忍少年と隠忍自重 070


「!?」

自分の元まで引き寄せて、更に深くその唇を塞ぐ。
純粋に驚いている朝倉が、機械みたいに硬直したまま動かない。
思いもよらない反撃に、動揺しているようだ。
しかし、それはつかぬ間の揺さぶりに過ぎなかった―――突如、不安定に浮いている忍の後頭部に、朝倉の手が回った。

「…ん?」

覗きこむと、淡々とした暗黒色の双眸に粘り気が混じっていた。
食い入るように忍を見つめてからゆっくりと目を瞑り、近すぎて焦点が合わなくなるまで深く唇が合わさる。
もちろん忍は目を剥いて仰天した。呼吸も忘れるほど、吃驚する。
何故、受け入れる。違う、そんなつもりで―――

「ちょっ…ぅん!!」

頭を抱えられた時点で、主導権の引導は既に朝倉が引き継いでいる。
暴れようとする忍を押さえつけるように抱きしめて、角度を変えながら、その行動は段々怪しくなる。
忍の唇を食すように覆い、甘い蜜を求めるように吸いつき、ちゅっちゅと、生々しい音が響く。

「はっ…ぅ…ん…!!」

忍の唇を割り、朝倉の舌が侵入した所で、最初に我に帰ったのは…。

―――ドスバギッ!!!!!

蹴飛ばす音と、殴り飛ばす音が響いたのはほぼ同時だった。

「馬鹿もんがっ!!!!そこは『キモイ』言うて飛んで離れるとこや!!!!!!」

忍の強烈な拳が頬に入り、朝倉の体は文字通り横に吹っ飛んだ。

「―――『次はねぇ』って言ったよなぁ、俺はよ…」

キングの後ろにいた若者は、まともに回し蹴りを腹に受けて崩れる。

その場に沈黙が落ちた。
朝倉の仲間達はあんぐりと口を開けて、それを見守っていることしか出来なかった。
一部は初心な餓鬼のように、目の前で起きた濃厚なキスシーンに未だ顔を赤く染めて、忍の濡れた唇を凝視している。
いきなりの形勢逆転に、対応できず案山子のように動かない。

「ほんま何考えとるん…!!信じられへんわ…!!」

眉間にしわを寄せ、二の腕で唇の皮が剥がれそうなほどごしごしと拭いながら、忍は即座に朝倉から距離を取った。
尻もちをついてひっくり返った朝倉は、無様にもぽかんと口を開いて、茫然としている。
まるで何が起こったのか、それがまったく分からなかったように。
鼻歌でも奏でるような調子で、忍を掌で転がし翻弄していたあの朝倉が、こうも簡単に不意打ちを食らった原因―――それほどまでに接吻(…)に集中していたという事だ。

朝倉の動きに細心の注意を払いながら後ろへ下がっているところで、二の腕を掴まれて引かれる。
振り返ると、そこには青筋を立てて静かに怒る、キングの綺麗な顔があった。
折られた腕の痛みさえ感じていないのだろうか。その表情には怒気しかない。

「てんめぇ…誰の許可得て野郎にキスしてやが―――」
「なんでお前に言われへんとあかんのや!!こんのド阿呆が!!!」

『キング』の低い唸り声を遮り、忍は雷親父のように怒鳴った。
『キング』のこめかみに青筋が浮かぶ。

「―――今、なんて言いやがった…?」
「あぁ!?阿呆に阿呆ゆーてなんがおかしい!?ほんまお前は阿呆か阿呆か阿呆のどれかや!!!!!恰好つけて登場したかと思えば、こないな怪我勝手にしおって!!!!うちはえらい怒ってんねん!!分かるかぇ!?こんの阿呆!!!!!!!!!」

まさかこんな風に怒られるとは思っていなかった『キング』は何故怒られているのか、それがまったく分からず、子供のようにきょとんとしていたが、その顔に引き攣った笑みが浮かびあがった。

「―――…思ったより元気そうだな」
「お前よりは数倍元気やわ!!!阿呆!!」

「…てめぇ…さっきから阿呆阿呆ばっか言ってんじゃねぇ!!」
「阿呆やから阿呆ゆーとるんや!!呆け!!!」

『キング』が一瞬怯んだように静止した。

「おい、さっきからなに八つ当たりしてんだ……」
「あーあ、そうや!!!!八つ当たりしてるわ!!!!でも、いつもお前がウチ困らせるんや!!!たまにはウチがお前を困らせてもバチは当たらへん!!!日頃の鬱憤、晴らさせてもらいますわ!!!!」

「チッ…お姫様はだいぶご機嫌斜めってか…」
「誰が姫や!!」

ギャーギャーと吠えている間に、男達はようやく事態の急変に我を取り戻せたようだ。

「あいつら逃げるつもりだ!!」
「と、とにかく絶対に逃がすな!!」

奇襲を仕掛ける蜂のように、一斉に群がる男達。
忍は嫌そうに目を細め、キングは忌々しそうに舌打ちする。

言葉を交わした訳でもない。視線を合わせた訳でもない。意思疎通ができる訳でもない。

―――それでも忍とキングは互いの背中を合わせた

まるで互いで互いを守るように…
死角の無い二人に、男達はじりじりと輪を縮めていく。
タイミングが掴めないのか、襲いかかってくる気配はなかったものの、油断はできない緊迫した雰囲気だった。

「なんでや…」
「あぁ?」

小さな忍の声を拾って、一度だけキングは視線を後ろへ投げた。

「なんであいつらにどつかれても、なんもせーへんかったんや…」

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