忍少年と碧血丹心 102


「…ええ。滅多に味わえないようなスリルでしたよ。龍郎さん…」

ほとんど嫌味の籠った笑みを忍は零す。
乱れた髪を直す事さえ億劫だとばかりに、垂れて来たひと房を髪を耳にかけた。
忍の視線の先―――そこにいたのは薩摩組の構成員の一人。

上条 龍郎だった。

成り行きで繁華街で出会った暴力団の組員である。
日本料亭の鈴蘭で会った時の、近寄りがたい独特の雰囲気はもう無い。
今は、出会った当初の軽い印象が見受けられた。

「いや〜さ。もう『鈴蘭』にいなかったからさ〜。駅まで送るって約束してただけに、これはやばって思った訳だって」
「…。約束を守ってくれようとしていたんですね…」

「まぁ、男が約束違えるなんてさ、かっこ悪いじゃん?」

少し茶化しを入れて、どこかシンミリと龍郎は答えた。
忍はようやく得た安息に、わざとらしい溜息をつく。

「こんな目に会うぐらいなら、捕まった方がよかったですよ…」
「酷いなぁ。助けたのに。…だけどさ、その隣の男はそう思ってないんじゃないか?」

「は…?」

忍は瞠目した。
隣の男とはつまり『クロガネ』の事なのだろう。
そう言えば先ほどから一言も話していない。
以前のやり取りから、龍郎と一発触発のやり取りがあってもおかしくないのだが…。
ふと忍が気遣うように『クロガネ』を見た。

「『くろすけ』…?どうしたの?」

くろすけ?なんて龍郎がつぶやいたが、そんなのはいっさいスルーだ。
くろすけこと『クロガネ』はどこか複雑そうに顔をしかめて俯いている。
髪は先ほどのトラブルで乱れ、頬は少し腫れていた。
それでも美丈夫である事に変わらないのだから、美人は得だと思ってしまう。
クロガネはぐっと拳を握りめて、何かに耐えているようだった。

「くろすけ?…どこか具合でも悪い?」
「…」
「しかしまぁ、俺が拾ったから良かったものの。追いかけてきたのはあの『horn』とは…。『シノ』は随分トラブル気質なんだなぁ。今頃掴まってたらえらい目にあってたぞ〜」

答えないクロガネの変わりに龍郎がそっけなくそんな事を言った。

「失礼ですね。俺は今日だけ疫日だったんです。…それに、思春期で少しヤサグレているだけの青少年グループに、そこまで警戒する必要もないかと…」
「分ってないなぁ。ここは、サツも目を反らす背徳の街だぞ〜。その中で呼吸してる『horn』って言えば、ここ辺りでは有名な【族】なんだよ。確かに俺達に比べたら青臭いガキ共の集団でしかないけどさ、だからって舐めちゃいけねぇ。…『pandra』と同様にちょいととち狂った奴らもいてなぁ、そいつがおっかねぇのってなんの。―――まぁ、仲間思いって所は点数付けてやってもいいし、正々堂々ってのもまぁ一目置いてやってもいい。…悪いところっていえばあのしつこさだな。気にいった奴、もしくは気に入らない奴にはとことん付きまとってくる連中だ。ほんっっっとしつこいのってなんの……。地の果て地獄の果て上等って追いかけてくるぜぇ?もう一種のストーカー並みだぞ。まだ呪縛霊の方がマシだ」

「そんな大げさな……」
「いや、大げさなもんかよ…追いかけられた奴らはきっと俺の言った事に対して大いに同意してくれるだろうなぁ…。…何があったかは知らないけどさ、おい『クロガネ』。巻き込んだのはお前か?―――『シノ』を巻き込むんじゃねぇよ…」
「…うるせぇ」

最後は極道者らしく、凄味を帯びた龍郎の声に、クロガネの反応は乏しかった。
どうもいつもらしくないクロガネだ。

「ですが彼らと二度と会う事もないと思うんで、さほど気にする事もないと思いますよ?」
「おい…『クロガネ』」

「…とことん信用ありませんね、俺」

むっとしたように忍が眉間にしわを寄せると、龍郎は苦笑を零した。

「どうなんだよ、『クロガネ』」
「何故お前に話さなきゃならねぇんだ」

「貸し一つ作ってやったんだ。それを今返しやがれ。言っとくが、シノがいなけりゃな、誰がお前をわざわざ拾ったりするかよ…。今ここで話さなけりゃ、お前の価値は無くなったも同然だ。単なるお荷物を背負ってられるほど、俺も心広くねぇんだよ。ここで放り出されたくなけりゃ、洗いざらい全部しゃべりな」
「龍郎さん、俺がお話しますから…。それに、そこまで心配してもらわなくても…」

