忍少年と碧血丹心 097

「―――あんた、どこの爺さんだよ…」

そう呟いたのは『コウヤ』だ。
呆れ半分。気が抜けた半分と言ったように、半眼で忍を見つめていた。
しかしこれは無傷で忍を連れて帰るのに絶好の機会では―――と誰もが考えた瞬間だ。

そう―――誰をもそれを考えた。

「『シノ』さんっ!!」
「!?」

悲痛げな叫び声が静寂を斬ったかと思うと、風のような速さで『誰か』が忍の後ろへ回り、その華奢とも言える体を肩に担いだ。
忍は樽になった気分になる。―――クロガネの担ぎ方は誰がどう見ても、それを連想させる。

「『くろすけぇ』!?」
「っ!!」

拍子ぬけたような、忍の焦った声がクロガネを呼んだ。
しかし、こちらも珍しい事にクロガネが忍の声に反応する事は無く。
何故とか、そんな疑問が、この場の誰もが思わなかった。
ただ、唐突過ぎて、理解しきるのに時間が足りなかったのだ。
クロガネは口をぱっかり開いたまま動けずにいる『コウヤ』を一瞥したかと思うと、彼の横を過ぎった。

―――その刹那。

二人が交差するその瞬間―――時が緩慢したような錯覚が生まれた。

目を見張る『コウヤ』と、その先を睨むクロガネ―――

金縛りにでもあったように、『コウヤ』は微動だしなかった。

瞬きも、しなかった。

ただ、『コウヤ』に見向きもしないクロガネを、呆然と見送っていたのだ。
一風と共にようやく我に返ったコウヤは、二人が通り過ぎた痕跡を辿る様に、後ろを振り返る。

しかしそれは後の祭りとやらだ。

「おいっ!!」
「ま、まさか!!」

男達がクロガネが何をしようとしたのか―――それを悟った瞬間の困惑と叫び。
忍からしてみれば逆走りをされているような違和感に、せめて落ちないようクロガネの背中にしがみ付く事しか出来ない。
気になるのは、クロガネが走っている方向―――たしか彼の走っているその先には。

「待て…」

―――嫌な予感がする

忍が恐る恐る、上半身を捻って後ろを振り向いた瞬間だ。

「待て待て待てっ!!」

クロガネは、忍を抱えたまま崖に近い、伐採されている坂方へ―――山中と道路を分けるガードレールをハードル競走でもしているように大股で飛び越えた。

―――飛び越えたのだ。

「まっ…!!!」

クロガネは、空でも飛ぼうと言うのか。
瞬きする間も惜しい。
誰もが目を剥き、自殺行為としか思えないクロガネの行動に絶句した。

それは『horn』の男達ばかりではない。
肩に担がれ、崖に近い山中への落下―――その道連れとなった忍もまた安定感のない格好のまま、その口から悲鳴が漏れる。
その赤目は溢れんばかりに見開かれ、そのまま目玉が飛び出しそうな勢いだった。

見下ろせば、地面が無い。

「まぁああ――――――ぁああ!!」

落ちていく落ちていく。

その間、樹やら草やらが忍達の体を掠めて、滑る様にして坂を下りて行った。
四肢がバラバラになって、脳と体が離れていくような錯覚。
体を動かして、どうにか着地に備えようにもクロガネがしっかりと腰を掴んでくれるから、自分で形勢を整える暇も与えられない。

しかし突然と着地の衝撃は訪れた。

クロガネの石のように固い肩に、柔らかな忍の腹が食い込む。

「ぐえっ…!!」

腹に拳が撃ち込まれたような不快感に、忍の口から、何とも情けない奇声が発せられる。
こればかりはどうしようもない。
どうやら二人は、下層の道路へと滑りこんだようだ。
再びクロガネが全力疾走の勢いを止めないまま、下層のガードレールを飛び越えて、草原からアスファルトの道路へと移動した。
忍は顔を青白くさせて、逆流する嫌な衝動を抑えようとどうにか片手で口元を覆う。
胃の中はぐちゃぐちゃだ。
口から何も出なかったのが、忍には奇跡のように思えた。

―――クロガネは一体何を考えている…?

そのまま走りだしたクロガネに、忍は慌てて声を掛けた。

「―――うっぷ…!!く、くろすけぇ…!!どこ行くかえ?!」
「逃げるんですっ!!」

覇気の籠った、切羽詰まったようにも見える真面目な顔で、クロガネはそう言った。
西側の繁華街は上層部にあり、東の田舎町―――つまり忍の住まいはこの下層にある。
螺旋状になっている道路を直進で降りているため、クロガネが選択した方法は、普通に道路を蔦って歩くよりも近道になったようだ。
しかし―――こちらはこの身しか頼れるものは無いが、あちらにはバイクがある。
男達がバイクに跨って追いかけてくるとすると、先回りされて捕まるのは時間の問題だった。

ならば逃げるのはあまりにも意味を成さないのではないか―――?

そう意味を込めて、忍はクロガネの肩の上で足をバタつかせた。

「『くろすけぇ』!止めときぃ…!!体力消耗するだけや!!」

見上げてみれば、降りてきた崖の上から男達の体が横に並んでガードレールから生えている。
こちらとじっと見つめる男達を忍だけが一瞥しながら、クロガネはクロガネで前を見据える事に専念して走った。

忍は知らない。

ぐっと何かを堪える様に、クロガネが歯を食いしばった事など。


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