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イタチと二人でお酒を飲んでいた時のことである。いや、初めはデイダラやら鬼鮫やらが楽しそうに酒を飲んでいて私たちは巻き込まれただけなのだが、二人とも早々に酔いつぶれて自室へと引っ込んでしまったために、私とイタチで残りの酒を消化しようと励んでいたのだ。元々酒の類には無欲なイタチだが、飲めないわけではない。酒のおかげかほんのりと赤らんだ頬の彼が、いつもよりも穏やかそうな表情で私のつまらない世間話に付き合ってくれるので、私はつい、調子に乗ってしまった。クラクラと頭の揺れる感覚に気づきながらも酒を口に運ぶ手は止まらず、すっかり上機嫌に出来上がった女が一人。薄暗い部屋、耳を澄ましても外から物音は聞こえない。微かに残る理性で周りに人がいないことを確認した私は四つん這いで彼ににじり寄り、酒に濡れた唇で言葉を紡いだ――

「ねえ、したい。しようよぅ」

と。

あああああ忘れ去りたい…!思い出すだけでも恥ずかしさのあまり身体がむず痒くなる。すっかり酒に絆されてしまった。あの時の私は一体何を考えていたのか。いや、いやらしいことを考えていたわけだけども。弁解させてもらうとするならば、生理前でムラムラしていたところに酒、そして目の前には素行はともかく黙っていればカッコいい男性、一応彼氏である。いつもあれだけイタチに身体を求められてそれを容赦なく叩き落としておきながら、いきなりあんな風に誘いの言葉を投げかけるだなんて…!下半身のじゅくじゅくとした疼きに耐え切れなくなり、強引にイタチの身体に腕を巻きつけたあの時の私。よくぞあそこまで大胆になれたものである。我ながらドン引きだ。

さて。後にその張本人がここまでドン引いているのだから、当時のイタチは尚更だったのだろう。酒臭さを漂わせながらもぎゅうぎゅうっとその身体に胸を擦り付けていた私にイタチは眉を寄せて

「積極的すぎるのは、どうかと思うぞ」

と、言い放ったのだ。酔っ払い状態だったさすがの私も、この台詞には目を覚ます。らしくもない引きつった表情の彼を目の当たりにして、スゥと血の気が引いていった。

あの、いっつも私にちょっかい出してきやがるイタチに、変態に、拒絶された――!

生理前でムラムラしてるだとか酔っぱらって自制が利かないだとかそんなことはすっかり遥か彼方へ飛び去り、残るのは部屋に漂う気まずい雰囲気のみ。私は羞恥のあまり目の縁に涙を溜めて、大急ぎで部屋から飛び出したのであった。ああ涙が目に染みる。情けない。しょんぼり。






そんなわけで只今は自室に閉じこもって布団の中でうずくまっているわけだが、もう二度とイタチにこの顔をさらけ出せる気がしない。あの変態さんに「積極的すぎる」だなんて台詞とともに拒絶される日が来るとは思わなんだ。むしろいつも私にあしらわれて寂しそうにしてるイタチなら、あの状況は喜びそうなものだ。だってこれで正々堂々とえっちに持ち込めるじゃんね。大体イタチってば自分はところ構わずちょっかい出したりするくせに、いざ実際にコッチから求められて「それはチョット…」って逃げ腰になるっていうのは何というか、不公平だと思います!…恥ずかしさも積もりに積もれば、途方もない怒りに成り代わるらしい。

ちょっと前まで泣いていたせいか、未だ垂れてくる鼻をすすって悶々と考えているところに突如鼓膜を震わせるノックの音。静かな部屋でよく響くそれに、私はひょっこりと布団から顔を出す。こんな時間に他の人が――来るわけがない。ともなれば。チャクラを練って気配で察しようかと野暮なことも考えたが、まあ十中八九彼だろうし私は「どうぞ」と大きめの声を出す。ガチャ、と音を立てて決まりが悪そうに顔をのぞかせるイタチ。毎回思っているのだが、鍵はちゃんとかけたはずなのにイタチってばどうやってドアを開けているのだろうか…?永遠の謎である。

「泣いてたんだな」

ベッドの傍に腰を下ろしたイタチはほんのりと苦笑いを浮かべる。酔っ払い特有の酒臭さが一切感じさせない、清潔感溢れる匂いにと共にこちらに伸ばされる彼のしなやかな手。彼だってそこそこ飲んでいたはずなのにこうも爽やかでいられるのは、イタチ元来の性質なんだろうなあ。途方もないことをぼんやり考えているところに、乾いてもなお頬に残る涙の痕をイタチがその指でなぞるもんだから、私はビックリしてしまい咄嗟に顔を背ける。

「何しに来たの」
「コマチに誤解されたままではいられなくてな。様子を見に来たんだ」

未だ羞恥を振りきれず素っ気ない声で台詞を吐き捨てる私とは対照的な、イタチの穏やかな物言い。まあ私を慰めに来てくれたのだろうが、その優しさも今現在は煩わしく追い詰めるものでしかない。いっそのこと笑い話にでもしてくれたら良いのに。あるいはいつもどおり襲い掛かってくるとか。なんて唇を尖らせて内心で悪態をつく私に、イタチはずいっと顔を近づける。目を丸くして反射的に身構えれば、彼の黒い瞳に自分の顔が小さく写り込む。その表情がなんとも情けないというか、みっともないと言うか。有体に言えば小さいながらにも不細工な面立ちだったので、慌てて頬の力を抜いてしかめっ面を解消する。イタチなら「その顔も良い」とか言いそうだが、せめて好きな人の前では少しでも可愛くいたいものだ。

