the cake is a Lie | ナノ
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13. ダブルデート

眩い夏の陽光が、溶けてしまいそうなほどに熱い八月。
竜崎から建設中の対キラ拠点が完成したと告げられ、私達捜査本部の人間は月が変わってすぐに新たな拠点へと移動することとなった。

移動する車の中から窓越しに実物を見上げた時、天まで届きそうな高層ビルの立派さに度肝を抜かれて、思わず絶句する。
ビルを建築中とは耳にしていたが、まさか東京のど真ん中にこんな大きなビルを建てていたなんて。
しかも中の設備は最新鋭、セキュリティも万全、地下階もあり、更にはヘリも二台備わっているとのこと。
これら全て竜崎個人の資産から賄われたらしい。

自家用機くらいで驚いていた半年以上前の自分を思い出すと、何だか滑稽で笑える。
竜崎の抱える資産は、私の想像が及ばぬほど巨大なのだと改めて思い知ってしまった。
日々当たり前のように共に捜査に励んでいるがそれは今だけの話であり、やはり彼という存在は私達とは住む世界が違う、遠い遠い人間──。
そう察してもの寂しさと切なさに駆られたりもしたが、それはそれとしてホテルを転々する日々が終わるのは喜ばしくもある。
私はミサと共に暮らすための生活空間としてワンフロアまるごと全てを充てがわれることとなった。
広い室内、必要最低限しか揃っていないが決して安物ではない堅実な作りの家具、清潔で設備の整ったキッチン、足を伸ばして入れる大きなバスタブ。
それらを目の当たりにすれば切ない気持ちなんてあっさり忘れ、ミサと共に興奮に舞い上がってしまったのだから、私も中々現金な女である。





そして引っ越し翌日。

早速デートしたいと騒ぎ始めた彼女のために、月くんと竜崎がこちらの部屋へ来て共にお茶をすることになった。
コーヒーを四人分用意し、後は竜崎用に適当な菓子でもないかと棚を探っているうちにやってきた二人。
人当たり良い笑顔でケーキの箱を差し出す月くんと対象的に、竜崎がその少し後ろでだるそうに背中を丸めながら爪を噛んでいる。
よくこんな正反対の二人が二十四時間生活を共にできるな、と妙な感心をしつつも、男女それぞれが手錠に繋がれてお茶を飲む、なんとも異様なダブルデートが始まったのだった。

「ねー…やっぱり二人っきりじゃないとデートって気分になれないんだけど」
「ダブルデートじゃ不満ですか」
「中学生じゃあるまいし、ダブルデートなんて楽しくないー」

ミサが口をとがらせながら投げやりに天を仰ぐようにソファにより掛かった。
いい大人がダブルデート、しかも竜崎の不思議な思いつきで適当に付き合い始めた男女と共にこうして過ごすなんて、楽しくないのも当然だろう。
ごもっともな意見に同情はするが、しかしこればかりは私にどうすることもできない。
変な気まずさに苛まれて何も言えず、ミサの文句を左耳に聞きながらコーヒーに少し口をつけた。

「ミサも月も大人なんだよー。もっとこうさ、二人っきりで甘い大人のデートがしたいの!」
「何言ってるんですか、ミサさんも月くんもまだ成人していないくせに」
「高校卒業したんだからもうほぼ大人!キスしたりとか、イチャイチャしたりとか、そういう大人なことがしたいのに…」
「別にいいですよ、私達の前でイチャイチャしても」
「無理に決まってるじゃん!」
「…分かりました、では私は香澄さんとキスしたりイチャイチャしたりしましょう。私達は私達で楽しむので、ミサさんも思う存分月くんと楽しんでください」
「なッ、何言ってるんですか竜崎!!」

傍観を決め込むつもりだったが、またとんでもないことを言い始めた竜崎に流石にツッコまざるを得ない。
あまりの驚愕に眉をひそめ、衝動的に少し大きな声上げる。
顔を熱くしながら情けなくもうろたえる私の横で、ミサが「やっぱ竜崎さんって変態…」と小声で侮蔑を零した。

「竜崎、冗談にしてもデリカシーがなさすぎるぞ」

続いて月くんも呆れたようにそう言うが、三人から咎められた竜崎と言えば全く悪びれもせずいつも通りにパクパクとケーキを食べている。
いくら冗談でも、こういうことを人がいる前で言うのは勘弁してほしい。
私と竜崎の複雑な過去やあの厭わしい夜、そして先日のキス。
甘くも苦い秘密を沢山抱えているというにあんなこと提案するなんて、冗談にしたってあまりにもタチが悪すぎる。
しかし、事情を知らない二人の前で何と言って竜崎を咎めれば良いのか分からない。
それ以上何も言えないでただ竜崎を睨みつけていると、彼は私の呆れの眼差しから逃れるつもりなのか、何事もなかったかのように飄々とミサのケーキを指差した。