「シノ。結構、お兄さん本気で聞きたいんだって…。そりゃあ、シノとじっくり話してたいけどさ、ちょっとシノじゃ今回ばかりは役不足かな。あとな、心配するなって言う方が無茶な話だよ。俺は君が小さな子供に見えるから、尚更…ね」

にっこりと人懐っこい笑みを浮かべてはいたが、確かにその眼の奥に本気を感じ取り、忍は口を噤んだ。
どうやら、龍郎が望んでいる話相手はクロガネのようである。

それに―――龍郎の言葉が少しくすぐったくて、戸惑って、返す言葉も見つからなかった。

「おい、どうなんだ」

諦めのため息をクロガネは深々と吐き出した。
未だ納得していないと、不満そうに眉間にしわを寄せながらも、これまでの経緯―――つまり、クロガネと忍が再会してから龍郎と鉢合わせになるまでを淡々と語り始めた。
それが終わると、どこか改まったような顔つきで、クロガネは言った。

「…。これからも、俺が『シノ』さんをお守りする」

「はぁ」

途端にため息をついた龍郎は「やっぱりか」とうなずいていた。
忍にはまったく訳が分からない。
自分のことなのに、何も分からないこの状況はいったいなんなのか?

「そう言う事か。…しかし、まさかシノがそんなに強いとはなぁ。ありがたくない誤算だな。奴ら相当喜んでたんじゃないか…?こりゃあれだけしつこく追いかけてくるわけだ…」
「いったい何の話をしてるんですか?なんなんです?」

「だからさ、言ったじゃん?気に入らない奴と気に入った奴にはとことん嫌な連中なんだよ『horn』は…。きっと今に住所とか学校突き止められて酷い目みるぞ〜。…それで『シノ』はどっちなんだ?」
「そんなの決まってんだろう」

ぶっきらぼうにクロガネが答えた。

「そうだよなぁ。『シノ』はこんなに美人なんだ。気に入られたよなぁ。『シノ』も災難だなぁ…ほんと。あっちで掴まり、こっちで掴まり。モテモテじゃんか」
「他人事のように言わないでくださいよ」

「いやいや、これでもお兄さん結構『シノ』の心配してんだぜ?…ああ。しかし『皇帝』<カイザー>があの場所にいなかった事が幸いしたな…。奴だったら間違いなく未だ追いかけ続けてきてた」
「かいざー…ですか?」

忍が怪訝そうに眉を寄せた。ご丁寧に、龍郎はそれに答えた。

「そうそう。カイザー。つまりは『皇帝』様だよ。『horn』のリーダーだ。『王様』がクールだって例えると、『皇帝』はかなりの熱血男だな」
「…『皇帝』って…物好きですね。王様の次は皇帝様ですか…」
「そう言うなって。他にも色々いるぞ〜?親しみやすい『女神』<ヴィーナス>に族狩りの『長官』<レークス>、中立の『統領』<ドゥーチェ>に、危ないと言えば『道化師』<クラウン>。…武勇伝でいくと元帥<マーシャル>って愛称付けられた男もいるぞ?…まぁ、特に有名なのはこれぐらいか?」
「はぁ、随分ご大層な愛称ですね」

関心したように、忍は頷いた。

「その中でも『horn』は歴史深い族なんだぞ〜。…そこで黙り込んでいる男が一番知ってんだろ?」

クロガネは無言だった。
無言のまま、忍をじっと熱い眼で見つめる。

「…『シノ』さん。俺のせいで巻き込んでしまって…すみませんでした」
「気にしていないから。それに反省してくれてるならいいよ。…結局は俺のためだったんだろうし」

まぁそれが逆に気に食わなかったが。
しかし追い詰めたような暗い顔をするクロガネにそれを言うのはあまりにも酷だ。

「俺。前に『horn』で副長やってたんです…」



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