nrt-novel | ナノ
×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -


(Jonathan Coulton氏の「Still Alive」という曲を元にしたお話)
(イズナ成り代わり・うちは病発症済みヒロインのほぼ独白。血みどろ真っ暗です)











「扉間様がうちはコマチをやったぞ!」
「急げ、扉間様の手柄を無駄にしてはならぬ!死体をバラバラに切り刻むのだ!特に目、写輪眼は絶対に残すな!」

やかましく声を張り上げながらどこからともなく千手一族の者たちが現れ、私の死体へと群がっていく。私の首から吹き出した血を全身に浴びた扉間はその手に殺害に使ったクナイを握りしめたまま、堅く唇を結び何も言葉を発しない。目元にかかった血を拭う扉間の手の動きは涙を拭うようにも見えるが、当然その瞳に涙なんて儚いものはなかった。ひとかけらの迷いもない、あなたらしい真っ直ぐな眼差し。

そして重たく張り詰めた空気の中、千手の者共によって無慈悲に身体を切り刻まれる一方で私は明るく全力で扉間を讃えたい思いであった。


(やったのね扉間。おめでとう!)


―――そう。この死は忍の歴史においてに大きな好機を導くことになる、非常にめでたい出来事。私の死こそが平和への第一歩であった。

うちは一族の頭領であるうちはマダラが唯一の妹を失ったことで、それから先の戦局は千手一族の有利に展開していき、結果、兄さんは千手一族と同盟を結ぶことを選んだ。千手一族としてはこの時に私の写輪眼も潰しておきたかったようだが、さすがの私も馬鹿ではない。例え何があってもこの目を潰すわけにはいかないと、随分前から仕込んでおいた封印保護の術が結果こんな風に役に立つとは。千手一族は徹底して私の身体をばらし、万が一にでもうちはコマチが生き永らえることのないように存分に注意を払ったらしいが、結局この眼球を潰すことだけは出来なかった。その後、私の異常を察知して飛んできた兄さんに無事――いや眼球以外はとても無事とは言い表せない状態だったが、なんとか遺体は回収された。

私の死を目の当たりにした兄さんのあの酷く苦しそうな顔を、私は未来永劫忘れることはないだろう。この世の全てを闇に覆ってしまいそうなほどに深い絶望。忍の歴史から見れば私の死は素晴らしいことなのだろう。しかれども私を全身全霊で大切にしてくれた兄さんがそれを理解し、容易く納得できるはずもなかった。当然のことだ、私は兄さんを責めることはできない。私の生前の意思通りに忘れ形見である眼球は失明しかけの兄さんへと渡り移植されたが、彼の果てしない絶望が晴れることは一度だってなかった。


つまり、扉間。何が言いたいかと言うと、あなたに政略結婚の話を持ちかけたことは大失敗だったってこと。

私が平和への道筋を懸命に思案し、そして独りよがりで導き出した答えの下、扉間に密談を申し出る文を送ったことが全ての始まりであった。のこのこと人気のない雑木林にやってきた扉間を打ちのめそうだなんて変な下心も当然無く、私は大真面目に彼へひとつの提案を寄越した。千手の長の弟である扉間とうちはの長の妹である私が婚姻関係を結ぶことで、この地に強引ではあるが和平を導いてみないか――。この台詞を聞きあなたは鋭い目で私を睨んだが、誠意を伝えるためにもと怯まず真っ直ぐその瞳へ見つめ返す。政略結婚なんてありふれた時代。私と扉間が犠牲になることで平和に近づけるのなら容易いものだ。密かな声でそう呟く私を見ていたあなたの顔に確かに陰はなかった。

「うちはコマチ。貴様のその提案、真摯に検討しよう」

そう言葉を残して去っていく扉間。その背中を眺める私の胸には柄にもなく安堵が満ちていた。戦場で見る千手扉間という男は震え上がるほどに冷徹で厄介な敵であり、こうして互いに非戦闘状態で相まみえることは当然初めてである。いつ斬りかかられてもおかしくない。そう判断して身構えてしまう私の緊張とは正反対に、密談最中の扉間が予想よりも随分マシな人間性を携えていたので、ある意味では拍子抜けであった。が、肩透かしの気分なんてどうでも良く、私は政略的に嫁ぐことになるその相手がそれほど悪い男ではないことを悟り、歓喜にひとつ吐息をこぼした。

