基本的な作りや家具は私とミサの部屋と一緒だが、引っ越し当初と比べると大分物が増えた私達の部屋とは対称的に、月くんたちの部屋は物も少なく非常にシンプルである。
二人共物欲の薄い人だから当然といえば当然なのだが、私とミサの部屋にあふれる、使いみちは分からないけどとにかく可愛い小物やジムに行けない彼女のための運動器具を思うと、あまりにも部屋の雰囲気が違いすぎて何だか面白い。

そんなくだらないことを考えつつもリビングルームのソファへ顔を向けてみれば、月くんが本を片手にゆったりと座って私達を迎えてくれた。
──だが、一人足りないことにすぐさま気がつく。

「あれ?竜崎は…?」

そう尋ねてみると月くんは反対側のソファへと視線を送った。
こちら側に背もたれが向けられているそれへと近づいてみて、私とミサは驚いた。

「竜崎さん寝てる…!竜崎さんも睡眠とることあるのね…」
「何日間も徹夜で起きてるかと思えば、急にコロっと寝始めたりするから…付き合うのが大変だよ。ソファなんか寝始めて、僕もベッドに行けないんだ」
「あらら…」

そう呆れたように笑う月くんに同情して、私も釣られて苦笑してしまう。
孤児院時代から変わっていない、かなり風変わりで不規則な睡眠スタイル。
それに強制的に振り回される月くんと、相変わらず他人への配慮なんて全くしないブレない竜崎。

珍獣でも見るかのようにミサがまじまじと竜崎の寝顔を観察してる横で、私も彼の穏やかな寝姿を見据えた。
ソファの座面で膝を抱えて横になり、親指を咥えたまますやすやと寝息を立てている。
その安らかな寝顔はやはりどこか幼くて、幼少期の面影を残しているように感じた。

そんな竜崎を横目に、邪魔しないようにと静かに横の座面へ腰を下ろす。
向かいのソファで月くんにべったり寄りかかって幸せそうにしているミサや読書を続けている月くん。
三人でたまに会話をしながらぼぅと穏やかな時間を楽しんでいると、いつの間にかミサがウトウトし始めた。
部屋に戻るように声をかけようかと迷っているうちに、ミサはあっという間に月くんに完全にもたれかかり、夢の世界へと旅立ってしまった。

「ミサちゃんったら…寝ちゃった…」
「ああ…本当だ。いつの間に…」
「そんな素振り見せなかったけど、撮影とオーディションの練習でかなり疲れてるはずだから…。緊張して眠れないって言ってたけど、月くんの傍ならあっという間に寝れちゃうなんて…本当に愛されてるのね、月くん」
「…あはは、そうかもしれませんね」
「月くんももう寝るでしょう?起こす?」
「いえ、まだもう少し読み進めたいんで…折角眠れたんだし、しばらくはこのままで大丈夫ですよ。香澄さんが大丈夫なら」

私も別に眠いわけではない。
お言葉に甘えてもう少しここでミサを寝かせておいてあげよう、そう思い「じゃあこのままで」と伝えれば、月くんは綺麗な笑顔でこっくり頷いた。
見目の良い人というのは何気ない仕草でも様になるものなのだな。
そう感心してしばしの間彼に見惚れてしまうが、さすがにいつまでもその顔をジロジロ見ているのも不自然だろう。
私は穏やかな沈黙の中、月くんからそうっと視線を逸らして宙を見つめた。
二人を寝かせておいてあげようと同意したは良いものの、何というか、とても退屈だ。
手持ち無沙汰に髪を弄りながら部屋をぐるりと見渡してみるが、物の少ないシンプルな部屋でとくに面白いところがあるわけでもない。
どうしたものかとしばらく考えた結果、隣で眠る竜崎に目を留めて、そのあどけない寝顔をちらちらと観察してみる。
すると──。

「竜崎、全然起きませんね」

読書に集中していたはずの月くんに話しかけられて、彼へと視線を戻す。
私を気遣うような優しげな瞳に、私は思わず肩をすくめた。

「…一度眠ると、泥のように眠っちゃう人だから…」
「香澄さんは、竜崎のことをよく知っているんですね」

そう言って笑う月くんに、しまったと内心焦る。
何となく口にしただけの台詞だが、これでは察しのいい月くんに私と竜崎が上司と部下以上の関係だと知られかねない。
自分の失言に呆れるが今更取り消すことも出来ず、私は慌てて、しかし平静を装って口を開いた。

「…もう十ヶ月以上寝食をともにして一緒に働いているんだもの。ある程度のことは知ってるつもり。…まあでも、すごく変わった人だから、未だに理解できない部分も山ほどあるけどね」

