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「#エロ」のBL小説を読む
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(100000Hits Thanks! ミツさまへ)








「ずっと待ってる、て言ったら…怒る?」

イタチの衣服の裾をつかみ、懸命の思いで声を絞り出したにもかかわらず、彼は何も答えてくれなかった。夜も更けた森のおどろおどろしい静寂が、私の心をじわじわと痛めつけていく。彼の返事が待ちきれなくなって恐る恐る顏を上げてみると、イタチは目を真ん丸に見開いて私を見ることなく、ただ目の前を凝視していた。

「なぜ、」
「…」

なぜ知っている、と聞きたいのだろうか。どんな時もいかなることも常に私を軽々と上回ってしまうイタチをこんな形で出し抜くことができたのは、場違いと知りつつささやかな優越感を感じてしまう。重苦しく続く沈黙を吹き飛ばすように、わざと偉そうな態度でふふんと鼻を鳴らしてみると、イタチはようやく私に視線をくれた。彼の黒い瞳が動揺でわずかに揺れているのを目の当たりし、胸が締め付けられるような思いだった。

「なんで知ってるんだ?でしょ」
「…」
「何年イタチと一緒にいると思ってるの。幼馴染兼恋人ですから」
「どこまで知っている?」

そう尋ねてくるイタチの視線は任務中でさえも見ることのできないような、刺し殺さんばかりの鋭さだった。身体中の血液を凍りつかすかのようなすさまじい恐怖を感じ、思わず肩をすくめる。これもそう。このイタチは、私がまだ知らないイタチの一つ。

私たちが暗がりの森の中でこっそり逢瀬を交わすのは、今日が初めてではなかった。彼が暗部に入り多忙を極めるようになってから、度々交わされていたことだ。いつの間にか子供でもない大人でもない、曖昧な時期に差し掛かった私達はおおよそままごとの延長のような、稚拙で未熟な戯れでお互いの想いの丈を確かめ合っていた。とても同い年と思えないような、穏やかで柔和な雰囲気を醸し出すイタチになにより胸を高鳴らせ、すぐに訪れるお別れの惜しさに夢中で彼の姿を目に焼き付けていたの。

だからわかる。最近のイタチは変だ。あの温和な眼差しは次第に陰りを見せ、抱き着く私の身体を包み込むその温もりは、少しずつ拒むかのように薄まっていった。元々言葉数の多い人ではなかったけれど、嬉々として弟のことを語るその声も今はほとんど聞くこともない。まるで俗世から遠ざかっていくかのようなその姿、気づかないわけないでしょう?だってわたしはあなたとずっと一緒にいたんだもん。

「何となく、変だなって感じてるだけ。なんか、遠くへ行っちゃうんだなって、そんな気がしたの」
「…」
「それ以外は何も知らないよ」

伏せ目がちにそう伝えてみても彼は沈黙を守り続ける。しかしその拳の、血がにじむかのような握り方にはたと気づき、嫌な予感が的中してしまったと悟った。何かの間違いであって欲しかったのに。私は次第に霞んでいく視界を紛らわそうと出来る限り大きく深呼吸を繰り返した。
最悪の事態に頭の中はぐちゃぐちゃだ。なんでなのイタチ。本当に遠くへ行っちゃうの。いったい何故イタチが遠くへ行くことになるのか、必死に考えをめぐらす。完遂までに何年もかかるような超長期任務にあたってしまったとかかな。大好きな彼と離れ離れになってしまう悲しみにいやおうなく胸をえぐられる。どんなに考えあぐねても狂おしい辛みのどん底へ突き落とされるだけだった。もしかしたら暗部の多忙さに気を病んで自殺しようとしてたりして…いやまさか。

「他言はするな、絶対にだ。さもなければ」
「…」
「お前を殺めなくてはならなくなる」

イタチからとんでもないことを言われたような気がしたが、不思議なことに先ほどとは違い全く恐怖はなかった。彼がいなくなるくらいなら死んだって、とそこまで思い至ったところで慌てて頭を振った。いったい何を馬鹿げたことを。死んだら何もかもおしまいだ。そうしたら彼を待つことも出来なくなってしまうじゃないか。森の奥から、真夜中だというのにカラスの鳴き声が禍々しく響く。不吉な音に我に帰った私は惜しむかのように彼の手を握り、その体温を求めて指を絡めた。近いうちに来るであろう別れの辛さを思うと掌の温もりなんかでは到底物足りなくて、一寸たりとも離れないようにと貪欲にイタチへと身を傾けた。僅かに肌寒くなってきた空気の中で、イタチの身体はいつもより温かく感じる。

