(Twitterでネタをお借りして書いたお話です。詳細はこちら) 「明日の夕方、甘味処で共に茶を飲もう」とたった一文の簡素な手紙をもらったのは、昨日の昼すぎのことだった。 今やすっかり日も沈んでしまい、もはや夕方とは言えないような夜の気配が近づいている。最近里に出来たばかりの人気の甘味処は閉店時間が近いこともあり人影はまばらだった。私はそんな甘味処の前でぽつんと一人佇み、昼間の陽気からは想像もつかないような肌寒さに秋の物悲しさを感じて、胸の内の不安な思いを尚一層膨らませていた。 千手とうちは一族が手を組み、平和の象徴である里が出来上がってからまだ日は浅い。我々うちは一族も里の体制に色々思うところはあれど、皆生き残れた喜びを分かち合い日々忙しく過ごしていた。 そんなある日。一族の長老たちから唐突に呼び出された私は、己の政略結婚が決まったことを知らされた。千手と同盟を組んだときから一族の誰かが千手一族に嫁ぐことになるかもしれないと察していたが、まさか私が選ばれるとは。かつて敵対した勢力同士の和睦の象徴としては、婚姻関係を結ぶのは最善だろう。もちろん本音を言えば殺し合った一族の男と望まない結婚なんて嫌だが、厳しい目つきで私を見下ろす長老たちの前で拒否権なんてものはない。戦略結婚なんてありふれた時代だ。私だけが逃げ出すわけにはいかない。そうして私は頭を垂れ、自分の将来を一族の平和に捧げる覚悟をしたのだ。 政略結婚だなんて我ながら運がないと呆れるが、結婚の相手となった千手扉間も私と同様哀れだと思った。彼だってかつての戦場でまみえた敵と結ばれるなんて嫌だろう。千手扉間は会食の席でも祝言の場でもいつもどおりの澄ました顔だったが、きっと内心ではこの婚姻を、私のことを嫌悪しているに違いない。子を作ることを周囲から期待されているので夫婦として肌を重ねたこともあるが、特に甘い雰囲気になったりもしない義務的な行為だった。私達は確かに夫婦にはなったが、所詮は一族の利益のための軽薄な関係。まあ、政略結婚なんてそんなものだろう。 しかし私は迂闊にも抜かった。いつの間にか彼にほのかな恋心を抱くようになってしまったのだ。 子ができるまでは家庭に収まりたくないという我儘を聞いてもらって、幸運にもうちは一族ながら里の中枢に置かせてもらい職務に追われていた。扉間と共に仕事をするようになって初めのうちは、かつての憎しみが頭に過ぎって快く思えなかったはずなのに、次第にその真面目さと優秀さに一目置くようになってしまった。戦場では手段を選ばない冷酷な男だったが、こうして武器を置いて接してみると怖い顔の割には仲間に対して面倒見もよく、案外穏やかで真摯な性根が見えてきた。そうなってしまうと彼の所作のひとつひとつも、鋭く射抜くような目も、低く響く声も、扉間の何もかもが気になるようになってしまって、ついに私は己の恋心を自覚してしまったのだった。 報われない恋に違いない。妻という肩書だけ見れば彼に一番近い立場だが、実際は違う。扉間は里にとって欠かせない有能な人物でとても忙しくほとんど家に帰ってこない。たまに帰ってきても風呂に行くか睡眠をとるか位で夫婦二人の時間は存在しない。さすがに職務の最中は顔を合わせるが、しかし里の運営に関わることなど大事な話以外に会話することはなかった。彼からしてみれば好きでもない妻と二人っきりになる時間は極力避けたいだろうし、これから先私達の仲が進展することはない。私は自ずと諦めの気持ちを胸に携えていたのだった。 ──だが昨日。用があって偶然訪れた火影室で千手柱間、いや義兄に呼び止められた。何事かと小首を傾げていると、彼はにやにやと意地の悪そうな笑みを浮かべながらも山積みになった書類の山をかき分け、丁寧に折り畳まれた紙を私へと差し出した。「これ、扉間から預かった手紙ぞ」なんて台詞と共にずいっと押し付けられる手紙。私は内心慌てふためいた。一体どんな用件なんだ、里の運営についての話か、うちは一族の今後についてか、あるいは私個人に対して何か説教でもあるのか…!?