そしてそれから幾度と無く扉間と私の丑三つ時の密談は繰り返された。千手一族とうちは一族の関係の酷いこじれ様を考えれば、失敗は何が何でも許されない。ひとつの抜け目なく細やかに事前に計画を立てておきたかったのだ。二人っきりと言えども敵対する互いの立場を理解して一定の距離を保ち行われる会話は、思いのほか心地よいものだった。真っ暗闇の林の中で揺蕩いながら灯る松明。響く秘めやかな扉間の声が、密談が終わった後でさえも鼓膜に焼き付いたように頭の中で木霊する。木の幹によりかかるその大きな身体を眺めているといやに身体中が火照り、瞬きをしながらふらふらと視線を彷徨わせてしまう。

そのうち扉間に嫁ぎ行く未来に微かながらにも色鮮やかに輝く期待が生まれしまい、私は一体どうなってしまったんだと己の初心さに焦った。あくまでも冷静的に事務的にあなたとの関係を育んでいかなくてはならないと分かってはいた。しかし扉間の姿に時折垣間見える、戦の最中では到底考えられないような穏やかさが、戦う術しか知らないこの私の胸中を容易に露わにしてしまう。こうなってしまってはもはや自分自身にもどうすることは出来ず、私は扉間と会話を重ねる中で着実に将来への期待を募らせていくのだった。


――されど私は抜かった。浮かれに気の緩みが生じたのだろうか。

密談に出かける際には必ず寝室に影分身を置き、細心の注意を払って屋敷から抜けだしていたつもりだったが、私の不審さに感づいた一族の者に尾行されてしまった。真夜中に敵対するあの千手一族の男と逢瀬を行っていただなんて、不埓千万とんでもないことである。人の口に戸は立てられず瞬く間に私は一族の恥として晒しあげられ、うちはの集落は大騒ぎに乱れた。この騒ぎようでは千手のもとに話が伝わるのも時間の問題だ。そうなれば扉間は私と同じ苦渋を味わうこととなる――一族を売ろうとした裏切り者。追い詰められる私に残された道は、もはやひとつしかなかったのだ。はじめに政略結婚とそれにまつわる密談を提案したのは私であり、不注意に過ちを犯したのもこの私。戦闘能力も文句無しに高く、そして理知的で統率力に満ち溢れた扉間がこの時代から消えてはならない。私が諦めるしかなかった。

扉間には何を伝えたわけでもない。ただ非常に賢い男なので察してくれただろう。私の最期の夜、彼は不意打ちをかけたかのように私の首の血管をクナイで裂いてくれた。



しかし本当、結果的に丸く収まってくれてよかった。私のせいで平和への道は閉ざされてしまうのかと一時は後悔で胸が張り裂けそうな思いだったが、最終的にはいい方向へ向かってくれた。大満足である。災い転じて福となす、平和という困難なものを勝ち取るためには失敗はつきものだ。その失敗をどう乗り越えてどう生かしていくか、扉間はそれをよく理解している。数多の過ちを乗り越えて、人間というのは成長していくものなのだ。事実、そうして扉間たちは平和を手に入れることが出来たのだから。生け贄は少なからず必要であり、私の死など取るに足らない犠牲なのだ。

けれども殺してくれたことは良しとしよう。多数の目撃者と証人を作る必要もあったので千手一族の手練を沢山連れていたこともまあ、認めよう。しかし、あそこまで私の身体をひどい状態にする必要はなかったのではないか。あなたに密かに想いをかける一人の女として、せめて儚く美しく花のように散っていきたかったというのにあんまりである。兄さんへの感謝の気持ちとしてせめて目は残そうと、あらかじめ眼球保護の準備はしておいたのは正解だった。死を選ぶ道しか残っていないと理解しながら、しかし必死で私のことをかばってくれる大事な兄さんのことが酷く心配で仕方なかった。この目は己が生きた証のエゴそのものでもある。あの扉間がとった行動なのだから私の死体を無残にすることはきっと一番合理的で必要なことだったのだろう。でも犠牲になった私の身としては―――やはり扉間は震え上がるほどに冷徹な男だった。