そう何とか答えて笑ってみれば、月くんは微笑みを保ったままその手の本を閉じてコーヒーテーブルへと静かに置いた。

「…僕、香澄さんと竜崎はもっと長い付き合いなんだと思ってました」
「…私は、ワタリの伝手で連れてこられてキラ事件捜査の協力をしているだけ。たまたま私が日本人の女性だったから、捜査に都合が良くて選ばれたの」
「でも、あの今まで頑なに正体を明かさなかったLという人物がいきなり招いてずっと側に置くくらいだから、深い信頼関係があるということですよね?」
「私とワタリが長い付き合いで…。ワタリは私にとっての命の恩人みたいな人なの。私は彼に恩返しがしたいし、ワタリと竜崎も私が絶対に裏切らないことを理解してる。それだけの関係」

本当のことは言っていないが、嘘でもない。
言葉を慎重に選びながら何とか月くんの質問に答えることができて、内心ほっと胸を撫で下ろす。

実はこれと似たような、私と竜崎の付き合いの長さを問われる質問は、以前松田さんにもされたことがある。
その時も今回と似たようなことを伝えて松田さんを納得させたのだが──月くんはこれで納得してくれるだろうか。

未だ竜崎が真のキラとして疑いをかけ続けている彼に、私と竜崎の過去を知られてはならない。
私との関係から竜崎の正体を暴かれてしまったら、私は一生悔やんでも悔やみきれないだろう。
今の月くんは一見するとキラであったことを忘れているようだが、それが演技だという可能性もゼロではないのだ。
私はにこにこと機嫌よくほほえみながらも、月くんが次に何を言うのかこっそりと身構える。

「松田さんが前に言ってたんですよ、竜崎と香澄さんはフリじゃなくて本当にお付き合いしてるんじゃないかって」
「んー…。竜崎はこんなとてつもない変人だけど、これでも世界一の名探偵で莫大なお金も権力も手に入れたすごい人だから…。そんな人とお付き合いできたら一生遊んで暮らせそうで憧れちゃうなあ」

内心かなり動揺しながらもおどけた口ぶりでそう答える。
そんな私の言葉を聞いて、月くんはその艷やかな茶色い前髪を揺らして面白そうに小さく笑った。

「僕は竜崎と香澄さん、すごくお似合いだと思います。二人で話しているととても仲が良さそうで」
「…私だって、月くんとミサちゃんいつも仲良さそうで、すごくお似合いだなって思ってるのよ。今だって見て…ミサちゃんってばすごく幸せそうな顔で寝てる」

あまりこれ以上話を深く掘り下げられると困るので、それとなく話題をミサと月くんのことに変えてみる。
すうすうと穏やかな寝息を立てながら、月くんの肩にもたれて眠り続けているミサ。
大好きな男性の温もりを感じながら眠ることがどれほど幸せか考えながらその寝顔を見つめ続けていれば、月くんもミサの方を見つめているようだった。

「月くんが羨ましいな。こんなに深く彼女に愛されて…」
「はは…そうです、かね」
「明日の作戦だって、月くんのためだって言って危険を承知で引き受けてくれたんだもの…。愛の力ってやつね」

彼女のたたただ健気な姿を思っていると、月くんがぎこちなく笑っている。
ミサにべっとりされているときにも見せる困ったようなその笑顔。
やはり月くんの気持ちはミサの愛に追いついていないことを私はその瞬間改めて察してしまった。

「こんなにミサは僕のことを大切に思ってくれているのに、僕はミサに何も返すことができなくて…いつも申し訳なくは思っているんですけど」
「…でも月くん、いつもミサちゃんの身を案じてくれてるでしょう。ミサちゃんが危険な目に遭うから駄目だってちゃんと竜崎に反対して…」
「…」
「適当に『愛してる』なんて甘い言葉をかけられるよりもずっとずっと良い。好きな人が自分のことを思いやってくれてるって分かるだけで、私だったら嬉しいし…ミサちゃんもそうだと思う。絶対にそう」

「一方的に彼女から押しかけてきた」と言い、ミサの愛ゆえの行為にいつも困り気味にしているその姿をみれば、二人の愛情が釣り合っていないことは明らかだった。
多分、ミサもそれは分かっているのだと思う。
だから「可愛い」と言われれば律儀に感謝の言葉を伝え、命をかけてでも彼の役に立ちたいと思っているのだ。
そうして献身的に月くんの愛を得ようとしてるミサの気持ちが、私は痛いほど分かってしまう。
尽くせば尽くすほどいつか相手が振り向いてくれるのではないか、愛してくれるのではないか。
儚くもそう願ってしまうその心情は、私が竜崎に抱くものと全く同じだった。
私とミサちゃんはよく似ている。
いや──容姿は全く彼女に敵わないし、彼女のようなずば抜けた愛嬌なんて私は持っていないが、好いた男性へただひたすらに尽くしてしまうその愛し方はとてもよく似ていた。

