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(小雪さまへ!)
(Ciao!の「うちは家の妹さん!」シリーズの設定をお借りしています)








兄さんの首に吸い付けば鼻孔をふんわりとくすぐるこの香り。ああそう言えば、幼いころからこの清潔感溢れる匂いが大好きだったなあ。心地良い眩さに頭の中を揺らしながら、一通り吸い付いた後にそっと顔を上げる。確認しようと目を凝らす私の気を散らすかのように、遠慮も無くつんつんと肌を小突くのは兄さんの視線だった。至近距離にある彼の目元に背徳感を覚えて、ゾクゾクと身体中を震わす。

「付かなかった…」

私の唾液で微かに濡れた、白く滑らかな首元を見つめて呟く。しょんぼりと肩を落とす私とは対称的に、兄さんはいかにも愉快そうに小さく笑った。

「何が付かなかったって?」
「知ってるくせに…いじわる」
「いいから、ほら」
「……キスマーク、付けたかったの」

彼の首に指を滑らせる。結構な力を込めて吸い付いたはずなのに、その肌は清らかで白々としたまま。漫画やドラマから集めた情報が、どれ程当てにならないかを改めて知る。キスマークってちょっと口付けたら簡単につくものだと思ってたのに。一度目の挑戦で軽く吸い付いても赤い痕は付かず、二度目の挑戦こそはと胸が苦しくなるほどに強く強く吸ってみたが、唾液でそこが汚れただけだった。あくまで自然な流れの中で兄への愛を伝えようと思っていたのに、まだまだ私は未熟者である。

「勝手に付けるもんじゃないぞ」
「堅気でもないのに、キスマークがついてちゃ何か困るの?」
「いいや、困らない」
「じゃあ何で?」
「不意打ちで可愛いことをしてくれたものだから、柄にもなくときめいたよ」

余裕綽々に笑みを浮かべながら兄さんはそう言う。台詞とは違うその様子に、敗北感にも似た妙な憤りを感じて思わず顔を背けた。背中に回された彼の手に負担をかけようと、加減も無しに体重を後ろへ逸らす。しかしイタチ兄さんの手は力強い。私の上半身を二本の腕でいとも簡単に支えてしまうんだ。幼いころから変わらない、いつだって私を守る逞しい腕。

次の瞬間にはその腕に引き寄せられ、私の頭は兄さんの胸元にすっぽりと収まってしまった。とても温かい。ぽかぽかと暖かい陽気の中、この腕と胸に挟まれて心地よい惰眠を平穏に貪った、そんな時もあったような気がする。昔が思い出されるようなその温もりに、心のわだかまりがあっと言う間に消え去っていった。自らの単純さに自嘲の笑みを零しつつ、布越しに耳を寄せて兄さんの鼓動の音を聞けば、微かに早く脈打っていることがわかる。「ときめいた」って嘘じゃなかったんだ。この私に、ドキドキしてくれたんだ。彼の身体の変化に気づいて何故だか身体が熱で火照る。愛おしく思う気持ちと共に抑えようのない欲情が身体中を駆け巡り、下半身の痺れる感覚にじれったくなった私は熱っぽい瞳で兄さんを見上げた。

「兄さん…」
「ん…?」
「…なんでもないっ」

そうやって一度意味有り気に彼を呼んだ後わざと逃げれば、兄さんは必ず私に構ってくれることを知っていた。思惑通り、兄さんは私の顎に手を添える。上を向かされた顔で彼の黒い瞳に意識を向けると、まるで魔法にでもかけられたかのように自然と私の瞼は閉じてしまう。そして開始された口付けは生々しい音を周囲に響かせた。じゅる、じゅるり。粘り気を帯びた水の音に頭がおかしくなってしまいそう。合間合間にわずかに唇を離す時、無意識にも零れる吐息は、わたしの口から飛び出したと思えないような妙にみだらな色を孕んでいる。こんな声、自分でさえも聞いたことがない。いかがわしく濡れた唇の感覚に興奮の覚えつつ、浅い呼吸を何度も繰り返した。

「こうやって付けるんだ」

諭すようにそう口にした兄さんは、私の首元にそろりと顔を埋めた。少し経って感じた、チリッとした痛みに身体が跳ね上がる。ああ、今付けられたのか。ゆっくりと離れていく彼の顔。悩ましげに下された睫毛に無性に胸が高鳴った。