と火影室を出てすぐに開封してみれば、そこに記されていたのはまさかの茶の誘いだったと言うわけだ。 「扉間…もうお店もしまっちゃうよ…」 いつまで待ってみてもやって来る様子のない扉間を思い、肩を落としながら小さく独り言を漏らす。俯きながら喉から飛び出たその声音が、あまりにも恋する女の切なげな声音そのままで、私は胸の内で自分を嘲笑った。 いよいよ空は黒を深めていき、辺りは夜の雰囲気に包まれゆく。向こうの大通りでは飲み屋の赤い提灯がゆらゆら楽しげに揺れていたが、路地に入ったこの甘味処の前は依然として静寂に包まれたまま。最後のお客が会計を済まし店から出てきた。幸せそうな男女二人の背中を見ていると余計に悲哀が煽られるが、無慈悲にもいよいよ甘味処の閉店の時間が迫る。 私は懐に手を入れ、そうっと手紙を取り出した。「明日の夕方、甘味処で共に茶を飲もう」その一文を三度ほどじっくり読み返して、そしてため息をついた。この手紙をもらってそれを読んだ時、困惑もしたがそれ以上に大きな喜びを感じてしまった。意図は分からないが甘味処で二人お茶をするなんてまるで恋人達のようだ。ひと時でも扉間と二人っきり恋人気分に浸れるだなんて夢のように思えた。もしかしたらこれを期に扉間との心の距離が少しでも縮まるかもしれない。そう思えば年甲斐もなく舞い上がってしまい、今日は早々に仕事を片付け、ついでにこっそり白粉もはたき直して待ち合わせの甘味処の前までやって来たのだ。だと言うのに。 私は扉間から恋文でも貰ったかのように浮き立ってしまっていたが、向こうは浮ついた意図もなく、一応の妻である女をたまには構ってやろうと思っただけだったのかもしれない。大した用事のつもりではなかったのかもしれない。 おそらく今扉間は、何か重大な仕事が入ってしまってお茶どころではなくなってしまったのだと思う。里の要となる人物だ、そういうどうしようも無い場面も多々あるだろう。十分に分かっている。分かっているけれど、しかしそれでもあの手紙を読んだ時からずっと楽しみにしていたこの気持ちをどう処理していいか、さっぱり検討もつかないのだ。 茶に誘う旨の一文だけで随分と舞い上がっていた自分が、今更になって急に恥ずかしくて堪らなくなってしまった。もう今日はきっと扉間も来ないだろうし、随分と遅い時間になってしまった。帰ろう。私は手紙をしまう手間すら惜しみ、急いでこの場を離れようと一歩踏み出した。 ━━その時。 「おい、コマチ…ッ!」 よく知る気配と声。それは今誰よりも会いたかったあの人のもの。私の胸は途端に早鐘を打ち始め、頭で思うよりも先に気配を感じるほうへと顔を向けた。 「すまん、随分待たせただろう」 屋根でも飛び移りながら大慌てでやってきたのだろうか。私の前へと華麗に着地した扉間は顔に少し汗を浮かべていた。どうも彼らしくない焦りようを疑問に思う気持ちも湧いてくるが、しかし今の私は大遅刻ながらもちゃんと扉間がやって来てくれたことに喜びを隠せなかった。 「待ちくたびれてちょうど帰ろうとしてたところ…でも良かった、来てくれて。今日扉間とお茶するの楽しみだったから…まあ、もう甘味処閉まっちゃうけど」 我ながら「扉間と会えるの楽しみだった」だなんて随分大胆なことを言ったものだと思うが、喜びのあまりうっかり零れてしまったのだから仕方がない。照れくささに少し顔を熱くしながら笑みを浮かべる。すると扉間はそんな照れ笑いする私を目の当たりにして、バツが悪そうに眉根を寄せた。 「その件についてだが」 真面目な声音でそう言う彼の視線は私の手元に向けられていた。未だ握りしめたままだった扉間からの手紙。それが一体何なのだろうとキョトンとしながら扉間を見つめる。 「それは俺からの手紙だと兄者が渡してきたもので間違いないか?」 「そうだけど…それがどうしたの…?」 「…その手紙は俺が書いたものでは無い」 「…えっ」 扉間が口にしている台詞の意味がさっぱり飲み込めず、間抜けに上擦った声が溢れた。 「兄者がオレのふりをして勝手に書いて勝手に渡したものだ。先刻兄者がいやらしい笑みでしつこくオレに甘味処へ行くように進めてきてな。