ゆくらくら恋ふ | ナノ
×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -
09. 定めの玉梓

あれ以上二人っきりでいるのも憚られ、私は逃げるようにして一人で屋敷へ帰った。汗ばんだ身体にぬるま湯を浴びながら煩悩を振り払おうとしても、あの生々しい口付けの感触がどうしても頭によぎる。諜報任務で男性と寝ることだってあるのだから、私は生娘ではない。口付けの経験だってもちろんあるのに、何を今更こんなに恥らっているのだろうか。貪るような激しい接吻。いつだって澄ました顔をしたあの幼馴染からは考えもつかないような情熱さだった。まだ唇に感触が残っている気がして、何度も何度も性懲りもなく指を滑らせた。この唇が、彼の唇と触れたんだ――。幼い時のあの日、初心だった私たちがひそやかに行った幼稚な口付けとは違う。扉間の男としての性を垣間見た気がして体の奥底が疼いた。ああ、もう。未だ火照る下半身の感覚を情けなく思いながら、私は幾度となく頭から湯をかぶるのだった。



――そしてまだまだ残る暑さにぐったりと茹だり続ける季節。

「ん、…ふ」

扉間に唇を、口内を犯されながら、彼の肩を掴む手に力を込める。後頭部を大きな手で押さえつけられて、その唇から逃れることができない。いやまあ逃げようだなんて気は全くないのだけれど。

森の中での口付けから数週間、私たちの関係に特に進展はない。――というと語弊があるかもしれないが、とにかく心情的には何も進んでいないのだ。私たちは二人っきりになる場面をなんとか見つけ出しては、度々ひそやかに口付けを交わしてた。二人の間に沈黙が流れると、扉間が切れ長な瞳でじっと私を見遣る。私が恥じらいをなんとか押し殺して、その瞳に見つめ返す。するとそれを合図にしたかのように扉間が私の身体を引き寄せて、口付けが始まる――大好きな人と粘膜同士で触れ合う快感は得も言われぬほどのもの。定型化した手順の果てで情熱的に翻弄されながら、私はただただ瞳を閉じて扉間を受け入れていた。

しかし扉間はいったい何を考えて私に口付けるのだろうか。口付けの最中の射抜くような視線も、艶やかな手つきも、熱い唇も、何もかもがまるで恋人同士の素振りだ。だが、明確に「好き」だの「愛してる」だなんて言葉は言ってくれない。扉間が好きでもない女性に快楽だけを求めるような酷い男であるはずがない。だとすれば私に好意を寄せてくれているのだろうが、濃密な口付けを交わす仲になった今、なぜ好意を伝えてくれないのか。

こんな風に受け身で待ちかまえているだけの私は卑怯者だ。間違いないと思う気持ちがある一方で、万が一を考えると怖くてたまらない。取り返しのつかない事態になってしまったら――。私の唇をそっと舌で舐めた彼と至近距離で瞳がかちあった。ピントが合わずぼやけているけれど、ああ、その鼻筋の通った顔が愛おしい。思うがままに彼と睦み合える仲になれたのだ。例え中途半端と言われようが、もう扉間を手放したくない。一丁前の独占欲に背中を押されるように、彼の首後ろに腕を回す。ちゅ、と何度か可愛らしい音を響かせて、今度は私のほうから彼の唇にかぶりついた。



――その時。部屋の外、遠くからこちらに歩みよる気配を感じた。
私たちはどちらからともなく顔と身体を離し、唾液で汚れる口元を乱暴に拭った。じゃれあっていた壁際から、自分の作業していた座卓へと急いで戻る。丁度そのままになっていた巻物を手に取り目を通すふりをするが、もちろん内容なんて頭に入るわけがない。一言交わすこともなく、私たちは「いつも」の位置に収まった。

「おお!コマチも扉間と一緒にいたのか!」

遠慮もなしに戸を開けた柱間が、にこやかに私へと声を掛けた。私は平静を装いつつ淑やかに頷く。ちらりと時計を盗み見れば、今日の夕方から予定されていた集会の時間が迫っていた。柱間は扉間を探しにこの部屋に来たのだろう。

「ならば丁度良い。このまま俺たちと集会場へ行こうぞ」
「…一緒に?」
「もちろん!ほらコマチ、早くしないと遅れるぞ」

あっけらかんと柱間は言うが、実のところ出来れば遠慮したい。柱間と扉間、千手一族の頂点に立つ二人と肩を並べて公の場に赴くというのは、なかなかの重圧である。こちらの一族に戻ってきてから大分経ち、私はそれなりの役を任されるようになったけれど、この二人には程遠い。突き刺すような目線を感じるはめになることを思えば、彼らとは別々に行動したい。だがまあしかしそんなことを言えば、柱間は「何故俺たちを避ける?」と酷くショックを受けて例の落ち込み癖で私を困らせるだろう。いやきっとそうに違いない。こんな状況でわざわざ彼らと時間をずらすのも傍から見ればおかしなことだろうし、ここは我慢しようじゃないか。わたしは小さく小さくため息をついて、二人の背中を追いかけた。


