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「ねて、るの?」

シャワーを浴び終えて彼の待つ寝室に戻れば、既に明かりも落とされ真っ暗だった。薄暗い部屋の中恐る恐るベッドに近づくとテンゾウが肩まで布団を掛けてスヤスヤと寝息を立てていた。う、嘘でしょ…。あまりのショックに手に持っていたコスメポーチを放り投げる。どこからともなく、ガーンと古典的な音も響いてくる気がした。信じられないってば。だって私たちこれからイチャイチャしてラブラブするんじゃないの?

久しぶりのデートで、しかもテンゾウのウチにお泊まりとあらばもちろんセックスになだれ込むと当然のように期待していた私が情けなくてしょうがない。だ、だってあたし、今日の日のためにとレースでふりふりの超可愛いオニューの下着買って今それ着けてるし、昨日の夜はきちんと毛穴パックしてお肌ツルツルにしたし、ムダ毛処理だっていつもの何倍も念入りに…!

そこまで思い至ったところでみぞおちに渦巻く不快感。言いようも無く無性に腹が立ち、わざとスプリングを大きく鳴らしてベッドの空いてるスペースに腰を下ろす。やいやい、起きろこんにゃろう。こちとらやる気まんまんなんだぞ。どうしてやろうかとわざとらしく腕を組み一考した後、彼の上に馬乗りになり無言で寝顔をじっと見つめた。起きろ早く起きろと念じつつ、ただただテンゾウの顔を眺め続けるが、彼は相も変わらず心地よさそうな寝顔で寝息を立てるだけである。

「こんなんじゃ忍失格よバーカ」

貶しても起きない我が恋人よ。精いっぱい息を吹きかけると微かに揺れるテンゾウのまつ毛。ふと彼の目元が、黒ずんでいることに気づき、私はハッとして体を起こした。クマだ。

「…」

そか、そうだよね。疲れてるんだよね。ひたすら静かな部屋に彼の小さな寝息がぐわんぐわんと響くような気がして思わず息を飲む。罪悪感である。まずは、えと、彼から下りよう。極力物音を立てないように、ゆっくりと彼の上から退き、ベッドの傍らで棒立ちになってしまった。身体中から全ての力が消え失せてしまったかのように一歩二歩後ずさって、途端にへなへなとその場に座り込む。なんて、浅はかなんだろう、私。さっき放り投げられてそこらへんに転がっていたコスメポーチを手繰り寄せて、堪らずぎゅっと胸と腕で押し潰した。

私みたいな一介の中忍じゃ分からないような、暗部の手練れである彼の責務。あちらこちら任務に赴いては人を殺めて、殺めて、殺める。それがいったいどれだけの負担なのか、私なんかじゃ想像すらできなくて、あまりのもどかしさに身震いした。嗚呼そうだ。彼とお付き合いし始めたばかりのころ、暗部で頑張るテンゾウのことを、私が精一杯サポートしてあげようと一人胸の内で決めたはずだったのに。決して彼の負担になんてならないで、疲れきった彼を黙って癒やしてあげられるような、そんな彼女になるんだと思ったんだ。

(ごめん、明日急な任務が入っちゃって)
(記念日とか、一緒に居られなくて本当にすまないと思ってるよ)

それなのに、だ。彼が眉を思いっきり下げてそう私に頭を下げる度に、ただ面倒くさいだけじゃないのか、もしかして他に女がいるんじゃないのか、と心の汚い部分で彼のことを疑ってばかりで快く送り出すことすら出来ていない。直接口に出す勇気はないものの、心中穏やかといえる状態ではなかった私は、所詮人並みだったと言うわけだ。そしてたまのデートでは彼が疲れきっている様子に気づくことも出来ず、自分勝手にわがままを通そうとしていたんだから、あまりにも自分がみじめで胸が痛くてたまらない。

我ながらめんどくさい人種だとは思うが、恋に溺れた女は一度こうなるとあとはネガティブのループへあっけなく陥るわけである。最近ちょっとうまくなったメイクと写真写りは相変わらずな笑顔で表に出さないようにと胸の内にしまわれたどす黒い感情が渦を巻き始めた。
彼を支えるどころかわがまま押し付けて、セックスしようと叩き起こそうとするなんて本当に嫌な女!彼のためと誓ったあの自己犠牲の心はどこへやら、結局自分のエゴに翻弄されるようなダメな女だし、泣いたってしょうがないと分かってはいても今ぼろぼろと泣き始めるズルい女だ。自分でもなんで泣いてるのかさっぱりわからない。ヒステリックを起こしたかのように(いやそれと全く差異は無いが)涙をこぼすこんなめんどくさい女、テンゾウだって嫌いだわ。ていうかテンゾウってなんで私と付き合ってるのどこが好きなの?堪えようと思って必死に歯を食いしばってたのに、意思に背くように口端はぐにゃぐにゃと歪み、嗚咽がこぼれてしまった。

