忍少年と碧血丹心 035


「おい。『クロ』―――お前行って来い」
「―――オレですか…?」

不思議そうに灰色の目を真ん丸くし、自分を指差している。
首には首輪に似た黒いベルトのアクセサリーをつけて、目立つ赤髪をワックスで立たせたその姿は、野性的なイメージを印象付けていた。
それにも関わらずどこか爽やかとも言えるスポーツ少年を感じさせる内面がそっくりそのまま笑顔として出てくる。
何の疑問も抱かないのか、それとも考えていないのか―――大きく子供のように首を縦に振った。

「はいっ。分かりました!行って来ます」

言うまでも無く、端正な顔立ちをしている。
白いYシャツに皺の入ったジーパンを履き、靴も登山用に似た黒いブーツが、カツカツと音を立てながら急ぎ足でソファーへ戻ると、真っ黒なジャケットを引っ掛けつつ、入り口へと向かう。
それを羽織る様は顔立ちの良さ故か、やはり目につく。

そんな姿を誰もが見送る中、ふいに『キング』がクロと呼ばれた少年に停止を命じた。

「―――持ってけ…」

そう投げて寄越したのは、忍が来る時に引っ掛けていたジャケットだった。

一体『何』のために―――?

クロは不思議そうにその感触を確かめ、終始それに触れていたが、直ぐに顔を上げて「はいっ」と元気よく返事をすると、踵を返すなり走り始める。
きっとこれ以上忍と距離が開いてしまうのは、彼の探索に支障をきたすと思ったのだろう。
扉を閉める直前に、居た堪れなくなったようにユウジが叫ぶ。

「――クロっ!!『今日は来てくれてありがとう』って忍さんに伝えておいてくれ!!出来ればまた遊びに来て欲しいとも」

しかし、ふと今日の忍に対して行われた仕打ちを思って、ユウジは躊躇った。
考えるように視線を一瞬俯かせてから、少し寂しげに苦笑を零す。

「…いや。今日の無礼を思えば、それは言えないな…―――クロ、くれぐれも忍さんをよろしく頼むね」

クロは何度もそれに頷き、笑顔で手を振ってそれを快く承諾した。

「任せてください!!―――『キング』の『大事な人』はオレが絶対にお守りしますから!!」
「―――ごほっ!?」

グラスを呷っていたその男『キング』が目を白黒にさせて、口に含んだブランデーを噴出しそうになるのをどうにか耐え切る。
しかし、焼けつくようなアルコールが気管を容赦なく侵し、何度も咽た。

「―――ゲホッ…っ!!てん…めぇ…!!」

とんだ爆弾発言に度肝を突かれた『キング』が睨むよりも早く、クロは扉を閉めて颯爽と去って行った。

「あの野郎…!!」
「あははははっ!!」

「ユウジ!!何笑ってやがる!!」
「―――ハハハ…!!クロにも…『クロガネ』にもお前の恋心がバレてるじゃないか!!」
「違ぇっつってんだろ…!!」

「お前って絶対好きな人は苛めるタイプだからね…!!アハハ…腹イタ…!!」
「……お前が人の話を聞かないのはよく分かったぜ…」

キングの情けない姿があまりにもツボにはまったのか、ユウジはまだ笑い続けた。
それを横目で見ていたキングの、矢のような殺気さえ気づかないフリである。

「あぁ……っ!!面白い……!!―――きっと今に、もっと面白くなるね」

ユウジはただ楽しそうに笑う。
クロのその言葉は、遠くない、未来の話になりそうだ―――そんな確信がユウジにはあった。
しかしそれが果たして『彼だけ』なのかは、ユウジにとっては疑問だったが。

「―――なぁ、お前の言う通りの人だったね」
「…」

「本当に気の強い子だ」
「…」

「それでいて、とても―――…」

―――魅力的な、『オス』だ…

そう夢心地に零したユウジの吐息は、どこか甘かった。
この最悪の状況ともあって、彼を怒らせてばかりだったが、それでもユウジは少なからず忍という人柄を知ったようである。

苦い思いをしているのは一人。

苦い苦い『想い』を。

「ふん。…ホントに気にくわねぇ『オス』だ…」

周りこそ尋常じゃない怒りを内で押し留める『キング』の後姿を見て、触らぬ神に祟りなしとばかりに肩をビクつかせた。
いつもならばその矛先は外の『狩った獲物』に向かうが、今にもそれがこの場で爆発しそうに見える。
しかし、グラスに注がれたブランデーを一気に飲み干し、それをカウンターテーブルに叩きつけるように置く様が、ふて腐れた子供のように思えたのは、恐らくユウジだけだ。


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