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(里抜けしてないイタチさん)









彼のベッドの上に身体を横たえるとふんわり香るシーツの良い匂い。清潔に保たれているお風呂も、ごみ一つ落ちていない綺麗な床も、こんなにも居心地の良い空間なのに私はそれが嫌で嫌でたまらなかった。

「こうしてベッドの上に二人っきりでいると、同棲してる気分になるよ」

キラキラと輝く笑顔を私に向けるイタチが憎たらしい。部屋に来た女の子みんなにその台詞とその笑顔をプレゼントしてたんでしょう。愛想もない顔でそっぽを向き、意地を捨てきれずにさらに眉をしかめた。シャワーを浴びて寝室にまでのこのこ付いてきておきながら今更いじけるなんて、私ってば本当にどうかしてる。つまらない意地なんてさっさと忘れて、彼に抱かれることだけに没頭できればどれほど幸せか。頭を抱えたくなるような心地ではあと小さくため息をつき、身体をゆっくり丸めた。

「ご機嫌斜めだな」
「そんなことない」
「ほら、理由を言ってごらん」

意固地になってシーツにしがみつくが、木の葉で評判のスーパー忍者に敵う術なんてもちろんないわけで。易々と私の身体を抱きとめる腕は、一見細いように見えて触れてみるとなかなか逞しい。ぎゅうっと力強く包み込むかのような抱擁に女の子は心底弱いのだ。イタチは私の肩に顎を乗せ、耳元で再び「言ってごらん」と囁いた。男の人に優しくそういう風に言われるのも、女の子には毒だ。ああ女性の弱点を何もかも知り尽くしている彼に本気で腹が立つ。泣き出してしまいそうなほどの憤りに唇をかみしめるものの、今更この腕の中で抵抗したってどうにもならないことはわかっていたので脱力しながら沈黙を守り続けた。イタチの魔性の言葉に絆されたわけでは決してない。ないのだ。

「とりあえずワンピース、脱ぐか?」
「…」
「このワンピースの下にどれほど艶めかしい素肌が隠されているか…」
「…」
「考えるだけで情欲をそそられる」
「…へんったい」

するとイタチは僅かな間の後、声を出しながらいかにも愉快そうに笑いだす。その開き直った態度ですら今は煩わしくて仕方なかった。ねえイタチ。何人の女の子にうっとりするような言葉をささやいて甘やかしたの。何人の女の子をそうやってからかって楽しんだの。何人の女の子を、この良い匂いがするベッドの上で抱いたの。先ほどから胸の中でぐるぐると渦巻くこの気持ちは、所謂ただの嫉妬だ。里内外を問わず有能な忍として名を馳せる好男子を好きになってしまったことが何よりの大失敗だったということ。

「後輩の私がミスして厳しく叱っても、その後で絶対に優しくサポートしてくれるイタチのことが好き」
「…ありがとう」
「…それにイタチすごくイケメンだし、育ちだって良いし、もう、本当に好き」
「どうしたんだ突然。照れるじゃないか」

その台詞から間もなく、気づけば開始されていた深い深い口づけに慌ててその身体を押し返すが、やはり止ませることはできず観念していやいやに目を閉じた。始めからディープキスだけを目的としていたかのように、すぐさま口内に入り込んでくる彼のぬるぬるしたそれ。吸って甘噛みしてなぞって、どうすれば相手に快楽を与えられるのか熟知した、その無駄のない愛撫のせいで次第に意識が遠のく。彼の舌先ひとつから存分に寄越される快感に足の付け根がむずむずとじれったいように熱くなる感覚は、自分がどれほど情けないか知らしめるかの如く徐々に増していった。身体の芯から気持ちいい。でも違う。こんなの全然うれしくない。これも全部他の女の子との実践を経て得たテクニックだと思うと自然に涙が滲んだ。他人で覚えたキスなんて、セックスなんていらないよ。それならいっそ、イタチが女性経験のない童貞であるほうがよっぽどマシだもの。他の女の身体の気持ち良さを知ってるだなんて、ホント、反吐が出そう。

「ん、わ、」
「…」
「わたしだけ、知ってればいいの」

小心者の私はそれ以上言葉を紡ぐことができなかった。何を伝えたかったのかと言うと、「わたしの身体から得られる快楽だけ知っていればいい」ということ。しかしそれを一字一句違えず彼に伝えてしまったら、私は独占欲の強いただ重たいだけの女になってしまうでしょう。心からの恨み辛みを抱えていながらも、やはり私はイタチのことが大好きなわけで、彼に嫌われ捨てられることが何より怖いのだ。天才忍者で里の上層部からの信頼も厚い彼。そしてその端正な顔立ちから女性達に常にもてはやされていた。ちゃっかりその中から美人さんを取っ替え引っ替えして浮名を流し続けるイタチもイタチだが、そんなこと十分承知していたはずだったのに。イタチと関係を持った女性たちへの嫉妬をぶちまけて彼に嫌われたいのか、はたまた何もかも心の内に留めてイタチとの関係を続けたいのか、ごちゃごちゃと色々な思いが交錯する胸についには堪えきれなくなり、堰を切ったかのように苦い涙があふれ出た。

