忍少年と碧血丹心 036

◇ ◇ ◇

抜き足差し足忍足―――

まさにその言葉がぴったりの歩みで息を殺しながらの、逃走劇。
どこがどこに続いていて、どう帰ればいいのかさえ分からない。

―――完全なる迷子だ

「なんなん…ここは…」

思わず馴染みの京都弁がぽろりと零れてしまったぐらい、忍は堪えていた。
深夜の寒さと、これまでの経緯による疲労の蓄積で、がっくりと項垂れる。
はぁと、溜め息をつけば極寒を思わせる吐息が、白い煙となって空気に溶ける。
ネオンで色づいた繁華街のように賑わう場所とは違う―――もはや人影の無い裏地。
鼻を押さえてしまう様な悪臭と、無機質なコンクリートの壁、そして排気口の煙で視界も少し悪い。
先ほども、男女のカップルが犬さながらのお楽しみで盛り上がっているのを見てしまったし、何故か互いに殴り合っている輩も見た。

所詮は表面だけの骸町か―――

だから都会は嫌いなんだと、不可抵抗力とはいえ、つくづくあの男の後ろをついて来た事を後悔した。
こんな悪条件な裏路地、とてもではないが長居出来そうな場所では無い。
それは分かっているが、なにぶんこの格好では『表』に出ることも出来ず、四方八方塞がりの王手の状態だった。

「あれれぇ〜。なんか場違いな格好の子がいるぞ〜」
「本当だ。コスプレか何かかな?」

背後から投げかけられた能天気な男の声に、忍はぎくりと一瞬体を強張らせた。
昨日の今日では無いが、似たような経験が嫌でも脳裏に過ぎるのである。
それは決して恐怖心が過ぎったとか、そんな可愛いものではなく、ただ単に面倒になりそうだと危惧しただけだ。
忍は振り返る事もしないまま、気づかない振りをして歩き去ろうとするが、それよりも早くがっしりと肩を捕まれて半回転を強制された。

見下ろしてくる暗紫の瞳と目が合う。

「―――うっひょ〜!!べらぼうな美人さんじゃんかよ〜!!」
「え?何??男の子ですかぁ?女の子ですかぁ?」
「…」

今時の若者を気取った金髪の男と、大量のピアスを耳にぶら下げた茶髪の男が忍の顔を鑑賞するようにじっくりと見つめて目を輝かせていた。
どちらも身長が高く、どこかのホストにでも勤めていそうな色気が出ている。

ただし、ユウジとは違って、軽視するような嫌な印象がとても強いが―――

忍は苦虫を潰したように顔を顰めて、口をへの字に曲げる。
相手はまるで新しい遊具を見つけた時のような反応だ。
この状況は先ほどの苦々しい思い出の再現でしかない。

もうあんな想いをするのは御免だ―――

願わくば平和的解決をしたいものである。


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