忍少年と碧血丹心 099

◇ ◇ ◇

クロガネは何度もガードレールを飛び越えて無茶をし、どれほどの時間を逃げ続けた事だろう。
腰を痛めた忍が自らの足で逃げるには鈍く、やはりクロガネの肩を借りるより他は無かった。
だからいつもより体重の増えたクロガネの息は自然と荒くなる。

―――どんなに体力のある彼にも限度という言葉はあるのだ。

「…っち」

苛立ちに殺気立つクロガネが舌打ちをした。
それは4層目の道路へと飛び出た時の事だった。
バイクの忙しいエンジン音が、もうすぐそこまで追いかけてきたのだ。
ライトの光が暗闇に包まれたアスファルトの道路を照らす度、クロガネはぎりっと歯を食いしばる。
きっといつも移動の手段に使うバイクさえあれば―――と、クロガネは無い物を強請る様に思っている事だろう。
荒く肩を上下に動かすクロガネの熱い体に乗せられている忍は、難しい顔をしたまま無言になっていた。

逃げても無駄。
体力がなくなるだけ。
もう立ち止まってくれ。

しかし、クロガネは止まる事はしなかった。

「くろすけ…お前…」

その走り方は一見普通に見えるが、クロガネの足並みを観察して、初めてその異変に気づく。

「―――足、痛めたやろ…?」
「…」

「…どうせや。あいつらの『親分』とやらの顔を一見すんのも、一興と思おとる…」

あどけて忍が言ってみせると、それこそ戒める様に忍の腰をクロガネは強く締め付けた。
クロガネの無言の否定に忍はため息をつくより他はなかった。

「『くろすけぇ』…。もうええ。―――もう十分。なぁに、別に死にに行くわけじゃあらしませんやろう?何をそんなにムキになるん?」
「…」

クロガネは再び五層目のガードレールをまたいで、小さな急斜面を急いで降りていく。
やはり足が痛むのだろう―――時折、つっかえる様にして立ち止まる事があるのだ。
この遅れが、『horn』の男達との距離を詰めていった。
忍としては別に連れていかれても一向に構わなかった。

ただ連れていかれて、それで終わりだと思っていたからだ。
しかし一方のクロガネは、『horn』をよく知っていた。
知っていたからこそ、彼らの陰険な企みを誰よりもよく理解している。

忍が連れていかれ、見せて終了などあり得ないと分かっていたのだ。

どれだけ諭そうにも一向に反応を見せないクロガネに、忍が疲れたように溜息を零した時だった。
ふいに、後ろの方からバイクの騒音とは別に―――何か別のエンジン音が聞こえてきた。

「なにかぇ…?この音は…」

耳を澄ませてみれば、それは恐るべきスピードでこの螺旋状の道路を下りてきていると分かる。
確か『horn』の男達はみんなバイクに乗っていたはずだ。
だが、この音はどうも車のようで、時折急ブレーキをかけた様な悲鳴も聞こえてきた。
段々近づいてくる、荒い運転をする車が、ついに忍達のいる層の道路へと姿を見せた。
最初こそライトの光の眩しさに目を細めしまったが、車の色がシルバーだと分かる。
普段は見かけないような構造の車で、それがそのまま二人を通り過ぎようとした瞬間だった。

目にも鮮やかな急スピン。

まるで探し物でも見つかったような急ブレーキに、二人が呆気にとられる。
こちらに向かって回転して襲ってくる車。

このままでは間違いなくあの回転に巻き込まれてしまう!

クロガネが慌てて六層目のガードレールを潜りぬけようとしたのを、忍が止めた。

「ストップ!!」
「!!」

クロガネは条件反射のように、体がガードレールに向いた状態で固まった。
過激な音が止まった。
見れば、当たるか当たらないかの瀬戸際―――忍達の目の前にはちょうどドアが後部座席にでも誘う様に目の前にあった。
このまま急発進しても障害がないように、車は発進方向を向いたまま、エンジンを轟かせている。
なんとも無茶苦茶ながら、映画さながらの高度なドライビングテクニックであった。

一体誰がこんな無謀な運転をしているのか―――

ただ茫然としている二人。
その窓は黒いフィルタで覆われて、中を覗く事は出来ない。
刻一刻と、バイクが近づいてくる。
「―――乗ってくだろう?」

運転席の窓ガラスが開いたかと思えば、相手はそんな事を言った。


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