「さあ、イタチ!私の胸に飛び込んでおいで!」 暫し、嫌な沈黙。 さていったいどうしたというのだろうか。目の前で満面の笑みを浮かべながら両手を広げるコマチは馬鹿みたいに楽しそうで、何も言えず黙りこくる俺とはあまりにも対称的だった。何と言葉をかけようかと俺が迷う間にも二人の周りには寒々しい嫌な空気が流れる。 「ほらほら遠慮しないでー」 「…」 「この胸に飛び込んできなさーい」 「あるかないかも分からないくらいぺったんこのくせに」 「うっさい!」 途端に顔を真っ赤にして、セクハラだーと頬を膨らませるコマチ。本当にからかいがいがあると思う。あんなこともこんなことも済ませてるのにセクハラも何もあるかとほくそ笑みながら、彼女が騒ぎ立てるのをすっかり傍観者の気持ちで眺めていた。 「からかってるでしょ!」 「さあな」 察しがつかないわけじゃない。今日は俺の誕生日だからと、コマチが妙に意気込みご馳走を用意して陰気臭いアジトでまさかのどんちゃん騒ぎ。宴も終わり、後片付けを終えたコマチの部屋に赴き、さあオトナの時間だと思っていたところの、コレだ。大方、「今日は誕生日だから存分に私に甘えてね」だとかそんな意図だろが、それにしても何で彼女はこんなに勇ましく両手を広げるのか。まあ確かに、その解りきれないところがコマチの魅力でもあるが。 「もう、ほら早く来なさい!」 再び両手を広げるコマチ。いつもは甘えられる立場だし、たまには良いかもしれない。俺は一息置いた後、ゆっくりと彼女に近づき、その胸に飛び…こんだつもりだった。 「…」 「…」 身長差の問題だ。どう考えてもいつものように俺がコマチを抱き締め、包み込んでいるだけの状態だろうコレは。 「なんか、ごめんイタチ」 「…いや、別に」 さっきまでの威勢の良さはどこへやら、シュンとして哀愁漂わせるコマチの可愛らしいことと言ったら。このまましばらく抱き締めて…いや抱きついているのも良いのだが、な。 俺は堪らなくなってコマチを抱え上げ、ベッドへ横たえる。コマチは少し拗ねたような顔をして「結局こうなっちゃうんだね」と困ったように笑いながら小さく呟いた。 「これじゃあいつもとおんなじだよ」 「まあまあ」 「やっぱり私が素っ裸になってリボン巻きつけて『プレゼントは、わ・た・し』のほうが良かった?」 「…」 「じょ、冗談だよ!」 そんなやり取りをしている間にも、俺の手はコマチの服を脱がそうと世話しなく動いていたりする。これからの展開にほんのり顔を赤くするコマチがいとおしくてたまらない。嗚呼、別に良いんだコマチ、無理に俺を喜ばせようとしなくたって。俺はお前といつも通りに世間話をして、抱き締め合って、キスしあって、じゃれあえれば、それで良いんだ。 「さっき渡したプレゼント、開けてくれた?」 「ああ、髪を結う紐だろ?」 「毎日つけてもらえるからって思ったんだけど…やっぱショボすぎかも」 ベッドと彼女の間に手を差し込んで、壊れ物を扱うかのようにそっと抱き締める。一瞬不自然に硬直したコマチが恐る恐る俺の背中に腕を回し抱き締め返してくるのが面白くて思わず吹き出せば、遠慮なくバシバシと叩かれる背中。 「悪い悪い」 「…ばかぁ」 はんなり日和に乾杯 (そして俺たちはいつもと同じようにキスをした) |