忍少年と隠忍自重 078

「お前達が、ここで好き勝手にしてくれた、女は―――俺の、『女』だったんだ……」
「あ……」

後ろめたさも重なり、鬼のような形相をした『駆逐のシゲ』に怖気づいた男は、真っ白な顔で後ろへ下がろうとしたが、それよりも早く大きな手ががっしりと男の顔面を掴んだ。

「……アイツに、あんな事した償い……きっちり払ってもらおうか…」
「あ…あんたキングを袋叩きするために…俺たちを援護しに来たんじゃねぇのかよ…!!!」

ちらりと、一度木内の目線が『キング』に流れた。
そして、視線を戻す直前に木内は確かに忍も見た。

「―――舐められたもんだ…。俺達【horn】は一体いつ、日雇いのボディーガードになった…?俺達は、自分と仲間以外のために、動きはしない…。買う喧嘩は、俺達が決める!お前らのような虫クズなんざに、指図される言われは、ない!!!」
「ひっ……!!」

いつの間にか、忍達を取り囲んでいた若者たちの視線は、背後にいる男達に向いている。

「―――お前達に、俺流儀の礼―――」
「がぁっ!?」

木内の角ばった指先が、鷹のように爪を男の頭に食い込ませ、力のまま顔からコンクリートに叩きつけた。
人の頭はあんな音がするのか―――鈍い音が響き、男はピクピクと痙攣して、動かなくなる。

「返してやるよ………」

その場に、水打ったような重苦しい静寂が落ちた。
興奮に息を荒くする木内が、呼吸を繰り返す音だけが響く。
獲物を見下ろしていた木内の顔が持ち上がり、

「―――……俺達【horn】を利用しようとした、馬鹿な連中、だ…。容赦は、いらない……徹底的に、狩れ……!!」

それが『駆逐のシゲ』の号令だった。

「いやっほ〜い!!」
「よっしゃ!!!」
「任せて下さいっ!」
「とっとと終わらせるぜ!!」

待ってましたと言わんばかりに、『horn』の若者たちは歓声を上げて、次々と男達を沈め始めた。
忍達の事など既に忘れているのか、背を向けて振り返りもしない。
パイプなど武器を持つ男達に怯む事無く、『horn』の連中は拳と蹴りで敵を粉砕する。

「おめぇらただで帰れると思うなよ!!なんだしあの呼びだし。『キングが倒せるし金ももらえる…。これだけ良い条件を出してやるんだから来い』だと?俺達を舐めてんのか!?心底ド頭に来たぜ!」
「そうだ!!しかもシゲさんの元カノに手ぇ出したんだ!!―――俺達【horn】の身内に手ぇ出す事の代償は大きいぞ!!」

「ま、待ってくれ…!!し、知らなかったんだっ!俺達は何も―――ぐあっ!!!」
「―――はっ、それこそ『知らねぇよ』」

味方だと思っていた男が突如敵に代わるという急展開に、先ほどまで余裕顔をしていた連中は真っ青だ。
忍の肩の力が抜ける。まさかのどんでん返しに気まで抜けそうだった。

敵側の交渉は決裂―――自業自得の結末となり、終わりは何とも呆気ないものとなりそうだ。
純粋に、誇りと強さの為だけに戦う【horn】は正当な喧嘩屋の集まりだという事を認識した。

相当激怒しているのだろう。血眼で男の顔面に拳をふるい落とす木内もその仲間達の表情は笑ってはいたが、目がそれに伴っていない。

殴る蹴るの音。悲鳴と歓声に再び支配される。―――今度は加害者が被害者に代わって…。
残り僅かだった男達は『horn』の勢力を前に、ただ悲鳴を上げて崩れるだけだった。

もちろん敗北だと確信した男達は我先にと狭い入口へ逃げようとしたが、それを許すような【horn】ではない。
そして―――もちろんそれは忍だって同じだった。

「―――逃がさへんで……」

【horn】が逃しかけた男に向かって、忍は鋭く突っ込み、柔軟な身体をバネに手刀で撃沈させる。

「ぐぁ―――!」
「忍…あんま動き回るんじゃねぇよ。あぶねぇな……」

地面に倒れても、未練がましく忍の脚を掴もうとしていた男に、『キング』はトドメの一撃を腹部に与えて完璧に意識を沈めた。
熱で身体が怠いのだろうに、忍を追ってきた『キング』を見上げて、忍は苦々しそうに顔を顰める。

「―――お前、休んどきぃってウチ言うたやろ」
「なら、お前がここから動かなきゃいいだけの話だ」

背中を守ってやると決めたのだから、その約束は最後まで果たすのだと『キング』の少し虚ろな眼が語っていた。

「せやけど…」
「お前が働かなくても、暴力馬鹿の連中が喜んで撲滅運動に貢献してくれだろうよ」

二人の視線は自然と【horn】の連中に向く。
あれだけ眼の仇にしていた『キング』の事など眼中にないようで、【horn】の若者たちは競うように男達を袋叩きにした。
それはもう情け容赦なく、例え地面に崩れてもピクリとも動かなくなるまで―――もはや一方的な私刑<リンチ>だった。

「それに、どうやら連中にもコイツらを叩きのめす権限があってもいいようじゃねぇか。少しぐらい分けてやってもいいだろうが」
「……」

忍は少し俯いて想像してみた。
元恋人とはいえ、彼女の変り果てた姿を見て木内がどう思ったのか。
―――そんな事、荒ぶれる木内が全て証明している。

木内こそが空<ソラ>の無念を晴らすには最適の相手なのかもしれない。
そう判断して、忍は手を降ろした。

「せやな…」

その時、リンゴを握り潰すように片手で捌いていた木内<シゲ>と忍は眼が合った。
忍の瞳の奥に、激しい怒りを秘めた視線が貫く。
忍は木内に、空を巻き込んだ事を責められているように錯覚し、少し伏せ目になる。


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