忍少年と碧血丹心 104

◇ ◇ ◇

その頃、密かに『キングの愛人』という情報は、繁華街の裏で衝撃を与えていた。

『そう…そうなんだ…』

『キング』に恋心抱く『女神』<ビーナス>は麗しい顔を歪ませて、それを悲しげな表情で聞いていたそうだ。

族狩りの『長官』<レークス>は見下すようにそれ笑い飛ばし、「男の誇りもない女に興味はない」と、その噂を己から一掃したらしい。

―――自分はただ族を潰す事にしか興味はないと…。

どこまでも中立を貫く『統領』<ドゥーチェ>。
彼は特に反応は見せず、その愛人とやらがどこまで保つか…そんな賭けを仲間の中で始めた。

狂乱の『道化師』<クラウン>はどちらかと言えば、男を愛人にした『キング』の方に関心が向いていた。
『その愛人を自分が監禁したら、彼はどんな反応を見せてくれだろうか…?』と呟いて、獲物を切り刻みながら笑っていたらしい。

―――そして『元帥』<マーシャル>と呼ばれるその男。
くつくつと煮立ったように笑い声を押し殺して、機嫌が良さそうだった。
しかし見誤ってはいけない…。
それは腸が煮え繰り返っているのだと知るのは、彼に仕える者だけである。

―――誰もが新たな情報を求めた。

その愛人の名は?
その愛人の居場所は?
その愛人は…

―――『何者』だ…


今や情報屋さえ、忍の敵になる。



◇ ◇ ◇


静まり返った深夜―――しかし、もう夜明けは近い。

「ありがとうござました。駅までというお約束だったのに、家まで送ってもらって…」
「いいっていいって。未成年がほっつき歩いてたら警察に補導されちまうぞ」

ぎっくり腰だった忍はどう家まで帰ろうかと考えたが、龍郎が忍を背中に背負って運んでくれた。
『クロガネ』の足の怪我を見ようという忍の申し出だったが、『クロガネ』は

「これ以上『シノ』さんにご迷惑はかけられません」

…と、頑として譲ってはくれなかった。

「なんなら『くろすけ』。龍郎さんに適当な所まで送ってもらってくれ。…龍郎さん、よろしいでしょう?」
「げっ」

後ずさりしたのは龍郎だ。
クロガネは慌てて両手を左右に振った。

「いいですっ!!俺は歩いて帰ります!!」
「それが嫌ならうちに泊まって、『くろすけ』。…君はけが人だ」

「そんな…それは尚出来ませんよ…」

『クロガネ』は困惑したように柳眉を八の字に曲げて肩を垂らした。
そしてものすごく苦い薬でも飲んだような苦い顔をして、龍郎を見る。
龍郎も心底嫌そうに横眼で『クロガネ』を見る。

「「―――けっ」」

しかし睨みあった途端、二人して反対側へそっぽを向いた。
忍は相反する二人の態度に、溜息をつく。
仲良くなってくれとは言わない。
ただ、もう少し手と手を取り合うぐらい協力し合っても、とは思う。
じっと忍が見守る中、いつまも進展しないと分かっていた二人やはりは同時に深く溜息を零した。
そのタイミングの一致さえ気に食わないと、二人は睨み合う。

「…しゃあねぇ。シノに免じてく運んでやるよ。…荷物だと思って」
「…仕方がないです。シノさんを困らせる訳にはいきません。てめぇに感謝なんかしねぇよ。…シノさんのためだ」

そんなこんなで忍は二人とここで別れる事なった。

「シノ。せめて君の部屋までおぶってこうか?」
「大丈夫です」

「…。そっか」
「??」

龍郎はしばらく忍を見下ろしていた。
そう思っていたら、少し名残惜しげに、龍郎は突然と忍の頭を撫でた。
猫でも撫でる様に、いたわる様に髪を整えながら触れてくるのだ。
それに慌てたのは無論忍だ。
嫌がる様にその手を両手で引きはがした。

「龍郎さん…!!」
「おいっ!!てめぇ!!」
「ははっ。照れんなよ―――そんじゃまたな、シノ」

龍郎はにかりと白い歯を見せて、忍に笑いかけた。
様になるようなウインクをして、龍郎は大人の余裕を見せながら先に踵を返した。

「い、一体なんなんですか…」

忍は頭を撫でられた事が理解出来ず、ただ瞠目するばかり。
『クロガネ』は唸りさえ上げて、その後姿を睨み続けた。

「あいつめ…!!シノさんに対して図々しい過ぎます…。やっぱ嫌いですよ、俺は」

黙って龍郎を見送る忍に、『クロガネ』は向き直った。

「俺が、これからも『シノ』さんの事をお守りしますから」
「…」

真顔でそう言われて、忍は何を言われたのか理解出来ないような顔をする。
すごくかっこいいのだ。乙女なら、一発で堕ちてしまうような大々的な告白だとも思う。

しかし―――

忍は神妙な面持ちで、『クロガネ』を見上げると大真面目にこう言った。

「…分った。その時は俺が『くろすけ』を守ろう」

ものすごく長い沈黙が生じた。

暗闇のせいで、本当は『クロガネ』の顔は見えないはずだった。
しかし今は、クロガネがどうも情けない顔をしているように見える。

「…俺、そんな事を言われたのは、初めてですよ…」

忍はクロガネを笑うように軽く肩をすくめてみせて、それから表情を柔らかくする。

「…。今度はゆっくり遊びにおいで」

暗闇の中―――忍の赤い瞳から、穏やかな灯火が漏れた。

忍は、笑ったのだ―――

それはクロガネを信用したからこその、信頼を向けた笑顔だった。

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