忍少年と隠忍自重 079

「あ〜あ…もう終わりかよ…味気ねぇな」

『horn』の一人が陽気な声でつまならそうに呟きながら、既に動かない男を足先で突く。

しんと静まり返った工場内…気づけば、そこに立っているのは【horn】の男達と、『キング』…そして忍だけとなった。
暗闇で分かりづらいが、積み上げられた男達の残骸が床を占領し、血痕が所々に飛び散っている。
―――もはや警察沙汰の犯罪だ。普通の人間ならば、我に返って軽く青ざめるだろうが……ここに集まった人間は『普通』という言葉を知らないのだ。

「シゲさ〜ん、こいつ等思ったより骨無かったっすねぇ」
「シゲさんの出る幕じゃなかった見たいですよ?」
「つまんねぇな。前菜にもなりゃしねぇよ」

勝利の余韻に浸っているのか、若者たちは楽しそうに肩を揺らしあって嗤う。
木内の拳は血まみれで、その周囲には男達が重なってゴミのように積んであった。
興奮しているのだろう、木内の肩は上下に揺れている。

「―――安心、しろ……。メインディッシュは、これから、だ……」

ギロリと、そんな擬音が聞こえてきそうな睨みが、『キング』を射ぬく。
同時に、【horn】の若者達は血生臭さを漂わせたまま、暗黙の了解のように忍達を取り囲んだ。
それは家畜を囲う柵のようで、逃げられるような隙間はない。

想定内の事態であったため、忍や『キング』はそれに表情一つ変える事は無かった。
【horn】の連中は敵ではなかった。

―――しかし、味方でもないのだ。

囲まれた輪の中に、木内が入って来た。
冴えた刃のような鋭い光を含む双眸がすっと細まる。

「俺が、片付ける……。お前ら、見てろ……」
「分かりました!」

喧嘩は一対一がルール。それを忠実に守る【horn】は素直に頷いた。
その目が貫く先には、少し息が乱れている『キング』の不思議な笑み―――それを憎らしげに睨んで、木内こと『シゲ』は猛牛のように拳を振り上げて突っ込んだ。

しかし、その拳が『キング』に届く前に、『シゲ』の攻撃は目の前に立ちはだかる壁を前に止まった。

「―――……どういう、つもりだ」
「どうもこうももあらへん…。今はこないな事してる場合とちゃいますわ。これから後始末がぎょうさん残ってはるんや。いらん時間使こうてる暇はあらへんのよ」

忍は片手に片手を添える事で、『シゲ』の拳を包み込んで抑え込んでいた。
『キング』は満足しているように、不敵な微笑を零す。
まるで忍が間に入ってくると最初から知っていたようで、王者の余裕を思わせる態度は、【horn】の若者たちの不興を買った。

「てめぇ!邪魔すんじゃねぇ!!」
「引っ込んでねぇなら俺達が容赦しねぇぞ!ゴラァ!!」

縮んでいく円。しかし、『シゲ』は仲間達を軽く睨んだ。

「―――待て」
「で、でも!!コイツ!!」

「…」
「…。はい」

がっくりと肩を落として、【horn】の男達は無言で戒める『シゲ』に渋々従った。
この荒くれ者達を一言で動かしてしまう『シゲ』はそれを見届けて、忍を見下ろした。
ここに来て、『シゲ』が忍をしっかり見たのは初めてのように思える。

「…何故、止める。コイツのせいで、俺の昔の女……空<ソラ>が巻き込まれた…コイツぶっ飛ばさないと、俺の気が済まない……お前、関係ない」
「―――分かっとりますわ…。ほんまはウチかて一発ぐらい王様もバチ当たってエエかと思っとる」