「ところでそれ、食べないんですか」
「甘いものは太るので控えてます」
「甘いものを食べても頭を使えば太らないんですけどね」
「もー!竜崎さんのそういう嫌味な言い方とか態度むかつくー!」
「何とでも言っていいですがケーキはもらいます」

掴みどころのない態度でそう言って、ミサのケーキを攫っていく竜崎。
自分の前にチョコレートケーキを置き、すこし満足げな顔をしている竜崎を悶々と見つめていると、突然その黒目と視線がかち合ってしまった。

「香澄さんもケーキ食べないんですか」

すぐに私から視線をそらし、苺のショートケーキをじっとりと観察している。
その瞳に、幼い子供のような物欲しげな色がにじみ出ている気がした。
相変わらず甘いものに貪欲な竜崎の姿のせいで先刻まで咎めの気持ちもすっかり彼方へ飛んでいってしまい、私は苦笑しつつ小さなため息を漏らした。

「…ケーキはちょっとお腹に重たすぎて…。まだ手はつけてないんで、よかったら私のもどうぞ」

そうしてケーキ皿を持ち上げれば、すぐさま竜崎の手がこちらに伸ばされた。
その白い手にそっとショートケーキを渡してみると、竜崎の視線がケーキではなく私に注がれていることに気づく。
その真っ黒な瞳に覗き込まれるように憚りなく見つめられ、気まずさに心臓をどきりとさせながら慌てて視線を逸らした。

「…なんですか…」
「いえ、別に」
「香澄ちゃん、まだ食欲ないの?大丈夫?」

良いタイミングで話しかけてきてくれたミサちゃんに安堵しつつも、答えに迷って口ごもってしまう。

自分の情けなさにただただ呆れる。
ミサの監禁を終えて比較的自由になれたというのに、まだ体調は完全に戻っていない。

手錠に繋がれる生活が始まり一週間以上が経過したが、竜崎の懸念に反して、トイレが恥ずかしいことを除けば案外楽しい日々を送っていた。
ミサと毎日くだらない話をしたり、雑誌やテレビを見て笑い合ったりとのんびり過ごしている。
しかし、精神的には大分楽になり気分も晴れているというのに、一度ダメージを食らった身体はそう易易とは元に戻れないようで、胃の不調が続いていた。
酷いわけではない。嘔吐があるわけでもないし、必要最低限食事はとれている。
私としては自分の体調不良をそこまで気に留めていないのだが、ミサを始めとして周りの人間からは心配の言葉をかけられてばかりだった。
こうして何度も厚く心配されてしまうと己の身の貧弱さを思い知らされてしまうので、私はただひたすらに申し訳なくなってしまう。
私よりも遥かに過酷な状況だったミサは特に不調もなく、こうして何事もなかったかのように明るく日々を過ごしているというのに。

私は遣る瀬無く苦笑を浮かべて、心配げなミサの瞳に少し悩んだ後「大丈夫」と呟いた。
そんなわたしたちのやり取りを黙ってみていた月くんが、いつの間にか早々とショートケーキに手を付けていた竜崎をちらりと見やる。

「香澄さんの身体も心配だが、竜崎、お前もずっと元気がないだろう。大丈夫なのか?」

話題の矛先が自分に向いたことを察して竜崎が口の中のものを嚥下する。
そして気だるげにフォークをぷらぷら揺らしながら、すこし間を置いて口を開いた。

「…そうですね、私も元気なんてありません。実はずっと落ち込んでます」

そうして物憂げに宙を見ながら語り始めた竜崎。

自分の推理が外れて、この半年以上の捜査が振り出しに戻ってしまったこと。
月くんもミサもキラに操られていた可能性が高いということ。

そう自分の考えを口にする彼の目には光がなく、怠そうに瞼が落ちかかっている。
日本に来てから命の危険も何度もあったが、それでもキラの正体を推理し追い求めた竜崎はとても生き生きとしていた。
ハウスにいたころから難事件の解決を趣味として楽しそうに推理してた彼のことだ、こんな前代未聞の超難事件に出会えた喜びを感じていた一面もあっただろう。
だがしかし、その時点では間違いなくキラであった月くんとミサを拘束しあと一歩のところで彼らの様子が変わり、すべてが水の泡になってしまった。
念の為二人の監視を続けてはいるのものの、私達はもはや何の手がかりも抱えていない。
恐るべき精神力を持つ彼だって落ち込むのも無理はない。