「じゃあ、誰にも言わないで待ってる」
「待たなくていい」
「やだ」

するとイタチは困ったようにしかめっ面を浮かべ、大げさにため息を一つ零した。いつもの私ならこれで引き下がるところだが、今回ばっかりは譲るわけにいかない。

「イタチのこと好きだからずっと待ってる」
「駄目だ」
「いーや!」
「…」
「…」

それから数十秒続いたにらみ合いは、呆れかえったように目を閉じたイタチによって幕引きとなった。彼が普段見せないその表情に、嫌われてしまったんじゃないかと思って慌てて許しを乞おうとすれば、強い力で引き寄せられる。いつの間にやら肩に手を回されていることに気づきめまいがする心地だ。彼の力強さに感じる胸の高鳴りは、もう数えきれないほど体験したもののはずなのに、今この瞬間に感じるそれは何物にも代えがたい大切なもののようで。熱いものがこみあげてくる。それは感動であったり悲しみであったり、涙でもありむせび泣きからくる嗚咽やえづきでもあった。

「無理に待たなくてもいい。他に好い人が出来たのなら、構うことなく俺のことは忘れろ。万が一にもコマチを責めたりはしない」

口にすることこそ私を突き放すような冷たい物言いだったが、私の肩を引き寄せる力は限りなく温かくて優しい。慈愛そのものに包まれたような妙な心地よさに、次々と涙は溢れ泣き声は大きくなる。閑散とした森を震わすように私の声は途方もなく響き渡り、きっとイタチを困らせているのだろう。

「じゃあ、気楽に、ひっく…待ってる」
「今その状態で言われても到底信じられないな」

横から聞こえてくる、イタチの慎ましやかな笑い声。ああやっとイタチが笑ってくれた。ちっちゃな胸の中は悲しみやら嬉しさやらでごちゃ混ぜの状態、彼の身体にしがみ付き、彼の服をお構いなしに涙で濡らしていく。そんな私を咎めもせず、イタチはふんわり優しさが漂うような声音で「この話はもう終わりにしようと」と言った。

彼が消えたのは、それから二度逢瀬を交わして四日後のことだった。
自分の器を図るためだけに一族を虐殺し、サスケくんを散々痛めつけた後里を抜けたという予想だにしていなかった事実に、私は当分立ち直ることができなかった。


*****


ペイン襲来からの復興作業をこっそり抜け出し、私は今何をしているのかというと、慰霊碑の傍で木の枝片手にしゃがみこんでいた。こんなとこに来といてなんだが、慰霊碑に用があるわけではない。慰霊碑のすぐ傍、土がむき出しになっているところに木の枝を突き立てて、がりがり音をたてながら文字を書いていく。う、ち、は、イ、タ、チ。出来上がった文字は誠心誠意の思いを込めたにも関わらず微妙な出来だったが、私は満足げにふふんと鼻を鳴らす。イタチがサスケ君に殺されたと風のうわさで聞いたのは割かし最近のことである。

一体イタチにどんな心境の変化があったのかは知らない。誰よりも平和であることを望んだ彼が大虐殺を犯し、里を裏切るその理由はなんだったのか。暗部のお仕事というのはそこまで多大なストレスに苛まれるものだったのか。優秀なうちは一族の中でも抜きんでる天才という立場はそこまで彼の心を捻じ曲げてしまう重荷だったのか。だとすればイタチはきっと、そんな張り裂けるような狂気に飲み込まれてしまったんだと思う。
彼がまさかあんなことをしでかしたとは、今でも信じることができない。いくらイタチが遠くへ行ってしまうとわかっていても、ものすごく期間の長い長期任務かなにかだとしか思えなかったし、まして誰よりも強かった彼が任務中に殉職することなんて万が一にもないと信じてやまなかった。だから遠い未来の果てにはきっと再会を果たすことができるんだと思っていたのに、それなのに。

向けどころのない苛立ちを感じ、背を丸める。大犯罪を犯した彼がその肉親に殺されたとなれば、まさしく自業自得である。ざまーみろである。それなのに私ってば律儀にお花まで用意してわざわざ慰霊碑まで訪ねてきて、それで、イタチを弔おうとしているのである。お互い滑稽ね。うちはイタチ、と書かれた文字の上にそこらで摘み取った一輪の花を添える。山中さん家のお花屋は今休業中だから、こんなちゃっちいお花で許してくださいな。

途端。背後から突然吹いてきた風が供えた花を遠く遠くへ飛ばしてしまった。あ、と叫ぶことも忘れて、手の届かない場所へ消えていく花をただ見続ける。微かな音を立てて未だ止まない風は、じわじわと私の心を吹き透かしていく。堪えきれなくなった涙をぼろぼろ零し、せめてもの精いっぱいで笑顔を浮かべた私は懸命の思いで声を絞り出した。



「まだ待ってる、て言ったら…怒る?」



(彼の心も、私の想いも)