ゆくらくら恋ふ | ナノ
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08. 揺蕩ふ舌

唇を重ねて間もなく、こちらに舌を寄越してきたのは扉間の方だった。間抜けにも半開きになっていた私の唇を割り、容易く口内に侵入したのだ。嫌ではない。むしろもっと彼と濃密に触れ合いたくて、性急にその舌に自分のそれを絡めた。唾液のぬめりに乗じてまんべんなく重ねる。その肉感的な感触を十分に堪能するが、身体の芯の渇きが潤うには程遠い。舌の先に力を込めて扉間のそれを掬い上げようとすれば、途端に形勢逆転。無遠慮に暴れまわる彼の舌にあれよあれよと場所を奪われ、私のそれは口の奥へ引っ込むはめとなった。その隙を狙ったかのように彼の舌が歯列をなぞり始めると、痺れにも似た快楽が私の身体を蝕み始めた。ぬるぬると滑るように歯茎を掠める度に、わたしは彼に掴まれている両手を小刻みに震わせる。

――何たる恍惚。
興奮で頭に血が集まっているはずなのに、何故だか自然と瞼は重みを帯びる。彼のされるがままになっていることが心地いい。このまま扉間に、大好きな幼馴染に何もかも奪われたって構わない。おぼろげになってきた意識の中でも扉間への執着は健在だ。扉間は私の口腔内を舌でなぞりながら、だんだんとこちらに体重をかけてきた。私の手首をつかんだまま、苦しくなるほど力強く木の幹に押し付ける彼。大きな木と大きな身体に挟まれる圧迫感でさえも、かけがえのないものだ。――私の身体を押しつぶしたっていい、だからもっともっと私にのしかかってよ。わずかな隙間もなく口がふさがれているために言葉にはできないが、せめて少しでも伝わるようにと、手首を掴む彼の手を導くようにこちらへ引いた。

「…はっ、…」

一瞬唇が離されたかと思いきや、扉間の熱っぽい吐息が降り注いだ。口元に艶やかなこそばゆさを感じて無意識にも身体を捻るが、再び彼に唇を奪われる。あっという間に舌で舌を捕えられ、くすぐるように翻弄された。ぬめりの中で確かに感じる舌の熱さがたまらない。こんなにも扉間の舌が熱いのは何故?気温が高いから?それとも私との口付けに興奮してくれてるの?極上の喜び溢れる疑問を認めた瞬間、むせ返るように込み上げる愛おしさに堪えかねて衝動的に彼を求めた。私の口内で好き勝手している彼の舌を押し返すように力を込める。仕舞いには互いに口から舌を出し、二人の顏の間で絡ませ合うようになってしまった。空気に触れているせいか、生々しい唾液のかおりが尚一層漂う。目を見開き、真下に視線を向ければ、赤い舌と舌が結ばれるようにうごめいていた。卑猥な光景。どうしよう、興奮しすぎて倒れてしまいそう。下半身が、下着の中が熱っぽく痺れている。うっかりしていたら情けなくもこのまま達してしまいそうなほどだ。

気が遠くなるような眩み。すぐ目の前から寄越される扉間の視線。彼は目を閉じることなく、切れ長な目元でずうっと私をみている。この火照る肌を射抜く視線すら愛おしい。扉間、扉間。好き、大好き。堪らなくなって彼の身体に力強くしがみついた。大きな大きな背中に指を這わせ、遠慮もなしにくい込ませる。やがて扉間は自分の舌を引っ込め、未だ口から出たままの私の舌をぱくりとくわえた。甘噛みするように上唇と下唇で挟まれ、時折奪いつくされるように吸われる。じゅる、じゅる。彼の口元から鳴るいやらしくて下品な音のせいか、いよいよ下着が湿ってきた気がする。紛うことなくいやらしい気分になりつつある自分を咎める理性は、もはやない。大きく口を開けた扉間に今一度唇を塞がれてしまったからと何とか鼻で呼吸しているが、酸素はまるで足りなかった。次第に意識が霞んできたって、まだまだ扉間が欲しくて苦しい。もっともっと、ちょうだい。



――その時、すうっと扉間の手が私の胸元を掠めた。

それが故意的な接触なのか、はたまた偶然なのかは分からない。ただ胸に感触を覚えたその瞬間、あんなにも火照っていた私の身体から熱が冷めていったのだ。頭の中に浮かび上がるのは、幼い日のあの出来事。嗚呼、あの時もそうだった。森の中で、修行の休憩中、二人で口付けして、それで、それで――。

胸の奥底から這い上がる様な不気味な罪悪感。背筋を不愉快に伝う冷ややかさ。不思議である。つい数秒前まであんなにも扉間に触れてほしくてたまらなかったはずなのに、今は恐ろしさすら感じていた。

