忍少年と隠忍自重 012

「あつあっつ!…―――ふぅ〜!やっぱここのタイ焼きは最高だ」

忍の通う珠子中学と程近い所に、学生に人気の屋台があった。
その屋台は無口な中年のオヤジが、おいしいタイ焼きを焼く事で評判である。

―――なんでも、10年前からあるらしい。

王道である粒あんのそれを、男は美味しそうに頬張っている。

「しかしここの味は変わらないなぁ。2年前と同じ味がしやがるぜ」

その言葉からして、おそらくここが地元なのだろう。

まじまじと忍はその顔を見つめる。
この男もなかなか整った顔立ちをしていた。
気さくな性格がそのまま滲み出て、好感が持てそうだ。
きっとどんな人見知りであろうと、彼であれば一言でも二言でも緊張することなく自然に話せそうな気もする。

「いやいや。サンキューな」
「…『恩返し』なんで、礼には及びませんよ」

食べることに夢中になりながら、相手は忍に尋ねてきた。

「お前『珠中』の生徒だろ?」

珠中―――つまりは『珠子中学』の略語である。
忍は曖昧に頷いた。

「ええ。まぁ…」
「お前の学校にさ、長い黒髪で関西弁喋る男、知らないか?」
「…」

忍は沈黙する。
それから小さく首を左右に振った。

「…いいえ。そんな人、うちの学校にはいませんよ」
「―――だよな。普通そんな怪しい奴いないわな。…いやいや、悪ぃ。ちょっと人探ししてたんだわ」

(怪しい奴…)

それが自分の事と認めた訳ではないが、大変不愉快である。

「そうなんですか。…見つかると、いいですね」

わざとそんな事を言ってみる。
男は「ありがとな」と再びニカリと笑い、最後のタイ焼きのしっぽの部分を口に押し込んだ。

「俺。もう帰ります」
「ああ。引き止めて悪かった。しかも見ず知らずの相手に奢らせちまったしな…。ごちそうさん」

「いいえ。助けていただいたのはこちらですから。お粗末様です」
「最後に一つ、いいか…?」

忍が踵を返したところで再び男が忍を呼び止めた。

少しばかり、心臓の音がうるさい。
根拠も何もないが、何故かこの男の眼は何でも見通してしまいそうな気がしたのだ。

振り返ってみると、男は両方のズボンのポケットに腕を突っ込んで、立っていた。
何か探りを入れてくるような黒い眼が、忍の顔色を窺うように覗き込む。
忍は思わずそっぽを向くように顔を背け、視線を断ち切る。
やっぱり―――この男の眼差しは真っ直ぐで濁りが無く、心の内を見透かされるようで、油断が出来ない。

けれどだからと言って顔を背けるのは、どうにも怪しいだろう。
失敗した―――と思っても、既に後の祭りである。

「なぁ、眼鏡」
「…。はい?」

笑って、男はこんな事を言ってくれた。

「お前、結構綺麗な顔してるんだ。そんな眼鏡は止めてコンタクトにしてさ、その重そうな髪整えたら幾分かマシになると思うぜ?」

最初こそ何を言われたのかを理解出来ず、珍しく呆然としてしまった。

―――なんだ…。気のせいか…

そっと息をついて忍は、なるべく自然な笑顔を無理やり作った。

「―――考量してみます」


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