嫌な予感がして問いただしてみれば、オレを騙ってコマチに恋文を書き茶に誘った、と…。コマチを騙すような馬鹿な真似を申し訳ない。兄者にも明日直接謝罪させよう」 身体中から血の気が引いていくような心地がした。あまりにも無慈悲な現実に足が竦みひどい目眩に苛まれる。申し訳なさそうにこちらを見つめてくる扉間に何か声をかけなくてはと思いはするも、血の気の引いた身体は思うように動いてくれず、声を絞り出すことすら出来なかった。 嘘だったんだ。 扉間がお茶に誘ってくれたのは嘘だったんだ。 その事実を頭の中で繰り返してみては、手紙を握りしめる指先が震えた。夫婦ながらも心の距離が遠い夫と二人っきりの時間。少しは仲良くなれるかもしれないという希望。そして、本心はわからないがお茶に誘ってくれるくらいだから、私は扉間にそこまで嫌悪されていないのではないかという安堵。手紙を読んだ瞬間に心に溢れた幸福な感情がすべて儚く泡になって消え去った。自分が馬鹿みたいだ。偽りの手紙にあんなに心躍らせて丸一日ずっと浮かれていたなんて。全く、自分で自分に呆れてしまう。なんて惨めなのだろう。 自分でも気づかないうちにいつの間にか涙がこぼれていた。己が泣いていることに気づき慌てて拭ってみるが涙は性懲りもなく次から次へと溢れてくる。泣いているところを扉間に見せたくない。こんな場面で易易と泣いてしまうなんていい大人として恥ずかしいだけだ。面倒くさい女だと思われてしまう前に早く、早く泣きやめ。しかしいくら自分を咎めようとも涙は止まず、ついには嗚咽まで堪えきれなくなってしまって私は顔を俯かせた。 「そんなに悲しいのか」 「ご、ごめんなさい…違うの、違うの…ッ」 「その恋文に書いてあった愛の言葉が嘘だと、そんなにも悲しいのか」 扉間の台詞に違和感を感じて息をのむと、唐突に彼の手がこちらに伸ばされ泣きじゃくる私の顔へと触れた。秋の寒気で冷え切った両頬は扉間の温かい手に包まれ、やや力が強く痛いながらもしっかりとその親指は涙を拭った。 「偽りの恋文だと知ってこんなに泣くほどなのだから、それには大層甘く女が喜ぶような優しい言葉が書かれているのだろうな。……だが、兄者が勝手に捏造した偽りの言葉なんぞがコマチの胸に刻まれるのは無性に腹が立つ」 「…?」 「オレは女心については無知だ。どんな言葉を使えばコマチを喜ばせられるか全く分からん。しかしこうなってしまってはもう後戻りはできないだろう。だからオレの胸の内を正直に記した手紙を書いてきた。兄者の手紙のことなんぞさっさと忘れて、読んでみて欲しい」 未だ扉間の意図が分からず間抜けにもぽかんとしていると、彼は私の顔から手を離して何故か懐から手紙を取り出した。唖然としてしばらく手紙を見つめた後恐る恐る視線を上げてみれば、扉間はらしくも無く顔を少し赤く染めて私の顔を射抜くように見つめていた。 彼が僅かながらにも赤面しているその理由。分かるような、いやそんなまさか。ありえない。でも──。ぐるぐると目まぐるしく移り変わる感情を持て余しながら、今私はこの場でどうするべきが最善か思案する。 ただ折りたたまれただけの特に小洒落た飾りもない簡素な手紙だった。開きさえすればすぐに内容を読むことができる。もらってすぐ本人の目の前で読むだなんて可笑しいだろうが、しかし今の私はそんなことに構っていられるほど平静ではなかった。 「今、ここで読んでも…良い?」 「…ああ」 泣いたせいかやや掠れた声でそう問うてみれば、少し躊躇いつつも扉間が頷いてくれた。私は一つ大きく深呼吸をした後、そうっと静かに手紙を開いた。 ━━コマチ。突然このような手紙を押し付けられてさぞ困惑していることだろうと思う。何の行動も起こそうとしない俺に痺れを切らした兄者が筆跡を真似てコマチへの恋文を書き、勝手に茶の約束を取り付けてしまったと先刻知った。もう約束の時間は過ぎている。本当はすぐにでも待ち合わせの場所まで行くべきなのだろうが、しかし兄者の書いた手紙にどんな甘ったるい言葉が書いてあるか、そしてその偽りの言葉がコマチにどのようにして受け止められるか考えると、俺は一刻も早く己の本当の心情を紙に綴りお前に渡さねばならぬと思った。