「や、…いやっ」

本能のままに首を振り、扉間の唇から逃げた。はじめのうちは執拗に追いかける彼だったが、私の拒み方が本気のそれであることに気づいたのか、次の瞬間にはあっという間に顔を離した。私の手首を捕えていた扉間の手から、荒波が引くように力が抜けていった。彼がのしかかる圧迫感は消えたのに、身体の微かな戦慄きは無くならない。近距離のあまり今までぼんやりとしか見れなかった扉間の顔に、ようやくピントを合わせる。驚いたかのように微かに目を見開いている彼。あまりの申し訳なさに、慌てて視線を逸らした。

「あ、あの、ごめんっ。違うの、息が苦しくなっちゃって」

苦し紛れの言い訳に過ぎない。あんなに長い間キスを続けていたというのに今更息が苦しいなんて。扉間にはこんな嘘もちろん通用しないだろう。しかし正直に言うわけにはいかないのだ。「あの日」の場面が頭によぎって、堪らなく怖くなってしまっただなんて言えない。まして何故急に恐怖に駆られたのか、あまりにも漠然としていてはっきりと理由が分からなかった。一体、何故なのだろう。

そして長く重たい沈黙が、私の心を蝕むように辺りへ漂った。口付けに夢中になるあまり聞こえなかった周囲の音が、次第に鼓膜へと到達する。小鳥の鳴き声も木々のさざめきも、今の私にとっては森の音の全てがいとわしい。

「……すまん」

その静寂を破るようにして発せられた彼の言葉は、シンプルな謝罪の言葉だった。違う、違うの扉間。扉間は悪くない。彼の口付けは強引なものではあったが、わたしも十分その気だった。暗黙とは言え同意の上の行為だったはずなのに、急に私がおかしくなってしまっただけである。眉を顰め、目を伏せる扉間の表情に、種類の違う罪悪感が再び私を襲った。扉間にこんな表情をさせたかったわけじゃないのに――。


私は咄嗟に扉間の頭を両手で捉え、噛みつくような口付けをした。このまま逃げ帰ってしまったら、またあの頃の余所余所しい仲に逆戻りだ。それは絶対にいけない。それこそが私の一番の恐怖だ。

胸に触れられて恐ろしさに苛まれたのは、あの頃の過ちと同じ展開に、尾を引くトラウマが掘り起こされたからなのかもしれない。あのままなだれ込めば、私たちはこんな頼りない場所で互いの身体を愛撫し始めただろう。もしもその時、誰かがやってきて見つかってしまったら――。私も扉間ももう子供ではない。何かあったからと言って、幼い日のようにあからさまに互いを避けたりだなんて大人気ないことをしないことは分かっている。しかし万が一にでも最悪の展開を迎えるのは嫌なのだ。もうこの関係を手放したくはないのだ。だから私は拒んだのではないか。

だがしかし今のこの気まずい雰囲気はとても宜しくない。これでは本末転倒である。私は重苦しくのしかかる空気を散らそうと、懸命に扉間に口づけた。未だ彼の唇は熱い。何度も何度も啄んで吐息を零す。気が気ではなかったが、拒絶した私のことを忘れてもらえるようにと、その唇を心から堪能しているような素振りを続けた。もう一度彼の身体にしがみつき、ぎゅうと力を込めて抱きしめる。十分に時間をかけた後ゆっくり顔を離せば、ふたりの唇を繋ぐねっとりとした銀色の糸。私も扉間も口の周りは唾液でべとべとに汚れていた。

「何ていうか、心の準備ができてなかっただけ、なの。…びっくりさせちゃってごめんね、」

苦笑いを浮かべながらそう嘘をつくと、彼は眉根を寄せた。本当の理由に、気づかれてしまったのだろうか。その鋭い目元で見つめられていると本心を透かし見られそうな気がして、咄嗟に顔を背けた。どうか、どうかこのまま受け流して。口に出すわけにもいかず、心の中で必死に懇願する。

「コマチ」

すると名前を呼ばれたので顔を上げてみると、大きな掌で頭を撫でられた。未だやや険しい表情とは対照的に、幼子をあやすような柔らかい手つきである。先刻までの荒々しい欲情を感じさせない撫で方に思わず言葉を失っていれば、ふわりと穏やかに降り注ぐような口付けをされた。とびらま、と無意識に彼の名を呟くと、さらにもう一つ唇に啄みを寄越される。

私はこんなにも愛おしい人を拒んでしまったのか――。後悔と愛おしさが途端に溢れ返り、みぞおちの辺りでぐるぐると重く渦巻いていた。そんなやるせなさに堪えかねて、彼の胸に飛び込む。本当に本当に、大好きなの、扉間。彼の修行着を皺になるほど強く鷲掴み、雄大な熱っぽさに包み込まれてそっと身体を震わせた。何故か目元が水っぽいせいで、視界がぼやける。