その落胆が痛いほどわかり、眉尻を下げながら静かに話を聞いていると、月くんが微笑みながら竜崎の肩に手を置いた。
「やる気出せよ」と明るい声音で励ましの言葉をかけられた竜崎だが、その顔つきは依然としてふてくされたままだ。

「やる気?あまり出ませんね…いやあまりがんばらないほうが良い…。必死になってもこっちの命が危なくなるだけ…そう思いませんか?実際何度死ぬかと思ったか…」

やはりあの竜崎だって死は恐怖の対象なのだ。
らしくない弱気な発言に、これまでの捜査で見せてくれた自分の命も厭わない彼の勇姿を思い出してしまう。
あの時も今も私は無力ないち捜査員に過ぎないが、それでも励ましの言葉くらいはかけてあげることができる。
どんな言葉をかければ彼を元気にさせることができるだろうか。
そう思案しつつ、竜崎へ声をかけようと身を乗り出した──その瞬間。


竜崎の隣で月くんが拳を握りながら突然立ち上がり、そして──。





一瞬何が起こったか分からなかった。


月くんが腕を素早く動かし、ゴッと鈍い音が響いたかと思えば、あっという間に吹っ飛んでいく竜崎の身体。
竜崎が月くんに殴られた──その事実を脳で認めることが出来たのは、竜崎が地面に叩きつけらた後のことだった。
けたたましい音をたてながらテーブルはひっくり返る。
飛び散るコーヒーと生クリームがスカートを汚したが、そんなことも気にならないほど目の前の光景に衝撃を受け、瞠目するほかない。

足が高く上がるほど勢いよく飛んでいってしまった竜崎は、地面に身体をのさばらせた後むくりと上半身を起こした。

「痛いですよ…」
「ふざけるな…!僕が真のキラじゃなかったから、自分の推理がはずれたからやる気がなくなっただと…!」

ミサと共にその場に立ちすくみ、仲良く身を寄せ合って絶句しながら彼らを見つめる。
ミサや月くんを長期間監禁し、更には多数の無関係な一般人をまきこんでおきながら、自分の推理がはずれて途端にふてくされるなんて許せない、月くんは彼らしくない熱い感情的な口ぶりでそう語った。

命懸けで捜査しつつ全てが水の泡になってしまった竜崎に、私は同情の念を抱いてる。
だがそれと同時に、大量殺人鬼の容疑をかけられ二ヶ月近くも拘束されたのいうのに、目前でこうも惨めったらしくいじけられてしまった月くんの怒りもわかってしまう。

二人の言い分がわかるだけに、どう仲裁しようか困り果てた。
ミサと共に狼狽えつつ彼らにかける言葉を悶々と考え込んでいるうちに、胸ぐらを掴まれた竜崎の目が鋭く光る。
それを見逃さななかった私は、まさかと嫌な予感に冷や汗を流した。

「しかしどんな理由があろうとも…」
「!」
「一回は一回です」

竜崎が奇妙な体勢をとったかと思えば、左足を高くあげて月くんを全力で蹴り上げた。
先刻の竜崎よりも勢いよくふっ飛ばされる月くん。
その手錠にひっぱられ、次の瞬間二人は揃いも揃ってふかふかのソファへと身体を打ち付けた。
そのまま背もたれ側にソファと共に転がっていく二つの身体を眺めながら、さらに酷くなってしまった事態に頭を抱える。

あたり一面に散乱する、ショートケーキだったものの残骸やコーヒー。
食器が割れていないのは一安心だが、散らばっているフォークの鋭利な先端がふっ飛ぶ彼らの目にでも入ってしまったら大変だ。
竜崎と月くんの口論を困惑気味に聞きながら、そろりそろりとフォークなど危なそうなものを集めて除けていると、また鈍い音が部屋に響き渡った。
そしていよいよ本格的に殴り合いを始めてしまった二人。
いつの間にか危険物の片付けを手伝ってくれているミサが、背後から困ったように私の名を呼ぶ。

「ど、どうしよう香澄ちゃん!止めなきゃだよね…?」
「…んー…」

生クリームまみれのフォークをつまみ上げながら答えに悩む。
止めたいのはやまやまだがこうも本格的に喧嘩が始まってしまっては、腕力の弱い女性である私達が仲裁に入るのはとても難しい。
二人共運動神経が良いお陰か、相手を攻撃する動きが妙に軽やかで隙がない。
そんな彼らを諦観気味に横目で見ながらミサへと身体を向ける。