だから今この手紙を書いている。どうか最後まで目を通してくれると嬉しい。 早速だが結論から言うと、俺はコマチのことを妻として、一人の女性として恋しく思っている。 関係の始まりは一族間の利益だけを追求した婚姻だったが、穏やかな日々の中で一人の人間としてお前とまみえるうちに、コマチの存在に強く惹かれるようになった。かつて命を奪い合った一族の人間に恋慕する日が来ようとは俺自身全くの予想外だ。しかしこの感情はもはや己の意思でどうにかできるものではない。里を作り様々な他一族の人間と関わっていくうちに視野が広がったのだと思う。これまでは戦いばかりで色恋にうつつを抜かす余裕なんて微塵も無かったが、今は一族のしがらみを取り払い、尊重すべき一人の女性としてコマチと向き合えるようになったのだ。 共に過ごす時間は多くない状況の中でも俺は着実にコマチに興味を持つようになった。祝言の日の可憐さも、布団の中で見せる幼い寝顔も、いつも俺に負担をかけまいとする優しい気遣いも、そして時折見せるお前の笑顔の朗らかさも、何もかもに心惹かれている。その全てが俺のもので、そしてこれからもずっとそうだと考えると、俺は滑稽にも幸福な気持ちになってしまう。コマチの愛らしい笑顔が毎日俺の傍にあれば、男としてこれ以上の喜びはない。許されるのならばその甘い香りを放つ肌に幾度となく触れたいと思うし、艶やかな口と触れ合いたいという願いもある。嗚呼俺は大層お前に惚れているらしい。 自身の心の内をこの様に綴る事は些か躊躇われるのだがコマチを日々恋しく思うことは紛う事なき事実なのだ。 恐らくお前はこの手紙を読んで、政略結婚の相手にこんな大層な感情を向けられていることに酷く驚くだろう。嫌悪の感情を抱く可能性も否定できない。そもそも俺もコマチも互いの仲間を幾人も殺めた過去がある。それを胸に仕舞ったまま夫婦として仲を深めることは難しいやもしれん。 だがコマチはこんな過酷な事情の中、覚悟を決めて千手の家へと嫁いでくれた。うちは一族の元を去ることにどれほどの恐怖があったか。数多の苦悶の果てに携えたであろうその強く立派な覚悟を俺は無下にしたくない。戦乱の時代も過ぎ去り縁あって夫婦の契りを交わしたのだから、いつかは互いに尊重しあえる仲睦まじい関係になれると俺は確信している。 コマチ。一族のために犠牲となり千手へと嫁いできてくれたこと、心から感謝している。俺はそんな健気で気丈なコマチのことがひたすらに愛しい。始まりは政略的な関係だったとしても、時間をかけて着実に信頼関係を築いていこう。俺もお前も忍故にいつ死ぬかも分からん不安定な人生だが、死がふたりを別つまでコマチをただ愛し続けたい。そしていつかコマチからの全幅の信頼と愛を享受できる日が来ることを、俺は切に願っている。── 瞬きすることも呼吸をすることも忘れてしまいそうなほどだった。手紙から目を離すことができず、堅く綺麗な彼らしい文字に視線を這わせ続ける。しかし「恋しく」だとか「愛しい」だなんて扉間に似つかわしくない言葉が目に留まるたび、私は性懲りもなく息ができなくなるほどに胸を高鳴らせてしまうのだ。このままでは死んでしまいそうだと気づいて、ほう、と肺にたまった空気を何とか吐ききる。そして未だ続く心臓が締め付けられるような甘い心地に瞼を震わせた。 「いずれ面と向かってじっくり話し合おうと思っていたが、なかなか時間が作れず長い間お前のことを放ってしまった。馬鹿兄者のおかげで手紙にすれば良いことにようやく気づいたが、もっと早くこうすべきだったな…。オレもまだまだ未熟なようだ、すまない」 「…扉間にも未熟なことがあるのね」 「…色恋に関しては特にな」 そうして自嘲気味に笑う扉間を見上げて、その見目の良さに息をのむ。私の夫はこんなにもいい男だっただろうかとぼんやり考え、そしてはたと気づいた。今この瞬間ようやく、何のしがらみもなくただひとりの男性として夫と向き合えるようになったのだと──。 ふと私は柱間からの手紙を懐から今一度取り出してみた。