忍少年と隠忍自重 038


≪よう≫
「…」

気軽な挨拶に、忍の顔に険が潜む。

≪お前、なに簡単に捕まってんだ≫
「―――俺にも事情が色々あるんですよ」

≪ほう…≫

受話口で、『キング』が細く笑む気配がした。

≪だったら、その負け惜しみの言い分を聞かせてもらうか…≫

忍は何も言わなかった。
ただ黙って、目を少し伏せる。
『キング』の笑っている気配が消えた。

≪―――相当、状況は悪いみたいじゃねぇか≫
「ええ…」

≪スタンガン食らって気絶してやがったようだが、それ以外で『世話』になったか?≫
「いいえ。…この糞みたいな連中にとって、最上級の御もてなしをしていただいてますよ」

忍の皮肉には、強烈な怒りが籠っていた。
『キング』は沈黙した。
それから、重々しい声音で彼は忍に尋ねる。

≪―――何か言いたい事は?≫
「あんたのせいで俺以外の被害者が出たんです。尻拭いは自分でしてください」

苦笑する気配がした。
しかし、『キング』の余裕に満ちた態度が、崩れる事は無かった。

≪素直じゃねぇな。―――もっと俺をその気になるような台詞の一つや二つ聞かせてくれりゃ、俺としては気合が入るんだがな……?≫

忍は深く…深くため息をつく。
視線だけで、体も精神も疲れ果ている少年少女達を見て、忍は目を伏せる。
それから、震える瞼を持ち上げた。
決意を込めて、はっきりと澄んだ声で、忍は告げた。

「―――助けて、欲しい」

満足げに、細く笑む気配がした。

≪…イイ子で待ってろよ≫

今まで聞いたことが無いほど、穏やかで優しげな声だった。
もう伝える事は無い。

「あれ…?終わりかな?」

朝倉は忍から受け取った携帯に耳を当てる。

「―――それじゃ、待ってるよ?」

鼻歌でも歌いそうなほど、朝倉の声は弾んでいた。
朝倉の上機嫌な様子で、大体の状況を悟ったのだろう―――男達は意地悪い笑みを浮かべる。

「さぁて。そんじゃ、王様が来てくれるまで、ゲームの続きでもするかぁ」
「朝倉さんもどうです?一緒にやりませんか?」
「いや、色々準備しないといけないからね…」

「はははっ!!大丈夫ですよ!!こっちには人質がいるんですよ?」

ちらりと、男は忍を見る。

「―――わざわざ自ら来るぐらいですから、こいつさえいれば他は必要ないですって」
「そうそう。別に仲間引きつれて来ようと、こいつさえいれば…」
「―――まぁ、備えあれば憂いなしってね」

朝倉さんは慎重だなぁと、男が笑う。

「おい、藤堂。『キング』さえ片付ければ、あとは好きにしていいんだぞ?」
「…は?」

「そんなに落ち込んでるなって!!落とし前はそれから払ってもらえばいいだろ?―――俺の方が優勢だってそいつに教えてやれって」

にやにやと、男が残酷に笑いながら忍を見る。
一瞬こそ何を言われたのか分からなかった藤堂は、忍を見て、一度唾を飲み込む。

「よ、よし…。そうだな!!」
「おう!!元気出せ!!」

「うっせぇな!!ちょっと腹いた起こしてただけだ。俺は別に…」
「はいはい」

すっかり『キング』が来ると言う事に酔った連中は、再び各場所へと戻って行った。

「―――てめぇ…あとで覚えておけよ…」

すっかり強気に戻った藤堂は、無事である手で忍の顎を指先で上向かせる。
自分が優遇であると信じて疑わない、傲慢な目が忍を睨んだ。

「その顔も歪ませて、指も全部折ってやる。俺に逆らえばどうなるか、その身にたっぷり教えてやるからな…」
「…」

上機嫌に、藤堂は鼻を鳴らして、荒々しく忍から手を引いた。

「おい、お前らしっかり見はっとけよ。健太と同じ目にあいたくなかったらな…」
「「…」」

藤堂に睨まれて、監視を担当する元<ゲン>と律<リツ>の二人は俯いた。
顔を恐怖で青ざめさせる二人を見て、それに満足したように藤堂は鼻をまた鳴らす。
そのまま胸を張って、仲間達に元へ戻っていく藤堂を、忍は睨み続けた。

忍の周りはまた静寂に包まれる。
前よりも空気は一段と重くなり、沈鬱そうに下向く少年少女達。
その中で、忍だけはその雰因気に染まりはしなかった。
連中は『キング』だけに喧嘩を売ったと思っているようだが、それは大きな誤りである。

(おけんたい<もちろん>、落とし前はきっちり払わせてもらいましょか…)

怒りではなく、絶対の意思を持って、忍は力を失った若者達を見た。
忍の視線を感じて、身動きも出来ない少年少女達は、つられる様に、自然と忍の方に視線を向ける。

「し…忍…君…?」

ただならぬ気配に、後輩達は、怪訝そうに―――空は、不安そうに顔を曇らせる。
全員が注目したところで、忍は声を潜めて、宣言した。

「―――君達を、ここから逃がす」

―――『キング』が来る、その前に…

誰かの息を飲む気配が、した。

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