忍少年と碧血丹心 062

「―――あのボロ屋敷にまだ居座りたいか」
「…。それを聞いて、どうするんです。またいつも見たく、あなたは嫌がる俺を引きずり、連れて帰るのでしょう?なんせそれが貴方に与えられた『あの方』の命令なのだから」

極道者を束ねる『鬼』とて、『神』の前では無力も等しいのだ。

「所詮あなたも『あの方』の僕<ゲボク>です」

恨み言を唱えるように忍がそう皮肉に笑みを浮かべる。

その刹那だった。

人を射殺すような殺気と共に、薩摩の片手が忍の首元を捕らえた。

「…っ!?」

容易に下から突き上げるように体を持ち上げられて、苦しさのあまり咄嗟に片足を立てた。
首を吊られるような圧迫感に、忍は眉をきつく寄せて、歯を食いしばる。

「は…っく…!!」

荒々しい力だった―――しかし、薩摩は加減をしている。
奴が本気なれば忍のか細い喉は直ぐに潰されるが、今は呼吸の妨げになる程度の腕力しか出していない。
しかしそれは一瞬の苦しみから、緩慢な苦痛に代わっただけの事。
忍が辛うじて睨むように下を覗けば、既に薩摩の一つしか無い瞳が忍を睥睨していた。

それはまさしく、闇の底に住む『鬼神』の目。

彼が少し本気を出せば、忍も単なる雑魚に過ぎないのだ。

「口の利き方には気をつけろよ…―――減らず口の、可愛くねぇ糞餓鬼。てめぇの言う通り、今や後ろ盾一つ無い裸の赤子同然の価値しか、てめぇには無ぇ。その骨みてぇな体しかねぇんだよ。黙っていりゃぁ、それなりに見栄えもいいが、その口はいかんなぁ。―――このまま風俗店にでも盥回しにされて、『すき者』に可愛がってもらえりゃぁ、その口も男咥えるのに丁度良くなるかぁ…?―――ええ?どうなんだよ」

首を絞める力が強まった。
忍の顔が見る見る歪んでいくのを、薩摩は背筋が凍りつくような薄笑いを浮かべて見ていた。
ぱっと薩摩が手を離せば、崩れるようにして忍は両膝をついて、勢いよく咳き込んだ。

「ごほっ…!!げほっ…!!」
「軟弱だなぁ。この程度で根をあげんのか?―――これでも手加減してやったんだぜ?」

忍が平伏せた姿に満足したのか、上機嫌に戻った薩摩は忍の顎を掴むと、少し上を向かせ、荒い吐息を零す唇を親指でなぞった。
さすがの忍もこれ以上の事は何も言えず、ただ静かに薩摩を睨む。

「…俺が他言しなければ事態は丸く収まる―――そうは思わないか?」
「どう…いう…!!」

「俺としては『奴』のあの慌てようをしばらく観察しているのも悪くない。血相変え、必死になる『奴』の足掻きようは見ていて愉快だからな。平静を装っちゃいるが、内心では大いに焦っているようだ。その様を見る度可笑しくて堪らなくなる。『奴』はてめぇに近づく俺が面白くないってのに、皮肉にもこの俺にさえ頼ってくる始末だ。隙間さえ見逃さず探しちゃいるが、肝心のてめぇが、実は俺の手の中にいたとなれば、これほど愉快な事は無い。―――それだけでてめぇを見逃す事に価値はある」

「!?―――あの方を裏切るつもりか…っ!!」

酷いめに合ってきた被害者の言葉とは思えない激怒を押さえ込む忍に、薩摩は意外そうに眼を細めた。

「―――相変わらずの崇拝精神だ。どうやら自ら望んで逃げ出してきた訳じゃなさそうだな」
「そんな事はどうでもいい…!!貴方からしてみれば俺の事情などそれほど重要でもないのでしょう?」

「んな事はねぇよ。これでも俺は案外お前に関心持ってんだぜ?―――それにしても、てめぇは戻りたいのか、それとも逃げたいのか分からん奴だなぁ」
「…」

「さて、どうする。俺は慈善行為なんざぁ柄にも無い事はしたくねぇ。―――てめぇも人の背中に負ぶられるだけなんざ癪だろうよ。―――なら、交換条件こそが俺達の関係に最も相応しい。そうだろう?俺がこの土地にてめぇがいる事に眼を瞑ってやる。代わりに…」

息をつく間もなく、薩摩は俊敏にもう片方の手を伸ばし、逃がすまいとしてか忍の細い手首を掴んだ。

「何をっ!!」

逃げ損ねた忍が嫌がるように後ずさりをするが、それよりも網を引く薩摩の力の方が強かった。
胡坐をかく薩摩の胸へ飛び込むような形となり、尚も逃げようとする忍の顎を掴んでいたその手を、ほってりと子供の弾力を残す頬に回すとその耳元で、欲情さえ含んだ低音が息を吹きかけるように囁いた。

「―――どうせ男を知っている体だろうよ?俺にも味見させろ」

言い終わるか否か―――忍の華奢な体は薩摩の手によって畳みに押し倒された。


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