「敵対国がうちはを雇ったから戦いに備えろ――今日の集会の内容はそんなところか」
「はぁ…いつの世も戦いか…。俺たちが子供のころから結局何も変わっておらん」
「うちはもうちはだ。あれだけ劣勢に至りながらも未だ楯突く気だとは」

真面目な内容の話を始めた二人。一介の忍なんぞが口出しするのも恐れ多くて、私は歩調をゆるめながら二人とわずかな距離をとった。すっかり乾いたくちびるをそっと閉じ合わせる。

「きっとマダラとその弟ぞ…。他の者たちは顔つきをみればわかる。これ以上の戦いを望んでる様子はない」
「兄者、いい加減マダラを仕留める覚悟を決めろ。あいつが居なくならない限りは戦乱のままだ」
「駄目だ!マダラなら話し合いを重ねれば、きっといつか分かってくれる。コマチもそう思うだろう?」

傍聴を決め込んでいるところに突然話を振られたので大層驚く。わざわざ後ろに顔を向けて、懇願するような瞳で私を見つめる柱間。味方を増やして扉間に反論するつもりなのだろうけれど、こんな真面目な会話の最中に他人に流されて、生半可なことを言うわけにはいかない。柱間の言うことは確かに現実味にかけることだが、長年平穏な世を夢見てきたその気持ちも痛いほどわかる、でも。わたしは困惑するように視線を彷徨わせた後、すうっと息を吸い込んだ。

「実の両親も、お義父上も、板間も瓦間もうちは一族に殺された。反対に私達も、たくさんのうちはの人々を殺したわ。今更、話し合いでどうこうできる次元じゃない気がする…」

つまり扉間の肩を持つ意見となってしまったわけだが、彼を恋い慕っているから贔屓したわけでは断じてない。あくまでも私の心からの意見である。人が殺め、殺められるにはどうしたって憎悪がつきまとう。私だって表に出しはしないが、大切な仲間を奪ったうちは一族のことを内心では酷く恨んでいるに違いない。ともなれば、うちは一族だって間違いなくそうだ。私達だってマダラの親兄弟を当然のように殺してきた。その憎しみを話し合いで解決しよう、というのは残念だけれど夢のまた夢ではないのか。

柱間はシュン、と肩を落とし前に向き直った。若干小さくなったその背中に申し訳なさを感じつつも再び口を噤む。やはり私がこの二人の間に入って口出しするべきではない。妙に乾いた喉の感覚に、わずかな咳払いをした。

「ともかくだ。他族との同盟の輪をさらに強めて、外からうちは一族を囲う。中から崩せないのであればこうするしかあるまい。そうすればさすがのマダラもいつかは折れざるを得なくなる」
「扉間…お前は相変わらずぞ」

若干拗ねたような口ぶりで呟いた柱間に、後ろでこっそり頷く。こんな戦乱の最中でえげつないだの卑怯だの言ってられないのも確かだが、扉間は相変わらず合理的というかなんと言うか。血のつながった兄弟でもここまで違っていて、また、ここまでバランスが取れているのは妙に感心してしまう。二人の大きな背中をぼんやりと見つめていると、幼いころに言い争った思い出がよみがえるようでそっと目を伏せた。



集会場にはまだ人もまばらで、私の気にしていた嫌な視線もそこまで酷く向けられることはなかった。上座に向かう二人から静かに離れて、部屋真ん中あたりに腰を下ろした。やがて一族の者も大分集まり、予定通り集会が開かれる。扉間の言うとおり、敵対国がうちはを雇ったために戦がひかえていること、相手方の状況を伝えられ、戦略や戦での役割を全員で練り上げた。もちろん正直に言えば戦は好ましいものではないが、忍である以上逃げ出すわけにはいかない。緩んだ顔に力を込め、どっしりと構える。今のうちから士気を高めていかなくては、勝てる戦も勝てなくなってしまうだろう。胸のうちににじみ出る気力に血の巡りを早くさせながら、私は話し合いの内容を懸命に頭へ叩き込んだ。


そして外は暗くなり、月が大分高くなった頃。内容もまとまり集会の終わりが見えてくる。例の戦までは大分日数に余裕があるから、いつもより満足に忍具の準備など整えておけるだろう――などと考えつつ、話し合いを取り仕切る爺様の声を聞いていた。すると突然「コマチ」と名指しで大きく呼びかけられた。

「あ、はい!」

私の役割もしっかり決まっているし、何故今更になって名前を呼ばれたのだろう。もちろん未だ集会の最中だ。皆が聞いているなかで、一体何を言われるのか。私は肩に力を込めつつ、目を見開いて向こうに座る爺様を見据えた。しわくちゃに垂れ下がった瞼の奥で、鋭い瞳に静かに捉えられる。


「うずまき一族からな、お前の嫁入りを希望する旨の書状が届いた」