忍少年と碧血丹心 101
◇ ◇ ◇
異国の歌を鼻歌で奏でながら―――運転は酷く荒い。
そして痛い。
…気持ち悪い。
「しっかり掴まってろよ」
こうしてまた何度目かの急スピン。
車のタイヤが悲鳴を上げている。
「ぬわっ!」
「『シノ』さ―――っ!?」
忍の体はころころと後部座席で転がりそうになるのを、『クロガネ』が支えた―――と思えば今度は急ブレーキ。
無様に『クロガネ』の体が助手席にぶつかる。
「くそ…ったれ…!!」
のそりと起きあがったクロガネが相手に罵声を浴びせるより早く、車体が再び不安定に傾き、クロガネが後ろへひっくり返った。
ゴッ―――という何とも痛々しい音と共に、クロガネは窓で後頭部を強打する。
クロガネはうめき声を上げる事も出来なかったようだ。
―――もはやクロガネも相手の身を気遣える状況ではない。
「あ〜らよっと」
運転者は酷く楽しそうである。
しかし後ろはかなり悲惨。
―――大惨事だ…。
「っち。今のガキは執念深いなぁ」
荒々しいバイクのエンジン音がだんだん離れていく。
しかしそれだけでは足りないのか。
レバーを巧みに操り、全力でハンドルを切って―――…ドリフト。
車体が傾く。
忍の体が車扉にぶつかるまで滑り、『クロガネ』の体さえも忍の体を押しつぶすように押し寄せてきた。
ごんと、誰かが頭をぶつけたようだ。
忍の押しつぶされる呻き声さえ、車のエンジン音とブレーキ音で空しく消えてしまう。
そしてまた急ブレーキ。
なんの抵抗も出来ないまま、二人の体は前のシートに向かって、ぶつかりにいく運命だ。
…もはや地獄図。
しばらく二人の体は後部座席でビー玉のように転がり続けた。
…シートベルトの必要性がよく分かる体験だった。
◇ ◇ ◇
「よっ。お二人さん。奴らは捲いたぜ〜。どうだい?俺の運転捌きは?」
クロガネはいつになく不機嫌だった。
柳眉を寄せて、険しい表情のまま。
怒鳴りつけるとかと思いきや、らしくもなく黙って運転席を睨んでいる。
忍はいつも以上に不機嫌だった。
もはや見る事さえ恐ろしいほどのご立腹ぶりだった。
運転席の先を見据えて、綺麗な微笑みを浮かべているが、決して目は笑っていなかった。
ふと視線を移動させると、【安全第一】と書いてある交通安全のお守りが飾ってある。
「「…」」
運転席の男は決して振り向いたりしなかった。
だからこそ、後ろの悪循環な怒りのオーラを感じ取れていないようだ。
しかし二人はため息を同じタイミングでついて、怒りを鎮めた。
忍も『クロガネ』も怒るだけの体力も精力も残っていない。
仮にも、けが人2名をこんな荒々しく運ぶとは…。
忍は自分の後頭部を擦った。
ものの見事コブが出来上がっている。
「…ええ。滅多に味わえないようなスリルでしたよ。龍郎さん…」
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