「ねえ、何で嫌だったの?いつもなら大喜びで押し倒しそうなのに…」

表情を和らげたと共に若干軽くなった心持でそろりと尋ねてみる。竦めた肩に尚更の力を込めれば、目の前のイタチは顔を離して瞬きを一つ二つ。

「敢えていうなら驚きのあまりつい、だな」
「つい?」
「酒のせいだと分かってはいたんだが、いつも冷めているお前がああも積極的で迫るものだから驚きだった」

あっけらかんに言うイタチの姿を目の当たりにして、今度は私が瞬きを繰り返した。な、なんだ…嫌なわけではなかったのか。あのイタチに淫らな女と嘲笑されるのかと恥に泣いた私の涙は見事な無駄だったわけである。あんなに強張っていたと言うのに、いとも容易く肩の力は抜けていく。何だか拍子抜けでゆるゆると背中を丸めてため息をつくが、今一度先刻のイタチの台詞を思い返してふとまた疑念が浮かび上がった。驚いただけなのに「どうかと思うぞ」とは、いったい何なのか。これはどう解釈したって拒絶の意味ではないだろうか。

「じゃあ、『どうかと思うぞ』って言ったのはどういう意味?」

そう問うた瞬間、イタチが一瞬だけばつの悪そうな顔をしたのを、私はしっかりと目に焼き付けてしまった。のやろう、まだ何か理由があるな。眉根を寄せてツンツンと彼の腹を突っついて急かしてみるがさすがはイタチ、細い身体にもしっかりと纏われたしなやかな筋肉のせいか特にくすぐったそうな素振りはしてくれない。それでも諦めず意固地になって彼の身体を延々と突っつきまわしていれば、長い沈黙の後イタチはようやく私の手を掴み、諦めたようにため息を細く零した。

「…あくまで個人的な意見だが、嫌だ嫌だと拒んでくれたほうがそそる」

そのままはっ倒して部屋から追い出してやろうかと思ったが、あまり暴力的な女でいるのも憚られるので、歯を食いしばってなんとか思いとどまる。さっきとは違う種類の羞恥で頬が熱を帯びるのを感じ、私は再び布団をかぶり彼から背を向けるように横になった。

つまり、アレだ。
「ああん、そんなとこ触っちゃイヤァ…!」な状態が良いらしい。なんともたちの悪い好みである。まあ確かに、そんなことを言って身を捩りながらも結局は快楽のされるがままになるというのが定石というか、当たり前と言うか、毎回私は自然とそんなスタンスになっていたけれども。もちろんイタチは私が情事の最中にイヤイヤと拒むのが本気の拒否ではないことを知っているだろう。だからこそたちが悪い。こんなこと聞いちゃったらこれからセックスの時、どんな態度とればいいかわからなくなっちゃうじゃん!いや、無理に聞き出したのは私だけども…。

布団の中の私がムッとして顔をしかめていることを悟ったのか、背後に感じるイタチの雰囲気が微かに変わる。構うもんか、そこで一人で恥じて後悔すればいい…!くだらない憎まれ口を思い浮かべながらも、イタチは次にどんな言葉をぶつけてくるのだろうと待ち構えてみる。すると突然、強引に布団を引っぺがされたかと思えば容易く密着する彼の胴体。私の身体の向きを変える力強い腕と首筋をねっとり滑る彼の唇にギョッとして、その身体を押し返そうと身体を捩る。

「様子見に来ただけじゃないの?」
「あの時のコマチの様子を思い出したらムラムラしてきた」
「イヤイヤって拒むのが良いって言ったじゃん!『積極的なのはダメ』って!」
「駄目とは言っていないだろう。たまには積極的なのも良い」
「もー!」

やや苛立ったように声を上げれば、彼はそれを飲みこむかのように性急に私の口を唇で塞いだ。すぐに挿し込まれた舌にあっという間に口内を占領されて、私はどちらのものとも分からない唾液を何とか飲みこむ。うぅ、まだ微かに残る酒のせいもあるのだろうがやはりイタチのキスはなんというか、下半身によろしくない…。あれよあれよとその気にさせられてしまう自分に気づいて強く固く目を閉じてみるが、結局身体の力は抜けていく一方。相変わらず私をそういう気分にさせるのがうまいイタチだが、私が本気で嫌がっているときはこんなことしないというところが憎めないところである。彼の掌の上で良いように転がされている気がしないでもないが、私の身体は確実に絆されてしまった。ていうか、アレだ、今の私は「嫌々と拒んで」いながらも受け入れるという、まさにイタチのお好みの状態だ。

「んぅ…ふ、」

僅かな口の隙間から零れる吐息がいよいよ本格的に色づいてきた。まあそもそも私がそういう気分で誘ったのが始まりなわけだし、今晩はこのまましちゃっても良いかなあ。いつも通りに瞼が重みを帯びてくるの感じながら、イタチの束ねられた黒い髪を指で梳いて撫でる。柔い力加減だったが彼はしっかり感じとったのだろう、ほんの一瞬ピクリと身体を震わせて唇を離した。目と鼻の先にあるすっかり情欲に染まった彼の眼差し。目じりが赤に染まっているのはお酒のせいなのか、それとも――。射抜くような視線を顔に身体に受ければ、心地よさに指先は自ずと震える。私はゆっくりと身体から力を抜いて、イタチのされるがままに引き寄せられた。





――のだがその時。
引き寄せられて身体の角度が変わった瞬間、下半身からタラリ、と。






まさかと思いイタチの身体を突き飛ばしてトイレへ駆け込んでみれば、見事予感的中。苦笑いを浮かべながらトイレから帰ってきた私にイタチは一週間のおあずけを悟ったのか、若干寂しそうに眉根を寄せた。いやあ、なんとも絶妙なタイミングで来てくれちゃったなァ…!