しかし。
月くんは竜崎と違ってミサのことをいつも案じている。
幼馴染として長い月日を過ごした私へ危険な任務を下し続ける竜崎と違って、ミサの身に危険があると分かれば絶対に反対の態度をとる月くん。
私の恋が報われる望みはないが、ミサの恋は月くんがしっかり応えようとしているのだ。


「早くミサちゃんと月くんが二人仲良く平和に過ごせる日が来ると良いなって、私いつも思ってるの。…そのためにも、早くキラ事件を解決して二人の無実を証明しなきゃね」


彼女を羨ましいと思う気持ちもある。
本音を言えば、嫉妬の気持ちだってゼロではない。
それでも月くんが真のキラであるという竜崎の推理が万が一外れたらその時は、二人で幸せに末永く過ごしてほしいと、そう心から願ってしまう。

──ミサと三ヶ月近く手錠で繋がれる生活をしている中、私は彼女に好ましく思う気持ちを抱いてしまった。
第二のキラとして活動していたことはほぼ間違いない容疑者に情を抱くなんて、許されないことだと分かっている。
しかし彼女の明るさも人懐っこさも可憐さも健気さも、何もかもが眩しいのだ。
第二のキラであったころはどうだったのかは知らないし、過去に何らかの特殊能力で何人もの人間を殺め続けていたのだとしても───この三ヶ月寝食を共にし、二十四時間片時も離れず私の隣で笑っていたミサは、ただただ純真ないい子だった。

今だってこんなに幸せそうなあどけない寝顔で寝ている姿は微笑ましい。
二人寄り添う姿をみてると美男美女でとてもお似合いで。
ミサの愛が無事報われて、二人が睦まじく寄り添い合って暮らしてくれれば良いと、心底思ってしまうのだ。

「…そうですね。ミサのためにも早く事件を解決しなくちゃいけませんね。明日の作戦、ミサも香澄さんも大変だと思いますが、どうかお気をつけて。頑張ってください」
「うん。ミサが一番大変だろうけど、私も彼女のためにサポートがんばるね」
「とりあえず明日の作戦を終えたら、僕と竜崎とで改めてこれからの方針を考えます。必ず、キラを捕まえてみせます」

キラを捕まえる、とそう言う月くんの瞳には、強い意志が透けて見える。
私はふと、キラについてどう思うのか、月くんに聞いたことがなかったことを思い出した。
ちらりと隣を見てみれば竜崎は指を咥えながら未だぐっすりと眠っているようだ。
月くんとふたりっきりで話をすることなんて早々ないのだし、折角のいい機会だと思って私は身を乗り出す。

「今更こんなこと聞くのもアレだけど…ねえ。月くんは、キラが許せない?」

唐突に私がそう問うてみると、月くんは一瞬だけ驚いたように目を見開いた後、すぐさま普段の引き締まった見目良い表情へと戻った。

「はい、許せません。あんな非道な大量殺人という手段で、しかもFBIのような無実の人間を殺して世間から崇拝を集めるなんて絶対に間違っている。竜崎の言ったとおり、幼稚な正義感で救世主を気取っているキラが僕は許せないし、心の底から捕まえたい。そう思っています」

己の信念を語るその目は、ただただひたすらに眩しく輝いていて、強い正義感を滲ませている。
何とも真に迫った、嘘偽りのないその瞳。
まっすぐ誠実に正義を貫こうとするそのさまが夜神局長とあまりにもそっくりで──私は図らずも微笑んでしまった。

もしも月くんが真のキラではなかったら──。
将来は警察庁に入ることを望んでいるらしいし、キラ事件解決後は無事夢を叶えて、その強い正義感でもって日本をより良いものへと変えられるよう努力するのだろう。
その過程でもしかしたら月くんと竜崎はまた手を組んで、何かしらの事件を解決するのかもしれない。
今でさえ息のあった二人だ、月くんは絶対に竜崎の良き相棒になる。
私ではどんなにあがいても埋めることのできなかった竜崎の天才ゆえの孤独を、月くんならきっと理解してあげられるはずだ。
そこに当然私は居ないだろうが、しかしそんな眩く尊い日がいつか本当に来ればいいと思ってしまうのだ。


どこか切なくも温かな思いを胸に携えて、そうっと目を伏せた。
とても静かで穏やかな夜の空気がこの部屋に満ち満ちているのを感じた後、恐る恐る瞼を持ち上げる。

将来有望な意思をその顔に宿す月君の姿を眺め、彼に寄りかかって眠るミサを眺め、そして最後に隣の竜崎へと視線を向けた。
皆、それぞれの信念をもってキラ事件に全力で取り組んでいる。
私は──そんな尊い志を抱く彼らのために、何ができるのだろうか。
何をするべきなのだろうか。



(ミサの身を守るためにも…私が…彼女の直ぐ側で行動できる私が──)