忍少年と隠忍自重 061


―――朝倉…!!

いつ戻って来たのか―――この計画の首謀者である男が、忍を組み倒していた。
忍は上半身が完全に取られているから、両足でコンクリートを這ったり、無理な体勢で蹴りを入れようと試すものの、朝倉はそれを朝飯前とばかりに封じてしまう。

それがショックだった。

愕然とした。

―――忍は自分が比較的強い分類である事を自負している。
決してそれを鼻にかけている訳ではないが、こうもあっさり『一般人』に負ける事が、信じられなかったのだ。

「はっ…ぅ…離し…ぃ…!!」

こんなにも必死になったのはいつぶりだろう。
しかし忍がどんなに暴れようと、朝倉の呪縛が解かれる事はない。
終いには、首筋に何か冷たいモノが辺り、はっとして忍は動きをピタリと止めた。

「ほら、暴れないで、忍クン。綺麗な肌に傷がつくよ?」
「っ…!!」

「さすがにね、もうこれ以上は暴れてもらう訳にはいかないからね。大人しくしてもらうよ、忍クン」

こちらはこんなにも必死になっているというのに、朝倉は特に痛みも感じていないように飄々としている。
朝倉の息が忍に降りかかるまで顔が近づき、忍は息を詰めた。

「藤堂はどこへ行ったのかな―――忍クン、知ってる?」
「さぁ…どこぞへでも行ったんやろうなぁ」
「ふ〜ん、そうか…。でもいいや、別に。忍クンがここにいれば何でも」
「…」

仲間であるはずなのに、どうでもいいというのか―――。
ここにいる連中はどうにも団結力も絆も無いようだ。
まるで薄い紙切れのような関係の集まり―――だからこんなにも脆い。

だが、この男だけは…別格だ。

ちらりと視線で辺りを見渡せば、叶わない敵に立ち向かう勇気はないのか、最初からいた男達は唸りながらも尻尾を巻きつけて怯えている。
更に、扉から見慣れない男達が現れ、周りで転がっている仲間を見て絶句していた。
恐らく朝倉についていった仲間の一部だろう。
血濡れた地獄図に、顔を強張らせている。

「な、なんだこりゃ…!!」
「おいおい…知らねぇ間に何があったんだ…?」
「んなっ!?あの餓鬼誰だ!!人質は!?」

始末する獲物が更に増えた。
どうしてこんなに人が集まる。たかが『キング』一人を捕えるために―――それほどの影響力があの男にあるというのだろうか。
これでは、当初の計画を改めなければならないと忍は思った。
こんな人数、『行方不明』にするには多すぎてしまう。
朝倉の『念のため』に用意した準備は妥当だったという訳だ。

―――ああ…何もかも、上手くいかない…!!

神経を男達に向けていた忍は、頬に触れる冷たい指先に、視点を朝倉に戻す。
二人で寝そべるようにして体をくっつき合い、呼吸も肌で感じるほど近いのだ。これを意識せずにはいられないだろう。
騒がしくなっていく周囲―――しかし、忍と朝倉の空間だけは遮断されたように静かに感じられた。

「それにしても、忍クンは変装してたんだね。驚いたよ」
「うちにはあんたが驚いたようには見えんかった」

「いいや。すごく驚いた。―――びっくりしすぎて、5秒も放心してた」

友人にでも話すように朝倉はカラカラと笑った。
やはりあのナイフを投げつけたのは朝倉だったか。
ただただ、忍の中に朝倉に対する警戒音が止まない。
忍は会った時からこの男の薄気味悪さを感じていた。

―――嫌悪と言ってもいい。

漆黒の髪と漆黒の目。団子鼻に一重という日本人にしては一般的な特徴。
髪の長さも清潔さを保って短く整い、髭も生えていない。装いは黒いコートとジーパンという、一見は普通のどこにでもいるような男に見える。
町の中で遭遇しても、気付かない。
視線が合っても、そらせば直ぐに忘れてしまいそうな容姿だった。
しかし、近くで見るからこそ感じる『違和感』―――何か危険な香りを漂わせている。
それはこの状況の中でも、微笑んでいるから、尚更そう感じるのかもしれない。
血濡れた忍の姿を見て、朝倉は困ったような顔で首を傾けた。

「本当に、驚いた。その目の色、髪も長い方がやっぱりしっくりくるね。…それに、君には『赤』が良く似合う。だけど、その顔の怪我はいただけない。せっかく綺麗な顔なのに」

威嚇してくる男達とは裏腹に、朝倉は上機嫌な声のトーンで忍に話しかける。
朝倉は、忍の変装が解かれても特に驚いた様子はない。ただ、やけに嬉しそうだ。

「そういえば、他の子達は?…扉が開けっぱなしだったし、もしかして忍クンが逃がしちゃったの?―――…でも君は残ってくれたんだ。もしかして、俺達のためかな?」

忍にとっては挑発に近い言葉の数々に、ぐっと深く眉間の皺を寄せたが、直ぐに冷笑を浮かべた。

「せや、うちはおまえを待っとた…」

―――お前を一番酷い目に合わせてやるために…
だが、そんな忍の皮肉さえ気付いていないのか、気付かぬ振りをしたのか、朝倉はぱっと明るく表情を変えた。

「本当に?俺を待っててくれたの?それは嬉しいなぁ」
「…っ触るなっ」

首に回った指先がつーと、首筋の脈を辿るように撫でられ、忍は嫌悪感に顔を顰める。
少し首を捻っただけで、ナイフの刃が当たり、痛みが走った。
痛みと怒りの衝動に体を震わせる忍の顔を眺めながら、朝倉は子供に言い聞かせるように優しく囁く。

「大丈夫。殺すのは簡単だけど、君は殺さないからそんなに怯えないで。―――だって『キング』を釣る大事な人質だもんね」
「っ!!」

朝倉が平気で『殺す』と言って、それが本気であると知っても、忍は特に驚かなかった。
やはり『ただ者じゃない』と警戒するよりも、込み上げるマグマのような怒りに目は熱くなる。

なんたる、くつじょくだ…!!

お前など簡単に殺せるような、簡単な存在だと言われた事が、自覚しない所で忍のプライドを傷つけた。
傷ついたような顔を強張らせる忍が、体を震わせながら殺気立ってくると、いよいよ朝倉は声を立てて笑いだす。

「―――…怒った顔も綺麗なもんだね。だけど、血に染まる君はもっと綺麗なんだろうな。そう思うと、もっと君を血まみれにしてあげたい。この白くて薄い肌を切り裂いてしまえば、きっと綺麗な赤い花が…ん、いい香りがする」
「…っ」

犬のようにクンクンと首筋の匂いを嗅がれて、ぺろりとナメクジのような軟体に触れられ、忍は本気で鳥肌を立てた。
振り払って蹴りの一つでも入れてやりたいのに、何も出来ないこの状況が許せない。
再びもがいてみても、やはり無駄な足掻きだった。吊りあげられた魚のように、口をぱくぱくさせながら小尾を振るしかない。
知らぬうちに唇を噛みしめ、血が滲んできた事も気付かない。

「あはは、悔しそうだね。忍クン。俺を殺せなくて悔しい?―――いいね、その目。俺を殺したがっている」
「…っ!!」

思わず首を持ち上げかけて、刃物が少し皮膚に食い込んだ。
血が流れていくのを自覚する度、体が重くなる。

「けど、君には無理だよ。どんなに頑張っても、君は俺を殺せはしないさ。―――『いつも』そうだっただろう?」

最後は耳元で囁くように。
その言葉に違和感を覚え、忍はぴたりと硬直した。

「―――は…?」


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