忍少年と隠忍自重 003

「はい。それじゃぁ次回までこれやってきてね」

スパルタで有名な女の教師。数学の問題が山積みされた。
生徒達は受験を控えていたから、それに反抗的な態度をとるが、あながち20年のベテランは名ばかりではなかった。
「それじゃぁがんばってね〜」とひらりと笑いながら手を振って去っていくその先生は、そのさばさばした性格に人気もあるせいか誰も大きな否定を見せる事はない。

忍は教科書をまとめてから弁当を鞄から取り出した所で、声をかけられた。

「―――白取」

まだ馴染んでいない苗字を呼ばれ、忍が反応するには少し時間が空いた。

慌てて忍が顔を上げれば、そこに海藤が立っていた。
弁当を掲げて、一緒に食べようかと合図する。

「…日も出て、暖かいみたいだぞ。屋上で食べないか…?」

忍が窓の外を見れば確かに。
外はとても温かそうだ。先ほどの曇が嘘のように無くなっている。

「…。君は他の人に誘われているんじゃないの?」
「今日は白取と食べると俺は決めていたんだ」

そう穏やかに笑ってみせる海藤。

視線の端に、女子生徒がそんな海藤に視線を向けて、顔を赤らめている。
自分でいうのもなんだが、ここまでいい男がこんな冴えない男を誘うなんてもったいない事をするものだ。
ふいに、海藤が訝しげな顔をした。
しきりに何かを嗅いでいるようで、その原因が忍にあると知ると、目を丸くする。

「冷えピ○か何かか…?湿布のような匂いがするぞ…?」
「…。ちょっと重い物持って腰痛めたんだ」

忍はとっさにそんな言い訳をしていた。
人を投げてぎっくり腰になったなど、とても言える事ではない。
ましてや腰痛で3日間ろくに動けなかった事など、尚更である。

…ちなみに湿布は宅急便で突然届いたものだ。
それもなんと段ボール2箱分。
更には煮干しと牛乳付きで、手紙と一緒に添えられて届いた。

―――『今のうちに腰骨鍛えとけ。一発ヤッて骨砕きなんざ俺が楽しめない』

…ああ、嫌な事を思い出した。

きっとクロガネが王様に告げ口したに違いない。

しかしあいにく湿布の補充などされていなかったから、これは慰謝料だと思って忍は受け取った。
もとはと言えば、『王様』が巻き込まなければこんな事にはならなかったのだから。

忍は苦い顔をする中、海藤は珍しいと目を丸くした。

「お前もそんなヘマするんだな…。少し意外だ」
「…俺だって失敗はするさ」

海藤が珍しく、声を立てて笑った。
子供っぽさのない、大人びた笑い声で、楽しそうに。

「まるで年寄りだな―――食べないからそんな女子のように華奢な体になってしまうんだ。まぁ、俺は案外お前の体系は好みの分類だから、出来ればずっとそのままを維持してほしい所だが…そんな怖い顔するなよ、少し冗談を言ったまでだ」

「…海藤の冗談は冗談に聞こえないんだ」
「それよりも、ほら白取。早く行こう。昼休みが終わってしまう」

海藤はもう忍と食べる気満々らしく、忍を病人扱いするように二人分の弁当を両手に持って先に歩きだす。
忍は仕方なく立ち上がり、それに続く事にした。


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