「なら―――」
「せやけど…ウチ今は『王様の右腕』なんや…。もしも殴られそうになったら、間違いなく『右腕』はこないな風に受け止めるやろ……?」

『シゲ』はすっと眼を細めて、傷だらけの忍をじっと見下ろす。

「何故……」
「?」

「何故……『キング』を庇う。お前は、不本意に巻き込まれた、のに…」

忍は首を傾げた。



「そうだろ?―――……忍」



忍は正体がばれていた事に瞠目したが、それもすぐ微笑みに変わる。

「なんや。分かっとったんか?」
「…どんな姿をしていようと、眼を見れば、分かる…。赤眼だろうと、黒目だろうと、俺は…分かる。俺は、お前の『友達』だから」

少し辛そうに、『シゲ』は…いや、同じ学校に通う友達の木内は顔を歪めた。

「俺は、空<ソラ>の仇打ちに、来た。そして、お前を、助けに来たんだ…」
「…空はんから、聞いたんやな?」

「―――そうだ」
「…空はんは、無事かぇ?」

真剣な忍の眼差しに、『シゲ』は頷いた。

「俺の仲間が、保護してる…」
「そうかぇ…それ聞いて、安心したわ…」

心底安堵して、忍が深く息を吐き出した。

「―――忍、俺はお前と戦うつもりは、ない。道を、開けろ…」
「それはできへん相談や。さっきも言うたやろ?ウチは今、『キングの右腕』さかい」

「…どうしても、か?」
「どうしても…や。…なぁ、頼むわ。ウチがきっちり、連中に落し前つけさせるさかい。ここは見逃して欲しいんよ…」

「…―――そうか」

だが、突如木内の空いている手が、忍の細い手首を掴んだ。
忍は咄嗟に危険を察知して、一歩下がろうとしたが、手遅れだった。

「っ!?」

そのまま引っ張られて、軽い忍の身体が木内の方へ傾く。
その時、木内の目と合い、敵意が忍に向いている事を知った。

忍の腹に木内の膝が入ろうとしたが、その前に逆側からの強い力がそれを防いだ。
忍はその好機を逃さず、片足で踏ん張って木内の手を無理やり剥がして一歩退歩する。

「―――てめぇ…何しやがる…」

掴んだ忍の二の腕を引き寄せながら、『キング』が眉間に深い皺を刻み、木内を…『シゲ』を睨みつけた。
もし『キング』が反射的に忍を捕えていなかったら、間違いなく腹の溝に『シゲ』の膝頭は喰い込んでいただろう。

忍はまさか攻撃されるとは思っていなかったため、はんば放心状態だ。

だが、すかさず『シゲ』<木内>の眼が無防備に近い『キング』を捕え、何か仕出かそうとする不穏な気配を察知し、忍は指先を伸ばして木内の両目に触れようとした。
すると眼を潰されるとでも思ったのか―――『シゲ』は警戒して後ろへ退歩する。

「ふふ…。そないに驚かんでもええやん」

自嘲気味に微笑を零し、木内の顔ではなく【horn】の『シゲ』としての顔をする男を見つめた。

「―――お前の怒りはもっともやな…。空はん巻き込んだのは、ウチが原因でもある…。せやから、お前の拳も黙って受け入れるつもりや。けんど…」

忍は『シゲ』に対して、初めて敵意を向け、妖艶でいて挑発的な笑みを零した。

「もし『キング』を傷つけるつもりやったら、ウチは容赦できへんでぇ?」
「…」

少なくとも今は、『キング』の右腕となると決めたこの時だけは、譲れない。
これは忍の『プライド』である。

決して忍の意思は変わらないと分かると、『シゲ』の強面はますます固く、恐ろしいものに変わっていった。
刃物のように研ぎ澄まされた三白眼が、忍の身体を切り裂かんばかりに鋭い光を帯び、いよいよ空気は怪しくなる。

「―――俺は、必死になって、お前を助けに来た。お前が、酷い目に合ってると思って、心配もした…。必ず、手遅れになる前に…俺が助けようと、思った。…お前は、俺の『友達』だから…」

僅かに、『シゲ』の眼差しが揺らいだ。

「なのに、お前は俺の敵の、味方で…空<ソラ>の仇打ちを邪魔するんだったら、友達でも―――俺はお前を、許す訳にはいかねぇ…!!お前も俺の、『敵』だ!!」

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