「付いた?」
「ああ」
「…んー自分じゃ見れない」

口を尖らせながらそう不満を洩らす。するとイタチ兄さんはすぐさま私を押し倒し、何の迷いも無くスパッツに手を掛けた。あれよあれよと脱がされて私が困惑する間もなく、下着が彼の目前に晒される。一番見られたくないところを慌てて隠すが彼はそこに目もくれず、私の右足に手を掛けた。膝裏に手が入り込み、高く持ち上げられる。

「わ、わわ、兄さん…!」

私の制止も聞かないで、彼は内腿にそっと唇をつけた。今度は腿に走る微かな痛み。場所が場所なだけに気が上ずり、股ぐらがひっそりと疼く。そこが湿り気を帯びつつあることを兄さんに知られたくない。じたばたと暴れながら彼の頭を必死に退かそうとするが、やはり敵う訳もなくて。

「ほら、」

唇を離した彼に促されてじっくり目を凝らす。とりあえず兄さんから離れようとうごめいて揺れる右足の内腿に、小さな赤い痣がぽつんと残されていた。私に見せつけるためのそれなのに、妙に見づらいところに付けてくれた。こうなることを予測できなかったわけではないだろうと、兄さんに訝しげな視線を寄越す。

「スパッツ脱がせたかっただけでしょ」
「さあな」
「兄さんの、えっち」

そう言われておどけたように笑う兄さん。弧を描く整った口元へ引き寄せられるように身体を起し、今度は私から口付けた。鼓膜に心地よい低めの笑い声が、いとも簡単に部屋から途絶えた。兄さんの手が上半身に触れるのを制しながら、気の済むまで触れるだけの口付けを寄越す。唇と唇をくっつけるだけでこんなにもそそられるのは、兄さんとのキスだからだろう。ついに私の衣服をまくり上げて侵入してきた彼の手を、焦らすように自分の手と重ね合わせる。目を見開いた兄さんを真っ直ぐ見つめながら「もっと付けて」と甘ったれた声でおねだりしてみた。

「内腿か」
「首!」

兄さんはやや不満そうに苦笑しながら、再び首元に顔を埋めた。

チクリ。チクリ。
強弱をつけて皮膚を吸われる。彼の唇が首を滑るたびに、興奮で気が遠くなっていく。別に乳房を愛撫してもらっているわけではない。挿入されているわけでもない。それなのにこんなにも胸が高鳴って興奮してしまうのは、紛れもない背徳感のせいだろう。

まだ私が物心もつかない時からずっと傍に居てくれたイタチ兄さん。兄と妹でありながら、その一線を越えたいと願うようになったのはいつからだっただろう。血の繋がりこそないが、この関係にたどり着くまでには思い出したくもない程多くの苦悩があった。まさに、奇跡と呼ぶにふさわしい過程を経てきたのだ。後悔はしていない。していないけれど、お母さんとお父さん、そしてサスケお兄ちゃんには顔向けできないほどの罪悪感を感じている。それでもイタチ兄さんと心を通わせ、肌を重ねる喜びに抗うことができない私の浅ましさ。こんな情けない私を愛してくれる兄さんを二度と手放したくなくて、煽るように彼の手を乳房に導いた。兄妹の垣根を取り払い、今は一人の男と女としてお互いの身体を求め合う。昔の私達を知る人から見れば、大層奇妙な場面だろう。それでも構わない。構うものか。

「兄さん」
「…」
「好き、大好き…っ」

つまる胸で懸命にそう伝える。イタチ兄さんは動きを止め、そして私を見上げた。身体中に絡みつくようなその瞳、兄妹のままだったら一生目の当たりにすることはなかっただろうに。するりと胸元から離れ、私の髪を梳くようにうごめいた兄の手に心が絆されていく。

「兄さんも私のこと好き?」

ついには我慢も出来なくなってしまい、小首を傾げながら甘えた声で尋ねる。兄さんの頭に腕を回し、私とは似ても似つかない整った顔を上目使いで見据えた。


「コマチを愛してる」


耳元に寄せられた口から兄さんの声は漂い、奥の鼓膜を確かに震わせる。ただ発せられただけのその言葉に背中を反らして身悶えた。絶頂に達したかのような不思議な満足感。堪らず兄さんの身体を押し倒してすぐさまその上で馬乗りになるが、逆転したその状況の中でもイタチ兄さんが驚く様子はない。されるがままの彼の首元に顔を寄せ、じゅうっと下品な音を立てる。強く強く、彼の全てを奪い尽くさんばかりに力を込めて吸い付いた。長い時間をかけた後、期待に胸を膨らませながら目を凝らす。今度はうまく色づいた小さな赤い痣に、満足げに微笑みながら指を滑らせた。


ああ、私の兄さん。
今ばかりの、私だけの兄さん。