忍少年と隠忍自重 023

「海藤……?」

真冬の冷たさ以上の、冷え切った目。
あの、人を温かさで包み込む元・生徒会長の気配なんて、程遠い。
海藤は忍に近づきながらも、決して忍を見なかった。
海藤の視線はまっすぐとコウを射抜く。

「へぇ。お前―――そういえばこの学校だったけ?」

まるで知り合いに話しかけるように、コウは海藤にそう言った。
―――ただし、あまり良い関係ではないようだが。

どちらにしても、忍は彼らが『顔見知り』という事に驚いた。

「……」
「うわっ」

海藤は忍の手首を掴んで、強引に引っ張ると自分の背中に隠した。
自然に、海藤の背中に忍の身は守られる形になる。
忍の肩を掴んでいたコウは、その反動で手が外れて、それでも黙ってそれを目視していた。

「…わが校の生徒に一体何の用だ。不祥事を起こすようであれば、警察を呼ぶぞ」
「―――警察ねぇ。まさか、お前からそんな言葉聞くなんて」

「今なら見逃してやる。―――二度とここに来ない事を条件に、だがな……」

コウが冷笑する。
その目は完全に怒に染まっていた。

「お前にそんな事を指図される覚えはないね」
「指図?俺は命令なんてしていない。これは警告だ」

「そんじゃ、その警告を無視しようかな」

その時、コウと隣にいた『ガイ』が、今にも切って落とされそうな冷戦に首を突っ込んだ。

「おい、コウ。いったん引き揚げるぞ。事を荒げるなって、きつく言われてんだろう」
「―――どうしても追い出したいんだったらさ、いつもみたいに『制裁』とやらで僕ちゃん達を蹴散らせばいいだろう?」

コウは相方の言葉をさえぎって、尚も海藤に食ってかかった。
忍はその言葉に眉を寄せた。

「一体何の事だ。貴様の言っている事は理解できない」
「……へぇ、そっか。しらを切るつもりなのかぁ。そりゃ、言えたもんじゃないよね。優等生クン」

海藤は顔色一つ、柳眉一つ動かさなかった。
猛獣のような凄味を帯びた目で、尚も海藤は怯むことなく挑んだ。

「去れ」

その時、校舎内から騒がしい声が聞こえてきた。
恐らく、学生の誰かが気を利かせて教師を連れてきたのかもしれない。

状況はこのままでは進展しない。
もしくは悪化する一方だと分かったのだろう。

コウは疲れたようにため息をついて、名残惜しそうに忍を見た。
しかし、その視線さえ許さないと、海藤が自らの体で遮る。
完全に忍からコウは見えなくなり、相手からも忍は見えない。
ちっと、コウは鋭く舌打ちをした。
それは憎悪さえ含んでいる。

「行くぞ、コウ」
「……ああ」

荒々しく踵を返して、コウと『ガイ』は一度もこちらを振り返ることなく去って行った。
忍と海藤は、しばらくその背中を目で追っていた。

「おいっ!!お前たち!!」

入れ替えで、若い体育教師が慌てて走ってきた。
一時間目が体育なのか―――上下ともスエットの白いジャージを身に着けていた。(いや、いつも同じような格好をしているような気もする)

「どうした?……何かされたか!?」

体育教師は恐る恐る尋ねてきた。

「それが―――」
「いいえ」

忍が振り返り、何かを言うよりも早く、それを遮って海藤が穏やかに笑みさえ零してそれに対応した。

それもちゃっかりまた忍をその背中で隠して。

どうやら、ここは任せておけとの、海藤の気遣いらしい。
素直に、大船に乗ったつもりで任せておこうか。

「もう大丈夫です。ご心配をおかけしました」
「そ、そうか。それならいいんだ。しかし、他校の……それも高校生が一体何をしにこんな所に……」

「どうやら人を探していたらしいですよ?」

途端に、さっと体育教師は顔を青ざめさせた。
過去に鬼ヶ原高校の生徒による暴力事件で、ここの生徒たちが被害者になった経験がある。(それが新聞記事になったことも)

―――それも、何度も

そのため、教師たちは生徒たちを守るために、鬼ヶ原高校の生徒に対しては過剰に反応してしまうようだ。
信任して2年目のその先生はおろおろしながらも、しっかりと頷いた。

「そ、それはいかんっ!!―――校長の方に報告を……」
「もう大丈夫です」

「は?」
「俺が彼らの用事を聞きました。…解決もしたようなので、大丈夫だと思いますよ」

こちらが安心してしまうような、そんな微笑みを零して。
海藤は確信さえ伺える口調ではっきりとそう言った。

忍は思わず海藤を見た。

しかし、海藤がこちらの視線に気づいていたとしても、振り向く事はないだろう。

―――そんな事を言って、大丈夫なのか

周りでこっそりと様子を見ていた生徒たちも、目の前にいる体育教師もそれを信じたようだ。
安堵さえ伺える、緩んだ表情になった。

深々と、体育教師は息をついた。

「そ、そうか。それなら良かった」
「はい」

こうして、朝からの小さな事件は幕を閉じた。
事件はこれで確かに終了したが、放課後になるまで持ち切りの噂があった。

―――前・生徒会長が一人の生徒を守るために、勇敢にも立ち向かった。

『さすが生徒会長。やる事が違う』
『俺あの時見てたんだよ、話しかけるどころか眼さえ合わせられない。だっていうのに、生徒会長はそれに喧嘩売ってたんだぜ!!』
『会長かっこよかったよ〜。なんか、あたしもあの背中に守られて見たいな、なんてね!!』
『あははっ。分かる分かる。なんか白馬の王子様って例えがあるけど、会長ってほんとその言葉がぴったりな人だよ』
『俺、偽善ぶってる嫌味な野郎だって思ってたけど、今回で見直したわ〜』

彼の正義感。仁義。それらすべてが賛美された。
海藤に対する株は、生徒会長に当選されて以来の右上がりとなったのだった。
しかし、周りに押し上げられる海藤は、生徒たちに何か言われるたび、苦笑しながら言ったものだ。

「―――俺を正義の味方と勘違いしてないか……?」

そんな大それたもんじゃないというのに。

海藤はちらりと忍を見た。
この状況をどうしたらいいと、まるで忍を頼って問いかけるように。
むろん忍はそれに苦笑を洩らすしかなかった。


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