忍少年と碧血丹心 081

「正真正銘、お前を『女』にしてやる」

突然と忍の両足を掴み、持ち上げようとする翔に、忍の顔色は更に色を無くす。

「本気かぇ…っ!?」
「痛みなんざ与えやしねぇ。お前が最も嫌がる快楽をしっかりその穴で教えてやるよ。最後はお前が泣くまで善がらせて、ついには俺に許しを請うようになるまでな…。今誰の下で『女』やってるか、しっかり自覚しやがれ…」

翔が片腕を自分の下半身に伸ばし、ジッパーを開ける音を聞き、彼が本気である事をようやくこの時点で理解した。
狂気にさえ囚われ始めた翔の本気の眼を、忍は信じられないと凝視する。

「もう離してやらねぇ。壊れるまで快楽漬けにして、閉じ込めてやる……」

翔は笑っていた。
本来の笑みとは違うそれは、自嘲に似て、そして皮肉げだった。

残酷に光る金色に射られて、忍が息を詰めて硬直する。
翔の顔から眼が放せない忍はただ、まだ十分解されていないそこに熱く立ち上がっている、生き物のような塊が当てられるのを実感した途端―――

「あんたなんて嫌いやっ!!嫌い嫌い―――嫌いやぁ!!」

もはやそれは悲鳴に近く。
そして子供のような、幼稚な拒絶。

それぐらい余裕が無かった。
男に穴を掘られる行為が、最も男としての誇りを粉々に打ち砕く手段なのだと、身にしみて実感する。
最悪を想定して、忍が耐えるように眼を瞑り歯を食いしばった時だ。

「くそったれっ!!」

突然と翔がキレた。
両足首に血が溜まるほど握られていたそこが突然と開放され、落とされるように畳に叩きつけられた。
痺れに似た痛みに呻く暇も無く、突然と翔が頑丈な身体を折りたたむと、忍の両手を畳みに貼り付けて、性急に唇に噛み付いて来る。

「ん”ん”…っ!?」

瞬間―――電光が走ったような鋭い痛みに、忍の喉下から溢れるようにしてくぐもった悲鳴が漏れた。

舌を…それこそ血が出るまでに思いっきり噛んでくれたのだ!!

翔の手が釘となって貼り付けられた忍の両手が、力んでいると分かるほど痙攣し、そして筋が浮き出た。
そして再び嵐が過ぎ去ったように二人の唇は糸を引いて離れていく。
その際、空<ソラ>によって与えられた痛みを悪化させるかのように、上唇の端を甘噛みされて、ぴくりと忍は反応してしまうのだった。

痛いのだから仕方あるまい。
これは条件反射である。
人の生理的現象なのだ―――と忍はいちいち反応してしまう自分にそう言い訳する事でしか自分を慰める方法が見つからなかった。

恍惚としている翔に対して、忍は不愉快とばかりに顰め面をして眉を寄せる。
まるで苦い漢方でも飲まされたような、そんな渋い顔をする忍に、翔は更に腰を折り曲げた。
肩を上下に大きく動かすほどの衝撃に、忍は動けなかった。
忍の体力が回復する前に、翔の底辺の底の底をいく低い声音が、厳かに忍の耳元で囁く。それこそ、色んな意味で骨抜きにされそうな、そんな『色』さえ含んで。

「―――お前が誰かとキスする度、痛みで俺を思い出すだろうよ…」

これは『罰』だ。

言うが早かったか―――翔の手が脱ぎ捨てられた同然の、忍の着物に手を触れた。
これ以上脱がされてたまるかとそれを守死しようと構えるが、もとより力の差は歴然としている上、忍には気力も体力も底を付きかけているほど衰退している。
何故か、既に纏っていないも同然の衣類を全て剥ぎ取られ、完全な裸体へとされ、忍はおおいに慌てた。
同時に他人を尊重しない、粗野で高慢な手つきに、血が逆流する思いだった。

「何するつもりや!!」

しかし、タイミングよく忍の頭から降ってきた布に体全体は覆われ、訳も分からないまま忍はどうにか頭だけをそこから出し、その布に縋りつく。
どこか覚えのある香りとぬくもりと、『黒』というその色に嫌な予感がした。
自分を覆いつくせるだけの大きさを持ったそれが、翔の黒ジャケットだと分かり、途端に思わずそれを引き剥がそうとしてしまった。

―――いや、今の自分のこの格好は惨めなので(本当にガリガリなのだから、あまり見せたくない男心を分かってほしい)渋々それを借りる事としたのだが。

しかし人を服を剥ぐなど、これ以上何をしてくれるというのだ!!

何かされるのではないかと構えていたが、予想外な事に翔は自分の着物を全て持つと、自分を置いて部屋を出ていった。
これではここから出る事も出来ないし、身動き一つ出来ない不自由になってしまったではないか。
ようやく訪れた一人だけの時間―――しかしそれは全て後悔の一色に染まった、最悪ともいえる反省会となった。

(最悪や…。最悪すぎるわ…)

ほとんど裸体に近い状態で放心している自分はどれほど惨めに見える事だろう。
思わず畳を見るほど、頭を下げて視線を落す。
その状態のまま、これからどうしようかと、本気で今後を心配した時だ。

「―――何時までそうしてやがる」

機嫌の悪そうな、男の声に、忍は文字通り跳ね飛んだ。
何か錘が取れたような体を慌てて起こして、いつの間にか戻ってきた翔を見上げた。
奴に言いたい事など数知れず。
だが、いざ本人を目の前にすると、そんな言葉が全て重々しい溜め息へと成り代わった。

何故奴はあんなにも普通の態度でいられるのか…

やはり場数をこなしてきた男の感覚と自分の感覚はまったくちがうものなのだと納得するしかなかった。
思わず攻め入るように翔を見上げる中、忍の目に鮮やかな色彩が映った。

「…」

彼の片腕には白い衣と茶褐色の着物、そして鶯色の袴が引っ掛かっていて、見るだけでそれが上質なものだと分かる。
一部は白い紙に包まれている事からまだ誰も着たことの無い真新しいそれなのだろう。

「うわっ」

突然のそれを忍に向かって放り投げ、翔は憮然とした様子で踵を返すと、背中を見せまま、障子を閉めて出て行ってしまった。
ただ呆然とする事しか出来なかった忍は、頭から圧し掛かる真新しい着物の感触をしっかりと指先で感じ、翔が忍のために用意した事を信じられない気持ちで認める。

奴が、分からない―――…

人を困らせたかと思えば人を落しいれ、そして助けてくれたかと思えばそれを裏切り。
だがこうした気遣いをしてくれた。

分からない。

「―――ほんまに、分からんわ…」

眼の先―――障子の外で待っている気配を知って、口が勝手にそう零していた。


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