忍少年と隠忍自重 014
◇ ◇ ◇
「相変わらずサボってんのか?」
どこか上機嫌な声に反応したのは三人。
「「「あぁ!?」」」
自販機の前の、冷たいコンクリートに円陣を組んで座り込んでいる。
それは先ほど忍に絡んだ後輩達だった。
ただでさえ成長期ゆえの空腹と冬まじかの寒気に苛立っているというのに、獲物を横から奪われただけではなく、何とも不格好な撤退を余儀なくされた彼らの機嫌は悪い。
―――そもそも相手が悪かった。
まさか鬼ヶ原高校の生徒と遭遇してしまうとは。
鬼ヶ原高校の生徒は、彼らからしてみれば尊敬にも値する名も顔も素性も知らない先輩たちである。
生徒の大半は悪名高き、喧嘩っ早い男達ばかりが揃っていて、そしてそんな男に惚れ気のある極上の女たちが集まっているとも聞いた。(校内でセックスもでき、体関係だけのセフレも作れるとか)
―――将来必ずあの学校に入ると、そう決めている三人である。
情報収集はもちろんだが、しかしそんな事をしなくても鬼ヶ原高校の噂は嫌でも耳に出来た。
なんでもあの学校には憧れの『horn』と呼ばれるチームの総長がいると聞いている。
実は『horn』に入ることが彼らの目標でもあった―――三人にとって、それが強い男の証だと信じて疑っていないからだ。
「おい、どうしたよ。なに呆けてんだ。健太。おれを忘れたかぁ?」
その三人が見つめる先には、中古と分かる黒の車に乗る若者が、気さくに手を振っている。
「あぁ!?藤堂先輩じゃないっすか!!」
―――健太…と呼ばれ、三人の内の一人が懐かしそうに声を弾ませて立ち上がった。
車に乗っている男の傍まで駆け寄る。
「おう。久しぶりだな」
「髪の色変えたんですね。それに髪型も。お元気そうでなによりです。―――ちょっと痩せました?」
それから、その藤堂と健太は話しを弾ませて話し始めた。
取り残された二人は顔を見合せて、なるべく自分影を薄く見せるように静かに話す。
「おい。元<ゲン>。あの厳つい先輩誰だ…?」
「ああ…。藤堂先輩だよ。律<リツ>は引っ越してきたからしらねぇんだろうけど、同中のOBだよ。暴力事件起こしてから学校来なくなったんだけど…。俺あの先輩あんま好きじゃねぇんだよなぁ」
元と呼ばれた若者の目元がどこか引き攣っているように見える。
楽しそうに会話を弾ませる藤堂と健太を見つめながら、声を潜めて律にこっそりと教えた。
「あの先輩さぁ、少年院に入ってたんだわ。つい最近出てきたようだけど…」
「うわ〜。そいつはおっかねぇじゃん!!。アイツ<健太>そんな奴の事慕ってんのか?」
「兄貴の友人らしい」
「…で、どんな事件起こしたんだ?」
「―――強姦。A大の美人女子大生を薬漬けにして男3人で廻したんだってよ。しかもその女子大生、顔ボコボコにされたんだってさ。…噂じゃ妙な性癖のある、あの藤堂先輩がやったらしいけど…」
二人の視線が一斉に楽しげな会話を続ける噂の男を見る。
短い金髪に、顔じゅうにピアスを拵え、笑っているが、ギラギラと光る鋭い目つきを見ていると、どうも胡散臭い。
本能が『近づくな』と警告を発していた。
「なぁ、あいつ<健太>大丈夫か?」
「…」
悪い事を平気でする後輩達も超えてはいけない一線ぐらい弁えている。
その一線を越えた犯罪者など、到底関り合いたくはない。
ふいに驚いたような健太の声。
「え?手伝い、ですか?」
「ああ。そんなあぶねぇ事じゃねぇよ。ただ、見てればいいんだ。そうだな、日給五万ってとこでどうだ?」
「五万!?」
健太の眼を向いて驚くその声に、ぴくりと二人が反応した。
「おいおいおい…、なんかやばくねぇか?」
「…五万だってよ」
健太はおいしい話の裏が突っかかるのか、顔を困惑させた。
いつだって気の強さだけは三人の中でダントツの健太が、である。
「は、はぁ…」
「大丈夫だって。俺が友人の弟君をそんな危険な目に合わせたりしねぇよ」
「いや、疑ってた訳じゃないんですけど…」
「はっはっはっ!!そんな縮こまって何言ってんだよ。―――それで、よければだけどさあと二人ぐらいいれば心強いんだけど…」
そう言って、藤堂はこちらを向くのである。
びくりとの二人の体が跳ね跳んだ。
何か縋るように、意見を求めるかのように健太が見つめる。
お願いだ、一緒にやってくれと、顔に描いてあるようだ。
慌てて二人は立ち上がった。
「ハッ!?あ…お、俺たちもっすか?」
「―――健太の友人たちなら安心して仕事を任せられろうだ。お前らにも五万ずつ出すからよ。この通り、頼む!!」
そう言って両手を重ねて、完全に頼みこむように頭を下げる。
慌てたのは二人だ。
思わず喉が鳴るような金額と突然の事態に勢いよく頷いていた二人である。
―――後に、この三人は己の考えが甘かったと後悔する事となった。
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