「コマチ…?」
「…」
「コマチ…」

泣きたくて泣いているわけではない。女の涙なんて一転すればただの重荷に決まってる。私はワンピースの襟元を持ち上げてぐしぐしと乱雑に目元をぬぐった。太ももが丸見えとかそんなの知るもんか。歪む視界にイタチの表情を見ることも叶わず、ただひたすらに次々あふれる涙を拭きとった。

「過去の不始末については弁解のしようもない。すまなかった」
「…」
「今はお前だけだと、どうすれば分かってもらえる?」

私の頬に添えられた手つきの柔らかさに、責められているわけではないということは悟った。彼には結局すべてお見通しということ、みぞおちの辺りを締め付けるように罪悪感が湧き出る。しばらく深呼吸を繰り返し歪む口元と緩む涙腺がようやく落ち着いたころには、イタチの温かな腕の中に再び抱きしめられていた。温かみある色合いの照明にうっすら照らされた部屋の中、彼の顔をみようと懸命に目を凝らす。

「口じゃなんとでも言えるじゃない」
「…」
「…」
「じゃあ、身体ならどうだ」

そう言って彼がわたしの手を掴み導いたのはイタチの足の付け根。は、と拍子抜けした声を出したあと、ようやくそのあたりの硬度と温度に気づき、思わず顔を火照らせる。なななな、なんて下品な!ドン引きしかけながら口を金魚のようにパクパクさせる私の姿が相当おかしかったのか、イタチは顔を横に逸らし肩を震わせ笑い始めた。いくら冗談にしたって悪趣味だ。いっそのことこのまま握りつぶそうかと思いつつ、楽しそうに笑うイタチへ渾身の睨みを寄越す。

「さいってー」
「いや、悪い悪い」
「これから女を抱こうってんだからそうなってて当たり前でしょ」
「そんなことはない。いくら俺だってそんな単純な身体じゃない」
「どうだか」
「愛してるからこそさ」

いまいち浮ついた感じが拭えないその台詞に、べえと舌を出して馬鹿にする。

「下心じゃないぞ。心の底から本気だ」
「ふーん」
「信用してないな?」
「うむ」
「ならそうだな…もしも万が一俺が浮気でもしたら毒を盛ってくれても構わない。それかセックスの合間に隙を見て金的蹴りだな」
「…なにそれ。イタチならどっちもうまくかわしそうだよ」
「まさか。コマチが綱手様から無味無臭の毒をもらってきてうまく使えば俺なんて一発だし、後者についても生き物は性交の間が特に無防備になる時だからお前ほどの手練れなら簡単だ」
「ふざけって言ってるの?真面目に言ってるの?」
「俺は大真面目さ。くのいちほど敵に回して怖いものはないよ」

イタチの精一杯のボケなのか何なのかは知れないがあまりにも跳躍した内容にいつの間にやら口元が緩んでいた自分に気づく。整った顔でイタチは笑みを浮かべた後、途端に熱の籠ったひたむきの視線を私に向けた。わざとじらすように小首を傾げてみると、イタチは困ったような表情をしながら優しい手つきで私の髪を撫でつける。彼の手がゆっくり、またゆっくり頭のラインを滑り落ちる度に、心のつきものが少しずつ姿を隠していくのを感じだ。消えたわけではない、いつかまた気を揉むときは必ずくるだろう。でも。

「とりあえずこのセックスの合間だけは、何もかも信じてあげる」

私のからかうような言い様も気に留めず、イタチは甘く微笑み「今はそれでありがたいほど十分だ」と小さく呟いた。彼の服の中へ手を入れ、その広い背中に手を滑らすかの如く肌触りを楽しめば、彼はくすぐったそうに身をよじる。こんなふうに甘ったれたことをしていてそのうち取り返しのつかないほどイタチを愛おしく思ってしまったとすれば、彼が裏切った時どれほどの苦悩に苛まれるのだろか。しかし先にぼんやり見える受難をわかっていようとも、到底手放すことができない。とろとろに纏わりつく甘くて美味しい蜜のようなイタチの愛に、否応なく呑み込まれていく自分へ自嘲の笑みをこぼした。

「愛しの彼女を泣かせてしまったお詫びに、俺からありったけの口付けを差し上げよう」
「全然お詫びになってないじゃない」
「まあつまり、掻い摘んで言えば、お前をメロメロにしたい」

イタチは両方の目元にそっと口づけた後、赤く色づき熱を持った私の唇に、じっくり味わうかのようなキスをした。おちていくのなんてかんたん。