忍少年と隠忍自重 005

「…お前、服脱げ」
「はぁ?」

「いいから脱げ」
「ちょっと…!!」

いきなり胸倉を掴まれたかと思うと、第一ボタンをあっさり外してシャツを広げようとする。
それに慌てた忍が、海藤の両手を掴んではがしにかかった。
…この場に二人しかいない事だけが幸いだ。

「海藤!!」
「…」

海藤はよりいっそ険しい表情になる。
忍の白い首筋に、複数の赤い跡が残っていたのだ。

「…白取」
「い、いきなり何をするんだ」

忍がどうごまかそうか迷っていたら、いきなり両肩を掴まれる。
とても真剣な眼差しに射られて、忍は眼を瞬かせて硬直した。

「―――…ずいぶん激しい女だな」
「…」

心中複雑である。
否定したいが、だからと言ってこれが何か聞かれるのも困る。
それに、不本意ではあるが、「これはしめた」と思ったのも事実だ。
忍は自分の制服を正しながら、咳ばらいする。

「俺が誰と付き合おうと、関係ないだろう…」
「ま、まぁな。…少し意外だった。女性には奥手だろうと思っていたら、あっさり童貞を捨てていたとは…」

「ごほっ…!!」

何も食べていないのに咽てしまった。

こちらとて意外だ。
まさか『下ネタ』等が含まれる『そっちの話』に、まったく興味がなさそうな海藤さんが、言葉を濁す事なくストレートに尋ねてくるとは…。
いや、確かに『海藤らしい』と言えば『海藤らしい』とも言えるだろう。
今が青春の日本人男性達にとってこういった会話は日常茶飯事のものなのだろうが、忍は今まで経験がなかったため、戸惑ってしまう。
未だケホケホと咳をする忍の背を、海藤は「大丈夫か」と大きな手で撫でる。

「―――も、もうその話は終わりにしようよ…」
「俺はお前の浮いた話に興味がある。あの優等生でいらっしゃる白取 忍の情事なんて、まさにスキャンダルだ」

「君の恋愛話の方がみんな関心あると思うよ…」

中学生と言えば中学生らしい話をする中、何気なく忍がフェンスの外を見た時だ。
ちょうど正門近くの端―――木々が生い茂る学校内に知らない制服を見つけた。

(高校生…?いんや、あの制服はどこぞで見た事があるなぁ…。確か近隣の中学があんな制服だったような…)

一体何の用だろうかと、わざと崩した制服を纏うその生徒に、不信感を抱きながら見ている内、何故か目が離せない事に気がついた。

(…ん?)

何気なく、その特徴を目で確認していく内、忍はそれが誰であるかを悟ってしまった。
あの長身…遠くからでも分ってしまう精悍な顔立ち。

それが一心にこっちを見ている。

それもものすごく睨んでいるように見せるのは気のせいか。

待て待て待て。

待て。

―――この際、髪の色が違う事は放っておこう。

忍は目もとを覆って、溜息を思う存分吐き出したい気持ちになった。
何故自分は、彼を見つけてしまったのだろうか?

(せ…せやけどもなぁ。もしかしたら、この学校の誰かさんに用事があるのやもせーへんしなぁ…)

自分ではないはずだ。きっと、彼の目的は、自分では、ない、はず…だ。

しかし一度目に入れてしまうと、どこまでも気になってしまう。
彼は立派な外部者であるのだから、無断で入ったとなればこれは追い返さなければならないのではないか。

―――放って置けば、勝手に誰かが彼に注意してくれるだろうか

ちらりと視線を向ければ、大きく手を振られた。
目を輝かせて、ぶんぶんと両手を使って自分を誇示している。

「っ!!」

それを受け取った方は堪ったものではない。
彼が明らかに自分に向かって手を振っているのは、明白である。

しかし。なんなのだ、この羞恥は。

「おい?忍?お前少し顔赤くないか…?」
「え?」

忍の顔色をうかがうように、海藤が忍の顔を覗き込む。
海藤の長い睫と彫深い顔の精悍な密度が上がって、よりいっそ彼が美人だと感じた。
忍が羞恥に顔を少し赤くしているのを、風邪のせいだと思ったらしい。

「さ、寒くなったな」
「そうか…?さっきとあまり―――」

「寒いよね、海藤。俺は寒い。とても寒いんだ」

忍は有無を言わせなかった。
幸いに二人とも既に食べ終わっている。
他に人もいない。
忍の稀に無い押しに負けたように、海藤はいつまでも物珍しげな顔でとりあえず頷いてくれた。

「やっぱり熱があるんじゃ…」
「ないない。全然ないよ」

焦っている忍の心の内情を見透かしたように、海藤は尚も訊ねてきた。

「そうか…?なんかお前、いつもと少し様子、違くないか…?」
「酷いなぁ。たった3日で人がそんな変わる訳がないじゃない」

―――稀に他人によって日常が変わる事はあるが…

二人で並んで歩き、ようやく屋上と学校を繋ぐ階段を下りて、あとは教室まで戻るだけ。
ここで、忍は海藤との別行動を提案した。

「海藤。先に教室へ戻っていてくれ…。俺は便所に行ってくる」
「なんだ。すぐ帰ってくるだろう?ここで待ってる」

忍は少し沈黙した。
やけに真剣な顔で、忍は海藤の眼を見ながら一言ひとことゆっくりと丁寧に、言った。

「海藤。短くない。…長いかもしれない」
「腹が痛いのか?」

「―――……う、ん」

悩んだ末の、苦渋の選択だった。
何故ここまで言わなければならない…。

羞恥に顔から火が出る思いだった。

しばらくの沈黙ののち、海藤は少し笑って頷いた。

「分かった。先に戻った方がよさそうだな」
「また後で」

手を振って別れてから、忍は腰を痛めないよう、極力早足で下駄箱へ向かった。
…その形相は語るに語れない、それはそれは凄まじいものがあった。






「…」

海藤は曲がり角のところで振り返り、立ち止って忍を見ていた。

忍の、慌てる様にして走っていく姿を見送る海藤だったが、そこにいたのは人が集まってくる穏やかさを持った、『彼』ではない。

訝しげに顔を険しくさせる海藤は、しばらくその場を動かなかった。


line
-5-

[back] [next]

[top] >[menu]


人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -