忍少年と隠忍自重 010


下級生達にはまだ授業がある中、最上級生の三年だけは、早い放課後になった。

―――ただしそれは『就職組』だけの話しである。

その他―――つまり、高校へ進学する『進学組』は、これから試験対策用の特殊カリキュラムが組み込まれ、授業が残っていた。
忍は進学する気などさらさらなく、久しぶりに早く帰宅が出来ると喜んでいたのも束の間―――校門からではなく、東門から出たところで忍は立ち止まった。
冷たいコンクリートに円になって座り込んでいる柄の悪い生徒と、目が合ってしまったのが運のつきとなる。

「ねぇねぇねぇ先輩、せーんぱいっ!!俺たち、先輩にお願いがあるんだけど」
「俺達今すんげぇのど渇いててさ」
「後輩思いの先輩なら、俺達に快くお財布貸してくれますよね?」

―――まぁ先輩の事よく知らないっすけど…

ぎゃはははっと、一体何が面白かったのか―――目の前で忍を取り囲む連中は面白おかしく笑う。
人工的な髪の色。ピアスや、着崩した制服。
そして図体だけは立派な少年達―――それも明らかに年下と思われる後輩三人に囲まれて、忍は途方に暮れた。
後ろには青い塗料が塗られた、学校を囲い込むフェンス。目の前には後輩。左右見ても後輩と、完全に王手詰まりだった。
例え断ろうものならば殴ってでも財布を奪われそうだ。
むろん恐ろしいとかそんな感情はない。

ただ―――

(…最近またえらい目に合うなぁ…。今年は前厄でも厄年でもあらへんのに…)

と、自分の運のなさをしみじみ実感していた。
ほんの一昔ではしょっちゅうこういう連中に絡まれて―――というのは、今や良き思い出だ。
ある日と事件を境目に、彼らは絡まなくなったのだが、何も知らない様子からして今年入学した1年と言ったところか。

目の前にいる若者達は明らか忍を『都合のよい獲物』だと思っているようで、ニヤニヤと不気味に笑っている。
人気がないのも彼らの強みとなった。
人の良さそうな感じを装いながら、逆らったらどうなうるか分かっているのかと、そう重圧を掛けるような雰因気から、これまでも何度も同じ手口でお金を巻き上げていたに違いない。

―――しかしそこまで自分は絶好のカモに見えるものなのだろうか?

あまり今の姿に自覚が無い忍は、首を傾げて不思議に思ったものだが、確かに悩みなど内側に隠してしまいそうな、内気な男には見える…かもしれない。

「ねぇ?先輩。俺たちだって尊敬する先輩を傷つけたくないんですよ」
「そうそう。おれ達はただお腹がすいて喉が渇いて、ちょっとイライラしてるんですよ。だから早くお財布くれないと、『もしかしたら』があるかもしれなですよ〜?」
「先輩も痛い目見るの嫌でしょ〜?」
「…」

「あれあれ〜?怖くて声も出ないですかー??すみません、そんなつもりなかったんですけどねぇ」

本当に自分が優位である事を信じて疑わないものの強気だ。
忍は仕方がなく、リュックのポケットから財布を取り出す。
途端に男達の眼の色が変わり「いや〜悪いですねぇ」と調子の良い事を言ってくれる。

忍は無言で茶色生地の財布を差し出した。
にやりと、それこそ分かりやすい悪者面を見せて、若者の一人がそれを受け取る。

「ありがとうございます、先輩〜」

どれどれと、目の前にいた男が期待に胸を膨らませながら財布の中身を覗き込み、それに合わせて左右の二人も吊られるようにして覗き込んだ、その瞬間だった。
まさに風のように。
スタートラインでダッシュした陸上選手みたく、忍は若者達の間をすり抜けて走り出した。

「「「っ!?」」」

三人分の驚愕が、声にならないまま消える。

忍は走った。
健全な生徒は暴力を振るわないものである。
私生活ではなら兎も角して、ひっそりと中学校生活を送る忍としては問題など起こしたくない。
逃げるが勝ち―――ではないが、このまま退散させてもらおう。
忍が渡した財布をびたんと、コンクリート状の地面に叩きつける音がした。

「空じゃねぇか!!」
「てめぇ嘗めてんのかコラァッ!!」
「おい、待ちやがれ!!」

完全にご立腹の後輩達は、やはり忍を追いかけた。
忍は背後から鬼神のように迫る後輩達の気配を感じながら、深く深く肺が空になるまでため息をつきたい気分になる。
財布の中身が空なのは、意図的なものだ。
実は前にもカツアゲをされた経験から、忍はおとり用の財布を常にカバンに入れていた。
今回は久しぶりに、その便利アイテムを使用した訳だが、これはこれで面倒な事になってしまった。

学校から少し離れ、忍が角を曲がろうとした時だった。

「っえ?」
「おっと」

後ろばかりに気を取られた忍がいけなかったのか。それとも相手がいけなかったのか。
もしくは互いに前方不注意だったせいかもしれない。

何か大きな障害物に当たる。

「っ!!」

固いものが顔に当たり、眼鏡が落ちたと自覚するだけの余裕はこの時にある訳がなく。
木の棒のようにひょろい忍の体は、吹き飛ばされる様に後ろへ跳ねた。

「あたっ」

体を叩きつけるような衝撃も、背負ったリュックサックのお陰で怪我をする事はなかったが、尻を強く打った。
それに涙目になりそうになりながらも、カメのように仰向けに転んだ忍は、空と地面がひっくり返った背後の光景を見て、空笑いを浮かべる。

(ああ。ついてへんわ)

―――追ってきた後輩達が、転がっている忍を見て、ゆっくり歩きながら近づいてきたのだ。

すでに忍が立ち上がって逃げるには近すぎる距離だった。
ぽきぽきと指の関節を鳴らし、にやにやと三日月のように笑いながら近づいてくる様からして、かなりやる気に満ちているようだ。

「先輩。もう鬼ごっこは終わりですか?」

終わったかな―――と思った矢先である。

「おいおいおい。お前、大丈夫か?」

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