「ん…コマチ…?」

あああああ。なんでこういうタイミングに限ってテンゾウってば起きてくるのか!少しかすれた声で私の名前を呼び上半身を起こすテンゾウから隠れるように、私はいそいそと慌てて背を向けた。しかしまあ背を向けたところで震える体も鼻水をすする音もやはり隠すことはできない。テンゾウがさっきとは違う、心配したような声色でもう一度私の名を呼ぶのが聞こえる。

「なんでもな、い」
「そ、そんなわけないだろう」
「……ちょ、と、ティッシュちょうだい」

いくら潔く振り向くにしても鼻水と涙でべちょべちょの顏を彼氏に晒す根性はさすがにないので、間抜けだとは思いつつもしゃがれた声で後ろに手を伸ばした。一つ間をおいてティッシュ箱を差し出すテンゾウからそれを奪い、なけなしの羞恥心でせめてもとお上品に鼻をかむ。気まずい。お互いに声のかけようがなくて気まずい。

テンゾウがベッドから立ち上がり部屋の明かりを付けた途端、目の奥が不愉快にちかちかとして思わず眉をひそめる。ああどうしようテンゾウになんて説明してなんて言い訳すればいいんだろうと頭を抱えながらベッドに腰を下ろすと、テンゾウが何も言わずその隣に腰かけたので私も何も言わず彼から少し距離を取って座りなおした。

「なんていうか、その」
「うん」

やだなあ。ちょっとした自己嫌悪です、とか言ったら、彼はきっとそれ僕のせい?と聞き返してきて、それこそせっかくのお泊りデートなのにお通夜みたいな雰囲気で彼と真面目に話し合いしなくちゃいけなくなるんだろうな。かと言ってなんでもない!と押し切ったところでそれで大人しく納得するような彼じゃないし。ズビッと鼻水をすすって手をもじもじと弄りまわす。それでも逃れることのできないテンゾウの突き刺さるような視線に私はすっかり困りきって、とりあえず間を持たせるためにじっとりとテンゾウと視線を絡ませてみ、る…?

ん?目を合わせた瞬間わかりやすく顔を赤くしたテンゾウはまっすぐに手を伸ばし、私のパジャマのボタンを迷いなく外し始めた。

「その潤んだ目で見つめられるの、ヤバいかも」
「うぇ?」

お上品のかけらもない声が喉から飛び出してきたのにも関わらず止まることなくボタンを外し続けるテンゾウに、ついに前が開けてしまったパジャマ。ついにお目見えとなった真新しい下着のホックに彼の手がかかるその瞬間、抱き込まれるようなその体勢から香るテンゾウの香りにくらくらと参ってしまいそうだった。

「や、なに、テンゾウ」
「明日も午後から任務だし、腰にも来るからさすがに今晩は自重しようかと思ってね。決心が揺らぐ前にさっさと寝たつもりだったんだけど」
「…」
「参ったな…やっぱり溜まってるし我慢できないかもしれないよ」
「テンゾウ」
「泣いてたのってもしかして僕がさっさと寝ちゃったせいかい?まさかコマチがこんな可愛らしい下着つけるくらいやる気満々だとは思わなかった」

パチン、と少し手こずった後ホックをはずしたテンゾウは、私の耳元に口を寄せた。生暖かい吐息に身体の力が抜けてしまったところに、君も僕も我慢してたってことだね、といやらしいリップノイズを響かせながらそう囁く彼の声。胸の内から嫌なことが何もかも消え去るくらい喜びで満ち満ちているはずなのに、さっきの勝手な自己嫌悪のせいで緩みきった涙腺から再び涙がぼろぼろ零れる。鼻水まで垂れてきた状態で、こんな酷くて醜い顏テンゾウに見せたら嫌われてしまうと必死に彼から顔を背ければ、テンゾウは私の両頬に力強く手を添えて強引にキスをしてしまった。



(恋する苦悩をおすそ分けしましょうか)