「声かけても聞きやしないだろうし、男同士の喧嘩に女性が止めに入ったって力じゃ敵わないものね…。それに鎖が絡まったら私達もふっ飛ばされて怪我しちゃいそうだし」

ジャラっと長い鎖付きの手錠を携えた腕を持ち上げ、どうしようもなくて引き攣った笑顔を浮かべる。

「松田さんあたりにでも連絡いれてはみるけど……まあ、二人とも賢くて理性的な人だから、すぐにはそう酷いことにはならないんじゃないかな…?多分…」

激しく殴り合う二人の姿を眺めながら、自信なさげに肩を竦めるしかできない。
ミサは私の心もとない発言に眉尻を下げたが、心配そうに月くんを見つめた後小さく頷き、そっと二人から距離を取ったのだった。







その後、倒れたソファの陰に隠れながら、松田さんのマネージャー用の携帯に大急ぎでメールを打った。
送信して間もなく部屋にかかってきた彼からの電話をきっかけに、何とか二人の喧嘩は終わった。
受話器を置く竜崎が「どうでもいい松田のいつものボケです」と言っていたので、どんな言葉で彼を鎮めたのか気になるが…折角機転を利かしてくれたのにこの言われよう。
そんな松田さんに哀れみと感謝を感じつつ救急箱を準備し、私とミサでそれぞれの相手に手当をしていく。
痛そうなそぶりで頬に手を当てている竜崎が、不機嫌そうに唇を尖らせていた。

「口の中を切りました。血の味がして最悪です」
「あらら…、あ、頬も少し擦れてますね」

擦り傷になった頬を消毒し絆創膏を貼ってあげながら、軽やかな動きで喧嘩していた先刻の竜崎を思い返す。
孤児院に居たころのテニスの成績から竜崎の運動神経が良いことは知っていたものの、まさかこんなに喧嘩上手だとは知らなかった。
どこで覚えたのかは知らないが、奇妙な動きで蹴りを中心に相手を攻撃していく様が妙に頭に残っている。
どこか竜崎らしいその変わった攻撃の仕方を思い出していると、はたと唐突に昔のことが脳裏によぎって、思わず笑みを零した。

「…?どうしたんですか、急に笑って…」

目の前できょとんとしている竜崎が、九歳のころ初めて出会った時の幼いエルの姿と重なる。
あの時、小さな身体の貧弱そうな少年がいじめっ子達を返り討ちにしたなんてとても信じられず首を傾げたものだが、今なら納得できる。
幼い頃から「やられたらやり返す」がモットーの負けず嫌いで、腕っぷしの強い少年だったんだ。
まさかこんな時に十数年ぶり疑問を解消できるとは思わず、何だか微笑ましくてそのままクスクス肩を震わせていると、竜崎は拗ねたように眉根を寄せた。

「気になりますよ…。私の顔に変なものでもついてます?」
「いえ、そういうわけじゃないんですけど。竜崎がこんなに喧嘩上手だって知れて、色々納得がいったというか…ふふ」
「……。…そうですよ、香澄さんに見せたことはありませんでしたが、私昔から喧嘩は強いんです。今回だって華麗に月くんを打ち負かしました」
「おい竜崎、誰が誰を負かしたって?勝敗はついてないだろう。何なら今から決着を付けても僕は構わないが」
「わかりました、受けて立ちます」
「ちょっと!月も竜崎さんもやめてってばーっ!!」

再び火花散り始める二人をミサと一緒に慌てて鎮めた後、私たちはホッと胸を撫で下ろした。



いつもポーカーフェイスな竜崎のこんな人間味のある姿──滅多に拝めるものでは無いので、実は少し面白く思っている。
まあ手錠で繋がれて二十四時間も一緒にいれば鬱憤もたまるだろうし、こういうガス抜きが男の人には必要なのかもしれない。

そう納得しつつ救急箱のフタをそっと閉じれば、竜崎から「ありがとうございます」と手当を感謝する言葉をかけられる。
私はその時ようやく、竜崎の身体がすぐ近くにあることに気づいた。
喧嘩の衝撃と手当で頭がいっぱいで、竜崎との距離が近いことに全く気づいていなかったとは。
手当のためだったは言え、至近距離にある顔にじっと見つめられているのは何だか居心地が悪い。
少し頬を染めて狼狽えながら顔を背け、彼の興味を逸らすように慌てて向こうを指差した。

「あー、えっと……手当も終わりましたし、皆でこの散らかったの片付けましょうか」

そこら中に飛び散ってカーペットやソファにシミを作るコーヒー。
無残に潰れて生クリームをぶちまけるケーキの残骸。
倒れる観葉植物の鉢植えは中の土を大量に零し、壁にかかっていたはずの絵画は額縁がひび割れて無残にも地面でのさばっている。

目を覆いたくなるようなその惨状を、皆で言葉を失いながらうんざりと見つめた。
こうして私達のダブルデートはロマンチックさのかけらもなく、ただひたすら面倒な後片づけをもって幕を閉じたのだった。