これをどうするべきか少しだけ悩んだ後、そそくさと開いて扉間が読めるよう顔の前に紙を掲げる。始めは怪訝そうな顔をしていた扉間だったが、手紙の内容を目の当たりにし、耳を赤くした後脱力したように額に手を当てた。 「『恋文を書いた』と言ってまさかこの一文だけとは…兄者め、図ったな…」 千手柱間という男が忍として桁外れに強いことは当然知っているが、この賢くて怖そうな弟を私生活でもおちょくれるほどには度胸もあるし頭も良いらしい。恐ろしい男だ。私達ふたりとも義兄の手のひらの上で転がされていたことを知ればやや癪に障るが、「しまった」と言わんばかりにげんなりとしつつ照れている扉間の姿が面白くて少し笑い声を漏らす。いつも険しい顔をしてばかりの扉間のこんな人間味あふれる表情が見れたのも、柱間が偽物の恋文を書いたおかげだ。そう思えば心が一段と軽くなるような心地がした。 「…それで、コマチの気持ちはどうなんだ」 「…えっ」 完全に油断していたところに突然扉間の鋭い視線を向けられる。それだけでもぎょっとしてしまうというのに、彼は途端にその逞しい両腕をこちらに伸ばし、私の肩を強く掴んだ。 「俺の胸の内はその手紙に全て晒した。今すぐ俺に好意を持てとは言わんが、しかし今この段階でコマチが俺をどう思っているか聞く権利くらいはあるだろう」 今まで全く知らなかったが千手扉間という男はかなり強引と言うか、とても大胆で情熱的な人間のようだ。どこか他人事のようにそう思いながら、私は頬を熱くして扉間の赤い瞳を見つめ続けた。 ああやはり──初な乙女のように胸が高鳴る。これでも夫婦の契りを交わし肌を重ねた仲だと言うのに、まるで交際し始めたばかりの恋人たちのような心情になってしまう私が大層滑稽に思える。しかし今はそれでもいい。不器用で拙いながらにも、これから少しずつ夫婦として愛し合っていければ良いと思う。見栄を張ることも恥に躊躇することもなく、あれだけ真っ直ぐで素直な愛の言葉が詰め込まれた恋文を私のために書いてくれた扉間。この人とならば、どんな苦難も乗り越えていけるような気がしてならない。例え政略結婚であろうとも、確かな愛を二人で育んでいける。こんなに素敵な人と夫婦になれて、私はなんて幸運なのだろう──。 伝えたいことは胸の中に山ほどあるはずなのに、感極まっていて喉がつまり何も言葉を紡ぐことができない。沈黙を守り続ける私の姿に勘違いしたのか、扉間は少し寂しそうな目をした後私の肩から手を離した。扉間の手のひらの温もりが失われていくのがあまりにも惜しくて、私は思い切って扉間の胸へと飛び込んだ。 「…!コマチ…」 「私も、扉間のことが…、愛おしい」 もっともっと彼への愛を伝えたいが今の私にはこれで限界だった。しかし私達は夫婦だ。きっとこれから先の人生、胸の内の愛をさらけ出す機会はたくさんあるだろう。だから今はただ扉間の胸の温もりを感じていたい。 その固く引き締まった胸に顔をうずめているので、今この瞬間扉間がどんな顔をしているかは分からない。けれど優しくそして穏やかに私のちっぽけな体を抱きしめてくれたので、きっと少しはこの気持ちも無事伝わったのだと思う。静かな秋の夜。大分冷える季秋の空気に包まれる私達は、これ以上ないほどに幸福に満ち足りていてとてもとても温かだった。 ***** ちなみにあの後すぐ、店の暖簾を下ろそうと出てきた甘味処の店員に目撃され、私達二人は何の余韻もなく慌ててその場を去ることとなったのだが、それも含めて今となってはいい思い出だ。扉間には内緒だが私はあの日もらった恋文を今でもずっと大事に保管していて、時折機会があれば読み返している。二代目火影となった扉間はやはり多忙で、夫婦の時間は満足に取れずすれ違いの日々も多い。やっと会えたかと思えば些細な意見の食い違いから気まずくなってしまう時もある。 しかしどんなに寂しくても腹が立っていても、この恋文の大胆な愛の言葉を読み返せばあの若き日のときめきが、そして今日までの長い年月存分に愛を授けてくれた扉間への感謝の気持ちが鮮明に蘇るのだ。 |