死後ふつふつと湧き上がるこの感情が、己の身ながら恐ろしい。可愛さ余って憎さ百倍とはよく言ったものだと今心の底から思う。扉間へと向けていた幼稚な愛情が確実に憎悪へと変わっていく――違うのだ。扉間を憎むべきではないと分かっているのだ。彼は最善の方法を選び取ってくれだだけ。平和への道を突き進むものとして才能ある扉間が死ぬわけにはいかなかった。私たちは互いにやらねばならないことを遂行したのみ。それなのに、ああ、何故こんなにも怨念が渦巻いてしまう。


扉間。あなたに好意を抱いてしまったことは完全に想定外の出来事だった。
忍の世界において裏切りや同胞殺しはつきまとうものだが、愛しいものの手で殺されることがこれほどまでに心苦しいものだとは想像もできなかった。
何の迷いもなくさっくりと私を殺してくれたことに感謝する気持ちは嘘じゃあない。紛うことなき明白な歓喜の気持ちもあった。しかし心のどこか片隅で、扉間が互いに救われる道を探しだしてくれることも期待していたのだろう。馬鹿げた話だ、この一件の責任は全て私にあるというのに責任転嫁とは見苦しいにもほどがある。理性ではそう理解できる、でも、しかし――理屈じゃ言い表せないほどに、苦しくて苦しくてたまらない。





ああ。今日も木の葉の里に吹く風はいやらしいほどに爽やかだ。無事この地に降り立った平和を眺めていれば、いくらか心も和らぐような気がした。愛と憎しみの二律背反にもがき苦しむ最中だとしても、一丁前に強がるくらいの余裕はある。

扉間、あなたのことだから大丈夫だとは思うけど、志半ばで死に絶えた人間のことなんて忘れて毅然と里を治めてほしい。
今一度言うが、私の死は忍界における進歩のために必要なものだった。私は死ぬことが出来てよかった、今を生きる人々のために平和を導くことが出来たんだもの。
あなたが私にどこまで好意を抱いてくれたかは分からない。しかし私の血を浴びて口を堅く結ぶ扉間の姿を通し、私の死をあなたなりに悼んでくれたことは伝わった。嬉しかったよ。ありがとう。

だからどうか、お元気で。
そのうち生まれ変わってあなたの前にひょっこり現れたりして……なーんちゃって。




まさかね。生まれ変わるなんてありえないわ。
だって私、今もまだ生きているの。

兄さんの一部となり、この平和の地を確かにこの目で眺めている。なんて愉快な気分なんだろう、この目にあんなにも熱望した平和を焼き付けることができるとは。しかしこう眺めていると少し、何故だか息苦しいのだ。平和に満ち満ちたはずの木の葉の里は、私の目には歪んで見えた。生きた自分の身体でこの地を踏みしめることが出来なかった嫉妬と言われてしまえば、認めざるを得ない。愛しい男に殺されるという形で木の葉の里の生け贄となったことに対する憎しみもある。平和とはもっと純白で輝かしいものだと思っていたのになあ。全ての人が幸せになれることこそが平和だと信じて疑わなかったのに、生前の私は間違っていたんだろうか。

だからね私、本当の平和に向けてもう少し頑張ろうと思うんだ。勝ち取った平和について未だ胸につっかえた疑念を抱く兄さんも、私と同じ気持ち。こんな歪んだ平和ではない、全ての人間が幸せになることが出来る本物の平和を掴み取るため、兄妹で共に苦しみながら足掻いてみせる。一朝一夕でたどり着くはずも無い膨大な時間が必要となる計画ではあるが、やり遂げてみせよう。

その大きな目標のため、私はこれからも長い時間を生きることになる。
扉間、あなたが死にそうな時も私はこの世に生きることができる。あなたが死んだ後だって私は生き続ける。

ねえすごいでしょう。木の葉の里の英雄であるあなたを私は超越することができるの。あの一件ではあなたに大きな迷惑をかけてしまったけれど、私だって本当はそれなりに有能な忍なのだ。本気になれば扉間よりも偉大なことを成し遂げることだってできる。最後にこの目に焼き付けるのは大きな紅い月、こんな空虚の平和よりも遥かに輝かしい、尚一層この世の真理に寄り添った素敵な世界。


だから待っててね扉間。
これから兄さんと二人で作る真実の平和の世界でなら、私たちは無事結ばれることができるでしょう。